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(6)船岡山の秘密

「教授、最近自分で行くのをサボってませんか?」


久世教授から、今日は別件で下に行って欲しいと言われたので、ちょっと嫌味っぽく聞いてみた。

「あら、そんなことないわよ。いつも八瀬君が楽しそうに報告してくれるから、きっともっと行きたいんだろうなと思ってるだけ」

「いや、まぁ確かに面白いですけど……」

「じゃ今日もお願い。今日はね、いつもの薬草じゃなくて、来年の節分の追儺式で使う特別の葉を届けて欲しいの」

「特別の?」

「そ。種類は同じなんだけど、効能成分の含有量が高い葉だけを集めたの」

「へぇ……効能なんてちゃんと測ってたんですね」

「植物学者なんだから当たり前でしょ」

手際よく、葉っぱを10枚ずつくらいに束ねながら教授は言った。


「……いつか聞こうと思ってたんですが、いつも配ってる薬草ってどんな効果があるんですか? 源さんにしてもお多福の幸子さんお母さんにしても、病気のようには見えませんでしたけど」

そう聞くと、先生は手を止めて、

「地下に住んでるけど、彼らだって人なんだから病気にだってなれば、ケガだってするわ。もっともそういう時は地下の町にあるお医者さんに掛かるでしょうけど」

「え、じゃあいつもの薬草は?」

「あれは、言ってみれば、彼らの命を繋ぐ薬草。あれを煎じて定期的に摂取しないと……」

そこで教授の説明が止まる。


「摂取しないと?」

その先を聞こうと、オレが繰り返す。

「摂取しないと、地下の町に住めなくなるみたいなのよ」

「え?」

「詳しいことはまた今度。追儺式の準備もあるみたいだから、なるべく早くお願いね」

「はい。ところで、あの……ついなしき?ってなんですか?」

「鬼やらいよ」

「鬼やらいって……?」


先生は、はぁっとため息を一つ吐いて、残念そうにオレを見て言った。

「八瀬君、京都に来て何年?」

「5年です」

「全く……。少しは植物以外のことも勉強したら?」

「……面目ありません。ちゃんと調べてから行きます」

「はい。じゃお願いします」

と言って、大量の、そして特別な葉っぱを渡された。


追儺式。またの名を鬼やらい。

方相氏ほうそうしと呼ばれる黄金の四つ目の面を被った神職が、赤・青・黄の鬼たちを盾と矛で追い払う行事で、平安朝の初期より毎年宮中にて執行されていた、らしい。

ふむ、なるほど。京大にいるうちに、一度は吉田神社の節分祭を見に行ってみよう。


今日の階段はどの辺に降りるんだろうと思ったら、吉田神社の鳥居の前だった。


階段を登っていくと、本殿の前で、神職と思しき人たちが集まって何か話をしていたので、

「こんにちは、鬼やらいの葉っぱをお届けに来ました」

と声を掛けてみた。


「あぁご苦労さん」

と振り返ったのは、何と源さんだった。


「あれ、源さん!? なんで?」

「おう、兄ちゃんか。今日も配達か、ご苦労さん」

「いえとんでもありません。源さんこそ、今日は吉田神社で何を?」

「オレは毎年ここで節分の時に鬼をやってるんだよ」

なるほど、源さんなら鬼のお面が無くてもいけそうだとオレは思った。


「今、なんか失礼なこと思っただろ!」

とにじり寄ってくる源さんに、

「え! イヤイヤイヤとんでもない! 何も思っていませんよ!」

と手を振りながら否定したけど、びっくりした! こっちの人は心の中が読めるんだろうか。

源さんは目を細め、本当かぁという表情でオレを見ている。話を変えなくちゃ!


