カップ麺にお湯を注いだら、女の子が出来上がった件
「カップ麺、出来ましたよ」
そんな声が聞こえた。
確かにオレは三分前、カップ麺にお湯を入れフタを閉じている。
だから、そろそろ出来上がっていてもおかしくない。
しかし、おかしいところがひとつだけあった。
オレは、このアパートにひとりで住んでいる。つまり、誰かに声をかけられるはずはないのだ。
オレはカップ麺を置いてあったテーブルを見た。そして、こう言った。
「おい、オマエは誰だ?」
テーブルの上に胡坐をかいている女の子がいる。それだけでもお行儀が悪いのに、チャーシュー色のタンクトップにネギ色のショートパンツという、なんとも奇妙な格好をしていた。 白濁した豚骨スープを思わせる肌が、その具材カラーの服と妙に調和している。
いや、そんなことはどうでもいい。コイツは誰なんだ?
「私は、カップ麺の精霊ですよ。アナタは私の入ったカップ麺を幸運にも引き当て、そして、お湯を注ぎました。そのおかげで、私はこのカラダを得られたのです!」
なんか、わけのわからないことを言っている。中二病?
だから、そんなことはどうでもいい。オレはカップ麺の器を覗き込んだ。なぜか空っぽだ。
「おい、どういうことだ? 麺がないぞ」
「だから、このカップ麺には私が入っていたんです。アナタがお湯を注いだことで、私が出来上がったんですって。呑み込みの悪い人ですね? もしかして認知症ですか?」
失礼なことを言いやがる。オレは二十歳だ。認知症を発症するにはまだ早い。
いや、だから、そんなことはどうでもいい。
「……つまり、オレが食べようとしたカップ麺の中身はオマエだった……と、いうことなのか?」
「うわっ! なにそれ。初対面の女子を食べよう――だなんて、アナタは鬼畜ですか? 鬼畜なんですね?」
……初対面の男に対して、下ネタをぶちかましてくる女に言われたくない。
「カップ麺の精霊と言ったか? オレはカップ麺が食いたいんだ。さっさと麺に戻れ!」
「いや、それはムリですよ」
――はあ?
「どういうことだ?」
「どうもこうも、私は精霊です。食べ物ではないのですよ。そりゃまあ……どうしても食べたいというなら、仕方ないですけど……初めてだから、やさしくしてくださいね」
自称、カップ麺の精霊は頬を赤く染めて、タンクトップの肩の布をずらし始めた。
「だから、下ネタはやめろ、痴女め――それでなんだ? カップ麺の精霊とやらは、麺に戻れないんだな?」
「そうですよ。それはそうと、人間風情が精霊に対して痴女呼ばわりするなんて、思い上がりもいいところですね」
今度はずいぶんと上から目線になりやがった。
だがそうとわかれば、もうコイツの相手をする必要はない。押し入れから新しいカップ麺を取って来る。
「どうするのですか?」
「カップ麺を作り直すんだよ」
くそ……一食分、無駄にしてしまった。学生のオレにとって、大きな痛手だ。
「私は?」
「……」
「もしかして、放置プレイですか? その若さで、そんな高度なプレイをどこで覚えたのですか?」
「いいから、テーブルから下りろ! 邪魔だ!」
オレが命令すると、素直に下りた。そもそも、テーブルは乗るモノではない。下りて当然だ。
テーブルが空いたので、カップ麺のフタを開け、ポットのお湯を注ごうとする。
それを、カップ麺の精霊はじーっと見ていた。いつの間にか椅子に座り、頬杖をついてくつろいでいる。
「おい、いつまでそこにいるつもりだ?」
「いつまでって、私は精霊ですよ?」
――?
どういう意味だ?
「精霊を呼び出したら、願いをひとつだけ叶えてもらうのは常識でしょ?」
それはどこの世界の常識だ?
「魔法のランプの話だろ? オマエはこのカップから出てきたんだろうが?」
「それって、アナタの感想ですよね?」
なんかムカつく。
だが、そう言うならそれでいい。
「つまり、オレが何か願い事をすれば、オマエはここからいなくなるんだな?」
「そうですよ。アナタが一番欲していることを願えば、私が叶えてあげましょう!」
それなら話は簡単だ。
「今すぐ、腹いっぱいになるだけの食べ物を出せ」
これで、オレは食い物に在りつけて、コイツもいなくなる。一石二鳥だ。
だが、精霊は「チッ、チッ、チッ」と人差し指を立て、左右に振った。
「私は言いましたよね? 一番欲していることを願いなさいと」
また、わけのわからないことを言い出した。
「オレはハラがへっているんだ。一番欲しいのは食い物に決まっているだろ?」
「もう、自分にウソをついちゃいけませんね」
精霊はイヤらしい目でオレを見る。
「ウソをついている? じゃあ、なんだと言うんだ?」
「年ごろの男の子が考えることはひとつでしょ?『私のようなカワイイ彼女が欲しい』。さあ、そう願いなさい」
――はあ?
