EP 6
帝都・最高裁判所内、特設合同法廷。
傍聴席は、近衛内閣の要人たちや海軍の山本五十六、そしてペンを握りしめた新聞記者たちで立錐の余地もないほど埋め尽くされていた。
被告席に座らされているのは、満州から強制送還されてきた関東軍の首脳陣。
彼らは丸腰にされ、軍服の階級章も剥ぎ取られていたが、それでもなお「憂国の士」としてのプライドを保とうと、参謀長は裁判長に向かって堂々と胸を張っていた。
「我々は国賊ではない! 全ては帝国を欧米の脅威から守り、アジアを解放するための自衛行動! たとえこの身が法廷で裁かれようと、我々の『大義』は歴史が証明するッ!」
堂々たる演説。
彼らは信じていた。ここで切腹同然の死刑判決を受ければ、自分たちは「悲劇の英雄」として軍部や右翼の熱狂的な支持を集め、いずれクーデターの火種になるだろうと。
しかし、特別検察官の席に座る桜田リベラは、その「悲劇のヒーローごっこ」を鼻で笑った。
「大義? 歴史が証明する? ……ふふっ、寝言は優太のベビーベッドの中だけで言ってちょうだい」
リベラが指を鳴らすと、法廷の重い扉が開き、台車に山積みにされた膨大な量のファイルと共に、一人の小柄な少女が入廷してきた。
輝くような金髪と青い瞳を持つ12歳の少女――ベアテ・シロタである。
「お待たせいたしました、リベラ先生。満州のダミー会社および、現地の銀行から押収した裏帳簿、すべての翻訳と精査が完了しました」
「ご苦労様、ベアテ。……さあ、彼らの『大義』とやらの正体を、皆さんに教えてあげて」
「はい!」
ベアテは元気よく返事をすると、分厚いバインダーを一冊手に取り、被告席の参謀長たちの前へトテトテと歩み寄った。
異国の少女の登場に、法廷中がどよめく。
「な、なんだこの小娘は! 神聖な軍法会議の場に、異人をいれるなど……!」
「神聖? おかしなことを仰いますね」
ベアテはコトン、と首を傾げ、流暢な日本語で参謀長の言葉を遮った。
「あなた方が裁かれているのは『軍法会議』ではありません。ただの『横領および特別背任罪』を問う、通常の刑事裁判です」
「は……? お、横領だと!?」
「はい。では、証拠物件その一」
ベアテはバインダーを開き、一枚の書類を読み上げた。
「昭和〇年〇月〇日。新京の高級料亭『満月』におけるご飲食代、計三百五十円。名目は『満州国高官との機密会談』とありますが、同日、満州国高官は視察で不在。代わりに、芸者衆を七名お呼びになった記録と領収書が残っております。……参謀長殿、芸者さんとの機密会談とは、どのような軍事作戦なのでしょうか?」
「なっ……!?」
参謀長の顔から、スッと血の気が引いた。
「さらに証拠物件その二。同年同月、帝都の宝飾店にて、ダイヤモンドのネックレスを二つご購入。支払いは満州鉄道の『特別工作費』から捻出されていますが、送付先は参謀長殿の愛人である新橋の……」
「や、やめろォォォッ!!」
参謀長が顔を真っ赤、いや赤紫にして叫んだ。
傍聴席の記者たちが、信じられないものを見るような目で一斉にペンを走らせ、フラッシュを焚き始める。
「やめません。まだまだあります」
しかし、12歳の天才少女の追及は、機械のように正確で無慈悲だった。
「部下の装備品調達費を水増し請求し、差額を親族のダミー会社に還流させた件。柳条湖の爆破未遂事件に使用した爆薬を、『鉄道敷設のための発破用』と偽って計上した公文書偽造の件。……どれもこれも、帝国陸軍の予算を己の私欲のために使い込んだ、極めて悪質な『みみっちい経済犯罪』です」
「ち、違う! それは軍の機密を維持するための……!」
「『大義』のために、国のお金を盗んで愛人に貢いでも良いと、日本の法律のどこに書いてあるのですか?」
ベアテの純粋で、それゆえに一切の逃げ道を許さない正論の刃が、参謀長の急所を的確に抉り出した。
「う、あ……あぁ……」
参謀長は、もはや反論すらできず、その場に力なくへたり込んだ。
悲劇の英雄? 憂国の士? 冗談ではない。明日の朝刊のトップを飾るのは、「軍の経費で愛人にダイヤを買っていた、ただのコソ泥将軍」という、死ぬよりも恥ずかしいみじめな姿だ。
「……よくできました、ベアテ」
完全に沈黙した法廷に、リベラの冷徹なヒールの音が響く。
彼女は絶望に顔を覆う関東軍の幹部たちを見下ろし、裁判長、そして傍聴席の近衛首相に向けて言い放った。
「裁判長。彼らはもはや『軍人』ですらありません。大日本帝国憲法第十一条『統帥権の独立』は、軍隊が国家防衛のために行動する際の権利です。会社の経費を横領し、私腹を肥やすための免罪符ではない!」
リベラの声が、雷鳴のように法廷を震わせた。
「よって、彼らの行動に統帥権は適用されず、大日本帝国陸軍はその管理責任を問われます。……近衛首相。この腐敗しきった組織を根本から解体し、二度とこのような『横領犯』が暴走しないよう、軍の人事と予算を完全に内閣の統制下に置く新法案を、直ちに提出すべきです!」
「……異議なし。政府は直ちに、桜田特別検察官の提案を受理し、法整備に取り掛かる」
近衛首相が、完全にリベラの筋書き通りに頷いた。
木槌が鳴らされる。
懲役、財産没収、そして不名誉除隊。
大日本帝国を戦争の泥沼に引きずり込もうとした最大のガン(関東軍)は、一発の銃弾も使われることなく、法律と経済、そして天才少女の計算によって、歴史の表舞台から完全に消し去られた。
裁判の翌日。
桜田邸の庭先では、見事な大役を果たしたベアテが、芝生の上で優太と追いかけっこをして遊んでいた。
「あははっ、優太くん待てー!」
「きゃあきゃあ!」
その平和で穏やかな光景を、リベラはテラス席で紅茶を飲みながら眩しそうに見つめていた。
「……お見事でしたな、桜田総帥。いや、リベラ先生とお呼びすべきか」
背後から声をかけてきたのは、私服姿の山本五十六だった。彼もまた、この一連の騒動を共に戦い抜いた「共犯者」である。
「これで国内の狂犬はすべて駆除され、軍は完全にあなたのコントロール下に置かれた。……まさに無血開城だ」
「まだまだよ、少将」
リベラはティーカップを置き、空を見上げた。
「古い家を壊しただけ。一番大変なのは、ここから『新しい家』を建てること。……誰もが平等で、私の息子が、そしてベアテのような女の子が、自由に夢を見られる新しい国のルール(憲法)を作らなくちゃならないんだから」
最強の弁護士ママと、未来の天才少女。
彼女たちの「戦争を止める戦い」は終わり、ここから「新しい時代を創る戦い」が始まろうとしていた。