「こ、こっちの世界の鬼やらいってどんなことをするんですか?」

「基本は兄ちゃんの世界と変わらんよ」

「なんだ、そうなんですね。てっきりこっちの鬼はアレかと思いました」

「……アレって注連縄の岩、かい?」

「はい」

「馬鹿言っちゃいけない。アレは確かに兄ちゃんたち、上の人間にとっては恐ろしいもんかもしれないが、オレたちにとっては守り神みたいなもんさ。夜の間に上の世界から紛れ込んだ異物をすべて飲み込んでくれるんだからな」

「なるほど。そう言う考え方もできますね」

感心したように頷きながら、

「この葉っぱは何に使うんですか?」

オレは先生から預かった大量の葉っぱを持ち上げてみせた。


「あぁ、それはな、アレが嫌う匂いを発してるんだ」

「え? でも守り神なら嫌がらなくてもいいのでは?」

「まぁそうなんだけどな。俺たちからすれば「嫌な匂いのお守りを持っている」=「あれが近づいてこないから安全安心」てことなんだ。だから匂いのしない者がいれば、アレにはそれが上の世界の人間だってすぐにわかるんだろう」

「なるほど」


「なのでこの葉をまずはよく乾燥させて、小さくちぎり、お守りに入れて、節分当日、ここに来た人に配っているのさ。この世界の人間が全部集まってくるんじゃないかと思うほど混むんだよ」

「上も一緒です」

「そうか。ま、昔から継承されてきている儀式だし、振る舞い酒もあるし、次もせいぜい立派に務めるさ!」

と言って、源さんは葉っぱを受取った。


「ところで源さん、一つ聞いてもいいですか?」

「おう、なんだい?」

「この間、船岡山に近づくなって言ってましたけど、あれはどうしてですか?」


源さんは作業の手を止め、オレの顔をじーっと見て、

「先生からは何も聞いてないのかい?」

と聞いた。

「はい、特に何も……」

「そうか。ならオレがぺちゃくちゃ喋るのもどうかと思うが、知らないで大ごとになってからじゃ遅いからな」

そう言って源さんは話し出した。


「船岡山の山頂にはな、上の世界と通じてる屋敷があるんだよ」

「え!?」

びっくりだ。まさか上の世界と行き来できる家があるなんて。


「いやオレも久世先生から聞いただけで、入ったこたぁない。けど上から来た人間がその屋敷に入り扉を閉め、再び開けると上の世界になってるそうだ」

「えぇっと……上から来た人が屋敷の扉を開け、中に入って扉を閉め、また開けると上の世界、ですか! へぇ、それはすごい! 上の人間にとってはすぐ帰れるから便利ですね」


「ところが事はそう簡単じゃないんだよ」

源さんはチッチッチと言いながら右の人差し指を左右に振る。


「仮に兄ちゃんが、今日その船岡山の屋敷から上の世界に戻ったとする。するってぇと、兄ちゃんが降りてきた階段がこの町のどっかに残されたままってことだ」

「えぇ確かに、そうなりますね」

「それがマズイんだよ。日の入り後、人間の匂いに敏感なアレが、階段から漂ってくる人間の匂いに気付かないわけがない。そのまま上の世界に行ったらどうなるよ……」

「あっ!」

とオレが声を上げると、源さんはオレの顔を指さして、

「だろ。だから上から来た人間には、降りてきた階段から戻ってもらわないと困るから、兄ちゃんのようなの新入りには敢えて近づくなと、言ってるんだ」

と説明してくれた。


なるほど。上の世界に帰れる屋敷が船岡山にあるのは便利だけど、確かにアレが上の世界に来たら大変なことになる。その屋敷とやらにちょっと入ってみたいという気持ちはもちろんあったけど、ここは素直に忠告を聞いておこう。オレのせいで大騒ぎでも起こして、久世教授の機嫌を損ね、修論の評価に影響でも出たら目も当てられない。


それにしても、お小夜ばあさんといい、源さんといい、一体あの人たちは何者なんだろう、どうして地下の町に来たんだろう。

そんなことを考えながら、今日もちゃんと降りてきた階段から上の世界に戻った。


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