小悪魔の主食
とりあえず、名前をつけてみた。
ホットケーキ。
悪意はない。偶然だ。もう少し説明を加えると…。
「パパ あたちのなまえ ちゅけて」
何をするにも、聞いても。
「パパ あたちのなまえ ちゅけて」
「どこからきたの?」
「パパ あたちのなまえ ちゅけて」
「それ、作り物?」
「パパ あたちのなまえ ちゅけて」
「いったい何者なの?」
「パパ あたちのなまえ ちゅけて」
延々とこの繰り返し。十回は繰り返したか。そうしている間にもよおす。人
間だからな。しかたがない。立ち上がる。
「パパ どこいくでちゅか? なまえちゅけて」
「ほっとけ……」
いや、「ほっとけ」は、どこ行くかに対しての突っ込みだ。
勘弁してください……。
「あたち ほっと……」
それは、まずい。いくらなんでもかわいそうだ。と、一瞬で判断。
経験がものをいったな。さすが僕。
「ーキ」
「けーき でちゅか あいがちょう」
何とか間に合ったな。よかった……とはいいがたいが。
「パパ ホットケーキでちゅ よろちく おねがいちまちゅ!」
「ほっとけ」よりはましだよな……。誰がなんといおうと。
僕は、納得した。無理やり。あの場合はあれがベストだ。
自責の念は捨てる。トイレの水とともに流す。
さて、これからが本番だ。それは、トイレの前で座っている。僕から離れる
つもりはないのだろう。部屋に戻ると、トテトテついてきた。ひよこだね、ま
るで。僕は座る。ホットケーキも座る。チョコンと。
さて、名前は付けた。これで無限ループはないだろう。
「君はどこからきたの?」
甘かった……。
「……??」
小首をかしげた。ぬいぐるみそのものだ。思わず惚けてしまう。いかん、い
かん。
「君はどこから来たの?」
もう一回、気を取り直す。
「……ちぃ……みぃ……うみゅぅ?」
涙目。本能的に泣くなと感じた。僕がいけないのか? 意味不明な罪悪感に
さいなまれる。
「うぅ……ちぃ…みぃ…」
おお、「君」がわからんのかな? そんな気がする。
「ホットケーキは、どこから来たの?」
半泣きから一転、満面の笑み。いったことがわかったからか? 名前を呼ば
れたからか?
理由はしるよしもない。が、際限ない笑顔だ。自然、答えに期待する。
「わきゃんない!」
元気な答え。罪なスマイル。辛くなんかないぞ。……僕。
「家族は?」
小さな小指。あごに当てる。う~う~うなっている。考えているのだろう。
「パパ!」
そ……そうですか。ため息を一つ。得意気な顔。自信満々だ。
間違っているのか? 僕が。断じてない……はずだよな。
「ホットケーキは人間?」
「あたち あくまぁ~」
おお、今度はまともに答えてくれた。内容にいまさら驚きはしないさ。予想
済みだから。
「ホットケーキえらいでちゅか?」
何かを待っている顔。ご褒美に頭を撫でてあげる。それだけで喜び、部屋中
駆け回る。
キャキャと転げまわっている。もう一度ため息。手を見返して。せめて白だ
ったらな。あの角…。
今までのことを総括するとこうだ。世紀の大発見。ギネスにも載るね。発見
者は僕だ。信じてくれればだけどな。
ついでに。悪魔はじっとしているのが嫌いらしい。今度はでんぐりがえりを
始めた。前転ではない。そんな形容は似合わない。あくまで、でんぐりがえり
だ。コロコロ転がる様が、何とも愛らしい。
と、壁に激突。ゴチンと音をたてる。いけない! 即行で彼女を抱き上げた。
「泣いちゃだめだぞ。ホットケーキは強い子だからな」
頭を抱えて、目をうるうるさせている。こらえているのがわかる。傍目にも。
「…あたち…強い子…」
おぉ、健気だ。赤ん坊を持つ父親の気分がわかる。これを捨てられる奴はい
ないね。少なくても、人間には。断言する。
しかし、あれだ。どう育てていいか見当もつかん。マニュアル……ないだろ
うな。何食うんだろう。
「ホットケーキ、何食う?」
分からないときは聞くのが一番。
「にょにょにぃ~」
うれしそうだが……。すまん。素直に言う。わからん。『にょにょにぃ』??
ミミズの一種か?
