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ママ戦争を止めてくるわ  作者: 月神世一


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22/22

EP 3

黒船来航。最強の交渉人、チャールズ・ケーディス

「優太くん。ご両親の教えを、しっかりと守れる立派な男の子ですね。春から、幼稚舎でお待ちしていますよ」

「はい! ありがとうございます、せんせい!」

帝都の誇る名門・慶應幼稚舎の面接室。

面接官である厳格な教授たちの顔を、見事な受け答えと無邪気な笑顔で完全に「メロメロ」に溶かした優太の手を引き、リベラは優雅に一礼して退出した。

「……ふぅ。これで第一関門突破ね。よく頑張ったわ、優太」

「えへへ、ママがアイロンしてくれたお洋服、かっこいいって言われた!」

待合室で控えていた乳母に優太を預け、「ご褒美のプリン」を約束して見送った直後。

リベラの表情から、温かな母親の慈愛がスッと消え去った。

代わりに浮かび上がったのは、世界を盤上で転がす冷徹な「弁護士フィクサー」の顔だ。

「さあ、お遊戯の時間は終わりよ。……『黒船』のお出迎えに行きましょうか」

同日午後。帝都・帝国ホテル、最上階の特別貴賓室。

そこには、ルーズベルト米大統領の特命全権大使として極東に派遣された、若き天才弁護士の姿があった。

チャールズ・ケーディス。

後にニューディール政策の根幹を支え、数々の難解な国際法務を切り抜けてきた、アメリカ合衆国が誇る最高の頭脳である。

(……不可解だ。大日本帝国は数年前まで、軍部が暴走し、いつ大陸で火を噴いてもおかしくない火薬庫だったはず)

ケーディスは、窓から見下ろす帝都の発展ぶりに目を細めた。

軍事パレードの代わりに、街には最新の自動車が行き交い、巨大な商業施設が次々と建設されている。軍の予算を完全に経済とインフラに全振りした、異常なまでの平和協調路線。

ワシントンは、この極東の島国の「突然の変異」に底知れぬ気味の悪さを感じていた。だからこそ、彼が調査(という名の法的威圧)に派遣されたのだ。

「お待たせいたしました、ミスター・ケーディス」

静かな声と共に、部屋の扉が開いた。

現れたのは、仕立ての完璧な漆黒のスーツを纏った、息を呑むほど美しい日本の女性だった。

(この女が……桜田財閥の総帥? ただの若き未亡人ではないな)

ケーディスは立ち上がり、鋭い観察眼で彼女――桜田リベラ、そして背後に控える護衛の男(柴田)を値踏みした。

護衛の男は、一見するとただのスーツ姿の大男だが、その立ち方は一切の死角がなく、上着の下には明らかに最新鋭の小型機関銃サブマシンガンが隠されている。アメリカのシークレットサービスすら凌駕する、洗練された近接戦闘の気配。

「お初にお目にかかります、ミスター・ケーディス。桜田リベラです。長旅の疲れも癒えぬまま、このような場を設けさせていただき恐縮ですわ」

「いえ、美しいお嬢さんとお茶を飲めるなら、太平洋を渡る価値は十分にありますよ、マダム・サクラダ」

ケーディスはアメリカ人らしい軽口を叩きながら席を勧め、ソファに向かい合って座った。

笑顔の裏で、すでに互いの喉元にナイフを突きつけ合うような、ヒリヒリとした法務交渉の幕が開く。

「単刀直入に伺いましょう。我が国は、貴女が作り上げた『大東亜の新しい経済圏』について、重大な懸念を抱いています」

ケーディスは冷めたコーヒーを一口飲み、鋭い眼光でリベラを射抜いた。

「桜田財閥の市場独占は、アメリカの『反トラスト法(独占禁止法)』の精神、ひいては国際的な自由貿易の理念に著しく反している。さらに、満州の権益を我が国に無断で再編したことは、門戸開放の原則を無視する重大な条約違反だ。……ルーズベルト大統領は、日本に対する鉄屑と石油の全面禁輸も辞さない構えですよ」

合衆国の巨大な経済力と、国際法を盾にした完璧な脅迫。

普通の日本の政治家であれば、震え上がって平伏すか、逆上して席を立つかのどちらかだ。

しかし、リベラはクスリと妖しく微笑んだ。

「門戸開放? 自由貿易?……ふふっ、ニューディール政策で国家がゴリゴリに市場に介入し、ブロック経済で自国の首を絞めている合衆国の弁護士様が、随分と面白い冗談を仰るのね」

「……何?」

「鉄と石油を止めるのは構いませんが、困るのはそちらでしょう? ヨーロッパを見てごらんなさい」

リベラはテーブルに一枚の書類を滑らせた。それは、ナチス・ドイツの異常な軍備増強と、欧州市場の混乱を示す最新の経済レポートだった。

「チョビ髭の総統ヒトラーが暴れ出せば、大西洋の貿易ルートは完全に麻痺する。合衆国の巨大な工場群サプライチェーンは、輸出先を失って二度目の大恐慌に陥るわ」

リベラは優雅に脚を組み、圧倒的な強者の余裕でケーディスを見据えた。

「今、あなた達が必要としているのは『敵』ではなく、莫大な資源を買い取り、最高品質の工業製品をノータイムで供給できる『極東の巨大で安定した工場パートナー』のはずよ。違って?」

ケーディスの顔から、余裕の笑みが完全に消え去った。

この女は、極東の島国にいながら、数年先のヨーロッパの戦火と、それに伴うアメリカの経済的致命傷を完璧に見通している。

ただの財閥のトップではない。国際法、マクロ経済、そして地政学を完全に支配する『未来の怪物』だ。

「……マダム・サクラダ。貴女の言う通り、互いに血を流す(禁輸措置)のは愚策だ。しかし、アメリカ議会を納得させるには、桜田の独占を法的にクリアする『新しい協定』が必要になる。我が国の複雑な関税法と国際法を、貴女の都合の良いように書き換えることなど……」

「あら。それなら、とっくに準備が終わっていますわ」

リベラがパチンと指を鳴らすと、控室の扉が開き、分厚いファイルの山を抱えた少女が現れた。

「お呼びですか、リベラ先生」

金髪碧眼の14歳の少女。彼女の登場に、ケーディスは目を丸くした。

「ミスター・ケーディス。紹介するわ。私の最高法務秘書であり、アメリカの法体系ルールをあなた以上に熟知している天才よ」

「初めまして、ミスター・ケーディス」

ベアテはファイルをテーブルにドンと置くと、流暢すぎるアメリカ英語で、にっこりと完璧な作り笑いを浮かべた。

「合衆国憲法および関税法第〇条の抜け穴を利用した、日米間の新しい特別経済協定の草案です。……さあ、私が論破して差し上げますから、どこからでもかかってきてくださいな」

最強のママに育てられた天才少女が、超大国のトップエリートに「法務プロレス」の宣戦布告をした瞬間。

ケーディスは深い溜息をつき、しかしその顔には、法を愛する者としての抑えきれない歓喜の笑みが浮かんでいた。

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