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ホワイトデーに返礼を(1)

「…。」

3月のデパート、その一角。

ざわめく店内は、たくさんの人であふれ。

天井から吊られているモールやサイン、そして棚の商品を飾るPOPが高らかに客に呼びかけ。

「…。」

立ち尽くす緑髪の青年。

愕然とした面持ちで、売り場を見つめている…

キャンディが本命でクッキーが友達?

マシュマロは…何だって?

「…~~ッッ!」

頭の中に一斉に飛びこむ情報と場の空気を満たす愛という名の圧迫感に、猛烈な拒否反応をひきだされ。

長身の青年は、かっ、と音を立てて踵を返すと、振り返ることなく一直線にその売り場を去っていく。



青年は苦悩していた。

それはそれはもう、一か月ほどずっと苦悩していたのである。

彼の名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード。

何故かモテないことで有名な、「非モテ騎士」の二つ名をもつ男である。



それは2月14日、恋人たちの日・バレンタインデーのことだった。

本来ならば、「非モテ騎士」の二つ名を学内に轟かせる彼にとってはまったく普通の平日にすぎず、家に引きこもって平和のうちにやり過ごすはずだったのだが…

そこに突然現れたスカートをはいた闖入者が、彼に苦難を運んできた。

…エルレーン・バルハザード。

嗚呼、だが、そのエルレーンこそは…彼が「師匠を死に至らしめた仇」と憎み呪う、れっきとした敵なのだ!

今から約1か月前のあの日、バレンタインデー。

散々「非モテ」「かわいそう」と罵られた挙句、捕縛され、そして無理やり奴の手作りチョコケーキを喰わされるという屈辱を受けた…

彼からしてみれば、おちょくられた上に自分の無力を痛感させられ、それに加え怪しげな手作りチョコを食べることを無理強いさせられたという苦い敗北の経験でしかない。

…しかし。

この国日本は、商魂たくましい業者たちの手により、バレンタインデーの対となるイベントを独自に生みだしていた…

それが、「ホワイトデー」。

バレンタインの発祥であるヨーロッパには元々存在しないこのイベントは、「バレンタインデーの日、女性にチョコを貰った男性が、お返しとしてその女性にお菓子を贈る日」として認知されている。

それがために、非モテ諸君が劣等感と怨嗟に悶える日が一日この国には増えてしまっていたのだ…

この日の存在が、ラグナを苦悩の中に叩き落とした。

…人にモノをもらってしまえば、それに返礼せねばならない。

根が律儀で真面目な青年は、礼儀だの形式だのを重んじるが故、人の義としてそう強く感じている。

だが…このような場合はどうすればよいのか?!

不倶戴天の宿敵からバレンタインのチョコを貰ってしまった時、お返しをせねばならないのか?!

奴は許しがたく憎むべき敵だ、だが返礼はしなくてはいけないのでは…

この強烈な二律背反の間で、ラグナはぐるぐると堂々巡りに陥っていた。

「菓子を売らんがための商業主義の結晶ではないか!」と嘆いてみたところで、現実が変わるわけでもないし、3月14日が消えるわけでもない。

何を買えばいいかもわからず、相談できる相手もおらず。

おまけに苦痛を吐露しようと参加した男だけの座談会では、当の相手がまさかの潜入を果たしており、自分の意図をすべて知られてしまう始末。

これで知らないふりはできなくなってしない、逃げ場も断たれ。

進まない足を無理やり引きずりながら来てみたデパートのホワイトデーコーナーはあまりにまばゆすぎて、自分の場違いさ加減に身がつまされ。

そして、何かを買うどころか、一歩たりとも売り場に踏み入れることすらできず、敵前逃亡してきてしまった…

「…どうすれば」

ぽつり、とため息とともに吐き出されたのは、まったくの本音。

絶望するディバインナイト殿は、この手のことにはあまりにも無力だった。



そして、当日。

3月14日は、水曜日。



授業が終わり、てふてふと寮への帰路を行く少女。

制服姿の彼女の名は、エルレーン・バルハザード。

高等部2年に属する鬼道忍軍の女剣士…



と、その行く手を。

ゆらり、と、大きな影が、遮った。



「あっ…」

「…。」

てふ、と、歩みを止める。

影は、無言で立ちはだかる。

弱り切ったような、その癖覚悟を決めたような表情で。

ラグナ・グラウシードがそこに立っていた。



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