「いやにゃぁ~」
露骨にいやな顔をされた。違うらしい。
「いったい、なんなんだ、にょにょにぃって?」
「う~う~」
一丁前に悩んでいるらしい。どう伝えるかを。傍目には、ころころしている
だけにしか見えないけどな。
「ゆうくん、帰っているのかな?」
しばらく悩んでいたらしい。変わりに僕が。ノックの音で我に返る。
「うん、さっきね」
水姫さんだ。大家の娘にして大学生である。定期的に飯を届けてくれる命綱
だ。
「食事持ってきたけどいる?」
いりますとも。それが無ければ死ねる。はいはい、とドアを開けようとする。
が、止まった。隠す必要は無い。信じてもらえるだろう。でも、臆病なのだ。
水姫さんは。少々ショッキングな気がする。
「ちょっと、隠れていろ。ホットケーキ」
「あい」
クリクリ瞳を転がす。良い子だ。押入れに寝かせる。
「何、こそこそしているのかな?」
中に入ってきた水姫さん。僕を覗き込む。
「いや、何でもないさ」
「でも、誰かと話しているみたいだったけど?」
「いや、電話だって」
スマホを見せて誤魔化す。
「ふ~ん」
コンロに鍋を置く。その背中は語る。信じていませんよ。
「ゆうくん?」
はい、なんでしょう。いやな予感。
「嘘はだめだよ」
その手は、ふすまにかかった。
「いや、ちょっと待った!」
一見おしとやかな物腰。華奢な体つき。のんびりそうな顔立ち。しかしてそ
の実態は……。甥いじめのプロだ。
改めて思い出した。小心者のくせに。どうなっても、もうしらん。僕は目を
覆った。
目の前。顔さえ隠せば見えない。そう思っている。絶対にだ。頭抱えて力ん
でいる。プルプル、プルプル。ホットケーキ。もろばれだよ。
「……何もない……わね。……おかしな」
意外な一言。間違っていたのは僕だったよ。ごめんな。
「ね、何も無いだろ」
見えていないらしい。まぁ、驚きやしないけどね。そんなことじゃ、もう。
我ながらの順応性だ。閉めながら、隠し苦笑。
「悪かったわ。何か隠している音がしたと思ったのよ」
正解だけどね。美しい顔がゆがんでいるよ、水姫さん。
今日はシチューだ。しかも、肉入り。ありがたい。シチューをおかずにご飯
を食べる。その湯気の周り。物珍しげにパタパタ飛んでいる。
「いらないか?」
「いやにゃいにょ~」
スプーンを口元に持っていく。かぶりを振って拒否。
「ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ」
完全に父親気取りの僕。
「いやにゃい、いやにゃい~」
ふてくされ、押入れの方に逃げる。どうせ、あけられやしないだろう。よし、
捕まえて食べさせてやる。立ち上がった。
その目の前で、ふすまをすり抜けるホットケーキ。何でだ!そう、突っ込み
たくなる。小悪魔なら何でもありなのか?さっきは壁にぶつかったのに…。
あきれながら押し入れを覗く。すでに、すやすやと寝息を立てていた。コタ
ツの上の子猫でも、ここまでかわいくは無いだろう。たまらずほっぺを突っつ
く。ふにふに、ふにふに。自然と顔がほころぶ。起こしちゃかわいそうだ。飯
は明日にしておくか。
今日は一日長かったな。客用布団を反対側から出す。一息。まさか、小悪魔
を拾うとは。まぁ、このままずっととはいかないだろうけど。当分はこのまま
がいいな。
それよりも…。
起きたときあそこだと泣かないだろうか?
出した方が良いかな?
このままの方が良いか?
朝誰か来ないとも限らないし。悩む。結局そのままにして電気を消す。
「パパ ねぇゆぅのぉ?」
親の心子知らず。眠い目こすって、飛んで出てくる。明らかに寝ているのは
お前だ。ホットケーキ。よだれがたれているぞ。
「一緒に寝たいのか?」
コクリ。重力を失ったように、こうべもたれる。眠いだけか、同意かはわか
らない。が、すぐ布団を開けた。
「…ちょの…まえにぃ…」
???
「…きょうは…にょにょにぃを ごにょかにゃえた がんばっちゃよ おわに
ぃ」
今日最後の、何のこっちゃ?謎はそのまま。答えを尋ねる前に布団でもう寝
ていた。まぁ、かわいいから良しとするか。




