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ママ戦争を止めてくるわ  作者: 月神世一


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10/20

EP 10

闇に包まれた桜田邸。

帝都の喧騒から離れた広大な敷地は、不気味なほどの静寂に支配されていた。

「……突入する。国賊・桜田リベラに天誅を下し、陛下に本来の帝国をお返しするのだ!」

血走った目をした若き陸軍中尉が、抜刀した軍刀を夜闇に掲げた。

後に続くのは、決死の覚悟を決めた三十名の急進派将校と兵士たちだ。彼らは三歩一殺の忍び足で、音もなく桜田邸の豪奢な正門を乗り越え、広大な前庭へと侵入した。

警備の姿はない。財閥の金で雇われた程度の警備員など、死を恐れぬ帝国軍人の前では逃げ出すか、寝こけているのだろうと中尉は冷笑した。

「いけるぞ。一気に本館へ――」

その言葉が、中尉の人生における最後の「軍事的采配」となった。

バチィィィン!!

突然、周囲の木々や屋根の軒下に隠されていた数十個の大型探照灯サーチライトが一斉に点灯した。

「なっ……!?」

真昼のような、いや、それ以上に暴力的な白光が前庭を照らし出し、暗闇に慣れていた兵士たちの視界を完全に奪う。網膜を焼かれた兵士たちが悲鳴を上げて目を押さえた瞬間、四方八方から無慈悲な銃声が轟いた。

ダダダダダダダダッ!!

「ぐあぁっ!?」

「ひっ、脚が……!」

それは、当時の日本軍ではまだ普及していない、シカゴ・タイプライターの異名を持つトンプソン短機関銃による、完璧に計算された十字砲火クロスファイアだった。

しかし、頭や胸を撃ち抜かれた者は一人もいない。

全弾が、兵士たちの『膝』や『肩』、そして手にした小銃を正確に弾き飛ばしていた。未来のCQB(近接戦闘)タクティクスを徹底的に叩き込まれた柴田たち私兵部隊が、あらかじめ設定した「キルゾーン」に誘い込み、無力化のためだけの精密射撃を行ったのだ。

「う、撃て! 応戦しろ!!」

視界が真っ白なまま、中尉が狂乱して叫ぶ。だが、どこに向かって撃てばいいのかすら分からない。

パニックに陥った数名の兵士が、本館の窓ガラスを叩き割り、転がり込むように邸内へと逃げ込んだ。

「突っ込め! 邸内にさえ入ればこちらのものだ!」

中尉も血だらけの部下数名と共に、邸内の廊下へと飛び込む。

だが、そこは更なる絶望の入り口でしかなかった。

静まり返った豪奢な廊下の奥。

月明かりを背にして、一人の女が立っていた。

最高級のシルクのナイトガウンの上に、男物の黒いトレンチコートを羽織った桜田リベラだ。右手には、鈍い光を放つコルト・ガバメントが握られている。

「……国賊ゥゥゥッ!!」

中尉が血継ぎ走った目で咆哮し、軍刀を上段に構えてリベラへと突進する。

その距離、わずか五メートル。銃を構えるより、鍛え上げられた軍人の踏み込みの方が早い。中尉の顔に、凶行を成し遂げたという歓喜の歪みが浮かんだ。

しかし。

「――うるさい」

リベラの声は、絶対零度だった。

彼女は銃を構えなかった。代わりに、中尉の渾身の唐竹割りが振り下ろされるコンマ数秒前、彼女の身体がふっと陽炎のようにブレた。

合気道の極意、完璧な『入り身』。

中尉の視界からリベラが消え、完全に空を切った軍刀が床板に深く突き刺さる。

「え……?」

体勢を崩した中尉の顎を、リベラの左掌が下から冷酷に打ち抜いた(掌底)。

脳が激しく揺らされ、意識が飛ぶ。崩れ落ちそうになる中尉の襟首をリベラが掴み、そのまま流れるような動作で床に叩き伏せる。

ガンッ! と鈍い音が響き、中尉の顔面が磨き上げられた廊下の床に沈んだ。

彼が僅かに意識を取り戻した時、その額には、まだ硝煙の匂いが残るコルト・ガバメントの銃口が、ピタリと押し当てられていた。

「しーっ」

リベラは、美しい人差し指を自分の唇に当てた。

その目は、命を乞う虫けらを見下ろすような、圧倒的な捕食者の冷たさだった。

「静かにしなさい。……今、優太がようやく寝付いたところなのよ」

「ば、ばけ、もの……」

「なんとでも言いなさい。あなた達の負けよ」

リベラが冷たく言い放つと、割れた窓から柴田たち私兵が雪崩れ込んできた。生き残って邸内に侵入していた兵士たちも、すでに全員が関節を外され、無様に床に転がされている。

「総帥。お怪我は?」

「ないわ。前庭のネズミ達は?」

「全員、命に別状はありません。手足は使い物にならなくなりましたがね」

柴田が獰猛に笑って報告する。

「上出来よ」

リベラはガバメントの撃鉄を戻し、中尉から立ち上がった。

「彼らを全員、止血して地下室へ放り込みなさい。一晩寝かせたら、一番腕のいい医者に治療させるのよ。……明後日には、彼らには歴史的な『大舞台』に立ってもらわなければならないんだから」

「大舞台、で?」

中尉が床に這いつくばったまま、血を吐きながら睨みつける。「我々を、どうするつもりだ……!」

リベラは冷酷な弁護士の顔になり、クスリと笑った。

「軍法会議よ。それも、すべての新聞記者と、近衛首相、そして海軍の山本少将を最前列に招いた、世紀の『公開裁判』。あなた達にはそこで、誰の指示で、どの派閥の金で動いたのか、洗いざらい吐いてもらうわ」

「なっ……ふざけるな! 誰が貴様らの思い通りに……!」

「吐くわよ? 法の抜け穴も、人間の精神の壊し方も、私は誰よりも熟知しているもの。……あなた達が信奉した急進派のトップを、社会的に、そして完全に息の根を止めてあげる」

それは、軍による「暴力の時代」の完全な終焉を意味していた。

桜田リベラという、未来から来た最強の劇薬によって。

中尉が絶望に目を剥き、完全に気絶するのを見届けると、リベラはコートの襟を直し、ベビーベッドのある寝室へと踵を返した。

「さあ、お掃除を済ませてちょうだい。明日は忙しくなるわよ」

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