「オマエ、何を言って――」
さらっと、自分をカワイイと言っているし……
「ひとりで、エア彼女と毎日イチャイチャしている――そんな妄想ばかりしているんでしょ? さっさと本心を出しなさい。もう、だから童貞は面倒くさいのよ」
「うるせい! 童貞で悪かったな! オレは別に彼女なんて欲しくないんだ」
「ダメですよ。自分に素直にならないと。そんなんじゃ、いつまで経っても女の子に……うっ……」
――えっ?
精霊は胸を押さえると、急に苦しそうな顔をする。
「……もう、時間が――」
「お、おい、どうした? 何が『時間が――』なんだ?」
「私はカップ麺の精霊なんです」
いや、それはさっきから言っているのでわかった。
「カップ麺だから、時間が経つと麺が伸びて食べごろを過ぎてしまうんです」
――はい?
「麺なんて、どこにあるんだよ」
「あなたには、自分好みのカワイイ女の子に見えているのでしょうけど、私はカップ麺であることには変わりないのです。だから、麺が伸び切ってしまうと、私の命も尽きてしまうのです」
――なんだって?
「冗談だろ?」
「冗談ではありません。ほら……」
彼女は自分の手をオレに見せる。彼女の腕が透き通り始めた。
「ちょ、ちょっと! いったい、どうすれば……」
「願ってください。『私を彼女にしたい』と――そうすれば、私のカラダはこの世界に定着し、消えることはありません」
――えっ?
願う?
コイツを彼女にしたいって??
「そ、そんなこと……急に言われても……」
オレは困惑した。
「お願いです。私を彼女にと……」
「いや、だけど……」
これは人助け――いや、精霊助けだ。
『キミを彼女にしたい……』
ただ、そう言えばいい。
なのに、なぜかそれが口に出てこない。
どうして? 恥ずかしい? いや、違う。
オレは認めたくなかったんだ。自分はひとりがさみしい――ということを――
だからって、こんな出会い、ありえないだろ?
こんな、こんな……ラブコメみたいな出会いなんて……
そんなことをうだうだと考えている間にも、彼女のカラダはみるみる薄くなっていく。
「ああ、そこまで私のことが嫌いだったのですね?」
嫌い?
コイツのことが?
たしかに、テーブルの上に乗っかるし、下ネタを言うし、人を見下すような言い方もするが――
オレはコイツのことが嫌いだったのか?
――いや、違う。そうじゃない!
「オ、オレは……」
そうだ。オレはどこかでこんなシチュエーションを待っていたのかもしれない。
ラブコメアニメを「あんなことが現実に起きるはずはない――」なんて、冷めた目で観ながら、ああいう出会いを夢見ていた自分がいたんだ。
そして今、それが現実に起きている。
どうすればいい?
簡単だ、自分の本心を伝えればいい。
ただそれだけのことだ。
それとも、今までのように屁理屈を並べ立て、せっかくのチャンスを水に流すつもりなのか?
――イヤだ。
そうだ、今こそ勇気を出す時じゃないか!
簡単だ。素直になればいい。
だから――
「オレは、キミを彼女にしたい! それがオレの願いだ!」
やっと、言えた――
だが、彼女のカラダは段々と消えていく。
「おい、どういうことだ?」
「どうやら、遅かったみたいです」
――遅かった?
「ウ、ウソだろ?」
しかし、精霊は頭を横に振る。
「だけど、アナタの気持ちは聞こえました。それだけで満足……です」
「ダメだ! しっかりしろ!」
「ほんの一瞬だけでしたけど……アナタの彼女に……なれた……気が……しまし……た……」
次の瞬間、オレの腕の中にいたはずの精霊が、すーっと消えた。
そ、そんな……
――――――――オレはバカだ。
思えば、オレは女の子とこういうバカみたいな会話をしたかったんだ。
カワイイ彼女が欲しい……彼女とくだらない会話を楽しみたい――ずっと、思っていたことだったんじゃないのか?
そう、ラブコメみたいな出会いと恋をしたい――
心のどこかで、それを望んでいた。
オレはそのチャンスを自分でみすみす逃してしまったのだ。
今さら、涙が出てくる。アイツの顔が頭の中から離れない。
声を出して泣いた。こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
しかし、いくら泣いてもアイツはもう帰ってこない……
しばらくして、ハラが『ぐうぅ』と鳴った。どんなに悲しくても、ハラは空く。
オレはカップ麺にお湯を注ぎ、フタを閉めた。
「カップ麺の精霊――か」
オレはこの先、カップ麺にお湯を注ぐ度、アイツのことを思い出すことになるのだろう。
「なんか……つらいな」
そんなことをうだうだ考えている間に、三分が過ぎた。
「カップ麺、出来ましたよ」
女の子の声が聞こえる。
――えっ?
顔を上げると、豚骨スープを思い浮かべる白い肌、チャーシュー色のタンクトップという奇妙な姿の女の子がテーブルの上で胡坐をかいていた。
「なんか、願いをかなえるまで、カップ麺は私になっちゃうみたい……」
ハ、ハ、ハ……とチカラなく笑っているのは、間違いなく、先ほど消えたはずの「カップ麺の精霊」だった。
「……おい」
「はい?」
「オレの純情を返せ」
「――ムリ」
「オレのカップ麺を返せ」
「――それもムリ」
<終わり>




