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(9)植物学分館の住人

久世と名乗ったその女性をまじまじと見てみれば、確かに久世教授に似ているし、若い頃はこんなだったろうとも思う。


「理学部の4回生です」

「理学部4回生? え、久世教授、の娘さん?」


ちょっと、オレは、相当混乱している。

外にはアレがいる、飛び込んだ建物はあるはずのない分館104号室、そしてそこにいたのは久世敬子! 娘? それとも単に同姓同名!?


彼女は、そんなオレの混乱など気にも留めずに、

「あら教授をご存じでしたか。ところで、ここにはどのようなご用で?」

と聞いてきた。


「あ、ええと実は、実は変なモノに追われてまして……」

と答えると、その女性は腕時計を見て、

「あぁ、もう日の入りを過ぎましたからアレに追われているのですね」

事も無げに言う。


そして、オレが飛び込んできたドアを見つめながら、

「それでここに入ってきたと。でもおかしいですね、ドアもこの建物も上の人間には見えないはずなのですが……」


何だか訳のわからないこと言う。いや、もう全部わからない。

とりあえずオレは、何が起きたかを話した。


「日の入りまでに出られなくて、アレに追われて逃げ回って、以前、地下の町の人に船岡山には近づくなと言われたことがあったんだけど、もう逃げ場がなくて。で、お小夜ばあさんという人にもらった自家製タバコを吸って船岡山を駆け上がってきたら、あるはずのない分館104号室という看板が見えて、思わず飛び込んだ、という次第です」


すると女性は、

「お小夜おばあさんの自家製タバコ……」

と呟いて、全く仕方ないなぁ、といった顔で微笑みながら、入ってきたドアを指さしながらこう言った。

「では、その扉もう一度開けてみてください。もう大丈夫なはずです」


「いやしかし、外にはアレが……」

とオレが言うと、コツコツは、大丈夫だから、という感じで頷く。


恐る恐る、そうっとドアを開けてみたら、なんとそこは資料室だった。

「え、どうして……船岡山じゃない」

あ、そうだ、源さんが言ってたっけ。一度ドアを閉めて、もう一度開けると上の世界だって!


戸惑っているオレに、彼女は、

「その、もう一つの扉を開ければあなたの世界です」

と言った。


オレは源さんから聞いたことを言った。

「いや、でもですね、源さんという人に言われたんです。この扉を通じて上の世界に戻ってしまうと、オレが今日この世界に降りて来たときに使った階段がそのままここに残って、その階段からアレが人間の世界に行って、人を喰い散らかすことになると」


この話を聞いていたコツコツは、右手を制止するようにオレの前に掲げて、こう言った。

「それなら、もう大丈夫です、タブン」

「タブン?」

「えぇ。一昔前ならその危険も高かったでしょうけど、この10年で私も研究を重ねたんです」

と続けた。


久世敬子を名乗ったその女性は薬草が置かれている机の方に進みながら、

「ある時を境に、なぜか私は日の入り後も影にならず、人型のままでいられるようになりました。そして、日の入り後にここから出て何度もアレに遭遇したことがあります。人型をしてはいますが、私は既にこの世界の人間なので食べられることはありませんでした」

そう言って、机の上の薬草を手に取る。


「そして、アレが極端に嫌う薬草を見つけました。そして教授は、その薬草の木を、あなたの世界のこの町への入り口付近に大量に栽培しているはずです」

オレは、地下への扉付近にある大きな葉を持つ木を思い出した。

「た、確かに、言われればあるかも」


女性は頷きながら続けた。

「アレは確かに人間の匂いに敏感で、上への扉が開いたままになっていれば上がっていくでしょう。しかしそれ以上にあの薬草の匂いを嫌っているので、その薬草が群生している扉に向かって上がっていくことはまずないハズです」

「ハズ……」

「えぇ。アレが上がっていくところまで実験して確認したわけではありませんが、心配ないはずです。ですが、次にここに降りて来るときには教授と降りてきてください。そして教授にはその階段から、あなたは今日降りてきた階段から上の世界にお戻りください。そうすれば階段は閉じられることになります」


彼女の迫力に気圧される形で、オレは二度三度うんうんと頷いて、そして言われた通り資料室の扉を開けてみた。そこは見慣れた廊下だった。間違いなく植物分館の1階だ。


「ドアは閉めてお戻りくださいね」

オレの背中にそう言って、彼女は保管庫の扉を閉めた。


「あ、ちょっと待って!」

もう少し話を聞こうと、オレは急いで保管庫の扉を開けたが、そこにはもう誰もいなかった。

電気のスイッチを入れると、古い蛍光灯が、ちかちかと音を立てながら点灯した。

しかし彼女はおらず、大量の葉の標本があるだけだった。


「どうなってるんだ……お小夜ばあさんのハイライトで幻覚を見た? イヤイヤイヤ、リアルだったよな。ってかどうしてあの人は影にならなくなったんだ」


こうして船岡山の104号室から戻ったオレは、その足で教授室に向かった。

ドアをノックするころには、落ち着きを取り戻し、教授に話すべきこと、聞くべきことも整理できた。


部屋に入り、オレは今日の顛末を久世教授に報告した。日の入りまでに上に戻って来られなかったこと、アレに追い掛けられて船岡山に逃げて、あるはずのない分館の104号室に逃げ込んだこと、そしてそこで久世敬子と名乗る若い女性に会ったことを。


すると教授は、

「そう、会ったの彼女に……。あれはね、あの世界の私」

そう言った。


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