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ママ戦争を止めてくるわ  作者: 月神世一


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EP 5

満州・新京、関東軍司令部。

「な、なんだとォッ!? 爆破計画が失敗しただけでなく、実行部隊が全員『正体不明の武装集団』に拉致されただと!?」

司令官室に、参謀長の悲痛な怒号が響き渡っていた。

報告に駆け込んだ通信兵は、恐怖でガタガタと震えながら電報の紙を差し出す。

「は、はい! 現場には爆薬の代わりに大量の『おもちゃの花火』が打ち上げられた痕跡があり……計画は完全に失敗。さらに、満鉄の現地支社から『当社の敷地内で無許可の花火大会を開いたことに対する、厳重な抗議と損害賠償請求』が届いております!」

「ふ、ふざけるなァァァッ!!」

参謀長は机の上の書類をすべて払い落とし、軍刀を引き抜いて虚空を斬りつけた。

大義名分を作るための自作自演が、あろうことか「無許可の花火大会」というみみっちい軽犯罪として処理されようとしている。帝国陸軍の威信は、もはや泥水に沈むどころか、ピエロの笑い話にまで堕ちていた。

「こうなれば手段は選ばん! 全軍に非常呼集をかけろ! 補給がなくても構わん、現地徴発で食いつなぎながら、奉天の軍閥を一気に叩き潰す! これは自衛権の発動である!」

もはや正気ではない。完全に理性を失った狂犬の目だった。

部下たちが青ざめて立ちすくむ中、参謀長が軍刀を振り上げ、無謀な突撃命令を下そうとした――その時だった。

ゴオォォォォォォォッ……!!

突然、司令部の窓ガラスがビリビリと激しく共鳴し始めた。

いや、窓だけではない。分厚いコンクリートの床から、腹の底を揺さぶるような重低音が響いてくる。

「な、なんだ!? 地震か!?」

「さ、参謀長殿! 空を……空を見てください!!」

窓際に駆け寄った将校が、悲鳴のような声を上げた。

参謀長が窓の外を見上げた瞬間、その手から軍刀がカラン、と力なく滑り落ちた。

新京のどんよりとした曇り空を切り裂くように、無数の黒い影が上空を覆い尽くしていた。

大日本帝国海軍の誇る、最新鋭の航空戦隊。

数十機にも及ぶ爆撃機と戦闘機が、信じられないほどの超低空――司令部の屋根の瓦を吹き飛ばすほどの高度で、圧倒的な轟音と共に密集陣形で飛来したのだ。

「か、海軍の航空隊!? なぜ満州に! いや、それよりもあの高度は……狂っているのか! 司令部にぶつかるぞ!!」

ギュイィィィィン!!

爆音と共に、先頭の編隊が司令部スレスレを急降下して通過する。

その凄まじい風圧で窓ガラスが一斉に吹き飛び、参謀長たちは無様に床に転がった。

「て、敵襲ゥゥッ!! 対空砲火、撃てェェッ!!」

パニックに陥った将校が叫ぶが、誰も動けない。

相手は他国の軍隊ではない。同じ天皇陛下の軍隊である海軍なのだ。ここで一発でも撃ち返せば、それこそ明確な「反逆罪」となる。

その頃、はるか上空の海軍爆撃機・旗艦の機内。

「……うん。桜田総帥の淹れる紅茶も絶品だが、上空で飲む珈琲も悪くないな」

分厚い飛行服に身を包んだ海軍少将・山本五十六は、眼下でアリのように逃げ惑う関東軍の司令部を見下ろし、優雅に水筒の珈琲をすすっていた。

「閣下! 目標上空に到達。関東軍は完全に混乱しております! いつでも『投下』可能です!」

通信士の報告に、山本はニヤリと悪戯っぽく笑った。

「よし。桜田財閥からの『特別要請』である、現地工場の防衛および、治安維持のための『威嚇演習』を続行する。……総帥と、あの金髪の小さな天才お嬢ちゃんが用意してくれた『爆弾』を、全機、惜しみなくばら撒いてやれ」

「ハッ! 全機、投下リリース!!」

山本が手を下した瞬間、数十機の爆撃機のハッチが一斉に開いた。

しかし、関東軍の頭上に降り注いだのは、鉄の塊や火薬ではなかった。

バサバサバサバサッ!!

空を白く染め上げながら舞い散ってきたのは、何万枚、何十万枚という『ビラ(伝単)』だった。

「な、なんだこれは……爆弾じゃない……?」

床に這いつくばっていた参謀長が、窓から吹き込んできたビラを震える手で拾い上げる。

そこには、三田会の情報網とベアテの卓越した翻訳能力によって作成された、残酷なまでの「事実」が記されていた。

『関東軍将兵諸君ヘ告グ』

『諸君ノ司令官ハ、軍ノ機密費ヲ横領シ、私的ナ利権ノタメニ満州鉄道爆破ノテロヲ企図セリ』

『近衛内閣オヨビ大本営ハ、関東軍司令部ヲ反逆オヨビ横領ノ罪デ告発ス。兵站ハスベテ凍結サレタ』

『直チニ武装ヲ解除シ、憲兵隊ニ投降セヨ。抵抗スル者ハ、海軍航空隊ガ物理的ニ排除スル』

そのビラには、参謀長たちが満州のダミー会社を通じて蓄財していた裏帳簿のコピーまで、ご丁寧に印刷されていた。

「あ、ああ……」

参謀長は膝から崩れ落ちた。

周囲を見ると、司令部の外で空を見上げていた兵士たちが、次々とビラを拾い読みしている。

彼らの目に宿っていた「お国のため」という熱狂は、みるみるうちに「自分たちは、上官の横領をごまかすための私兵として使い捨てられようとしていたのか」という、怒りと侮蔑の色に変わっていった。

「参謀長殿……。部隊が、武装を解除し始めました。現地の憲兵隊が、我々の拘束に向かっているとのことです……」

副官が、死人のような顔で報告する。

兵糧攻めによる飢え。圧倒的な暴力を見せつける超低空飛行。そして、戦う大義名分すら根こそぎ奪い去る完璧な情報戦。

銃弾を一発も撃つことなく、桜田リベラというたった一人の女の描いた絵図によって、大日本帝国最強を謳われた関東軍は、完全に、そしてみじめに内部崩壊した。

同刻、帝都・桜田邸の書斎。

「ふふっ。今頃、満州の空には満開の白いビラが咲いている頃ね」

リベラは懐中時計をパチンと閉じると、優雅に紅茶のカップを傾けた。

隣では、ベアテが法廷資料の最終チェックを終えて、満足そうに背伸びをしている。

「リベラ先生、これで関東軍の幹部たちは全員、帝都に護送されてきますね」

「ええ。野蛮な軍隊ごっこはここまで。ここから先は、私達の領域フィールドよ」

リベラは立ち上がり、ベアテの肩を抱き寄せて、弁護士としてのゾクッとするような笑みを浮かべた。

「さあ、ベアテ。法服スーツの準備はいいかしら? 誇り高き将軍サマたちを、一円単位の領収書の誤魔化しでチクチクと詰め寄る、最高に陰湿で楽しい『特別合同法廷』の開廷よ」

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