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(5)今日のお使い

今日はまたどえらい枚数の葉っぱ配りを頼まれた。最近、先生は自分でも行けるだろうに、面倒くさがってオレに頼んでいる気がする。まぁ、地下の町も楽しいっちゃあ楽しいからいいんだけど。


例によって、いつもの扉から地下に入る。

お小夜ばあさんに挨拶してから配ろうかと小路を進んだら、今日はタバコ屋が無かった。いやそれはちょっと違うか。今日はタバコ屋につながる小路に降りて来なかった、が正しい。


「同じ入り口から入っても違う場所に降りて来ることもあるのか……これって、もしや」

そう思って、教授に渡された薬草の束の一番上の住所を確認すると「上七軒 お茶屋「お多福」」と書かれてあった。

顔を上げ、町名表示の看板を探すと、「左 北野天満宮」と書かれた石灯籠が目に入った。


「やっぱり。その日一番最初に行く住所の近くに降りて来るんだ。でもどういう仕組みだろう……日替わりで降りる先が変わる? で、今日の階段の降り着く先を教授が知っていて、その近くの家の葉っぱを渡してくるんだろうか。それとも、教授が選んだ住所にたどり着くように階段が移動するんだろうか。ん~、これはちょっと教授に確認せねば」

そのためにもさっさと配って、さっさと帰ろう。


地下の上七軒は、上の上七軒とあまり変わらなかった。いや、上の上七軒は電柱が撤去された分、見てくれはよくなったかな。


こっちの上七軒は、木の電柱だ。

防腐剤なのかニスなのかわからないが、塗料が風雨にさらされて、茶色の感じがいい頃合いにレトロ感を醸し出している。

「今どき、山奥でもこんな電柱ないだろうなぁ。でもこっちの方が風情があっていいけど」


そんなことを思いながらきょろきょろしていると、歌舞練場の入り口のところにお茶屋「お多福」はあった。


例によってインターホンはない。ってか、お茶屋さんなのでそのまま入ればいいか。でも高級そうだな、なんてことを思いながら、オレは控えめに扉を開け、こんにちは~と店の中を覗いた。すると、


「いらっしゃぁい。ごめんなさいね、開店はまだなのよ」

そう言いながら、洗ったお椀を拭き拭き、和服姿の小ぎれいなご婦人が奥から出てきた。


「あ、お店の準備中にすいません。オレは、あの、久世先生の使いで薬草をお届けに来ました」

「あらぁ、ありがとう、助かるわぁ。どうぞ、中に入ってお座りください」

ご婦人は、京都独特のイントネーションでそう言って、開店前の店にオレを招き入れてくれ、ソファの一つを進めてくれた。


「遠いところわざわざすいませんでしたね。お多福の幸子と言います。舞子ちゃんたちは幸子さんお母さんと呼ぶのよ。おビールでいいかしら?」

そう言ってご婦人は、にこやかにグラス二つと瓶ビールを持ちあげながらオレに尋ねた。


「え、あ、いや、まだ、あの、今日は他にも配達があるのでお酒はちょっと……」

「あらそう……」

ご婦人は残念そうに手を降ろし、じゃ麦茶かしらと声のトーンまで落とし、グラスを一つ掲げて聞いた。

なんだ、ビールを飲みたかったのは幸子さんお母さんでしたかと思ったが、そんなことはおくびにも出さず、

「はい麦茶でいいです、ありがとうございます」

と答えておいた。


幸子さんお母さんはオレの隣に座り、麦茶を注ぎながら、

「学生さんでしょ? 勉強もしながら先生のお手伝いなんて、感心ねぇ」

と褒めるところから始まって、お生まれはどちら、京都は長いの、ガールフレンドはいらっしゃるの、今日はあと何軒回るの、最後の一枚を配り終わったら飲みにいらっしゃい、とほぼ一人で喋り続けた。

これくらい会話をもたせられないとお茶屋の女将さんなんて務まらないのかもしれない。


ご馳走様でした、次もあるのでそろそろ失礼します、と言ったら、

「はい、これ。今度はぜひお客さんとしていらしてね」

と、「お茶屋 お多福 2割引き券」をくれた。


高そうなお店だし、来られるかどうかはわからなかったけど、お礼を言って有り難く頂戴した。

幸子さんお母さんは、オレが角を曲がるまで玄関のところで見送ってくれた。


上の世界でお茶さんなんて行ったことないけど、思ったより敷居は高くなかったな。いや、夜はガラリと変わるのかもしれない、値段も。

ところで「お多福」って上にもあるんだろうか。今度探してみるか。

ってなことを考えながら、次の葉っぱを取り出す。


住所は、京都ハリストス正教会。イコンで有名なところだ、オレでも知っている。

けど、御所の南だよね。結構距離があるな、と思ったら、北野天満宮の大鳥居の前に立派な教会が立っていた。


……もはや言うことはない。神社と教会が相対しているなんて、異文化共生を体現していて、いいではないか。


ここもインターホンが無かったけど、教会だ、入っても怒られはしないだろう。


そうっと扉を開け、中を覗くと、誰もいない。代わりに、息をのむほどに美しい祭壇が目に飛び込んできた! 

「おー……いつ見ても美しい……」

ため息をつきながら、しばらくまばたきも忘れイコンに見入っていたら、

「ようこそいらっしゃいました」

と声を掛けられた。振り返ったら神父さんだった。


「あ、無断で失礼しました」

「構いませんよ、ここは教会ですから、どなたでも、いつでも歓迎いたします」

とにこやかに仰った。


オレは、久世先生の使いで薬草を持ってきたことを伝え、渡そうとしたらさっきもらったお多福のサービス券が落ちてしまった。神父様が拾って下さったが、券を見るなり、

「お多福!」

と声を上げた。


「神父様もご存じでしたか。幸子さんお母さんに葉っぱを届けたら、お礼にくださいました」

「そうですか……実は、幸子さんとは大学が同じで、同郷ということもあり随分と親切にしていただいたのです」

「え、同級生ですか?」

「いえ、幸子さんの方が一つ上です。卒業後は連絡もしてなかったのですが、上七軒でお店を持ったと風の噂で聞いて、ご挨拶くらいはしなければと思ってるうちに時間ばかり過ぎてしまいまして……。それに仕事柄、軽々に顔を出すこともできず……。幸子さんは元気そうでしたか?」

「はい。とても上品で、気さくで、ニコニコ話す楽しい方でした」

「そうですか。いやぁ、よかった、学生の時から変わっていないんだ。懐かしい……」

神父様は目を細めて、若き良き日を思い出しているかのようだった。


「その券、よかったら差し上げますので、今度お顔を見に行かれてみてはいかがでしょう」

顔を見に行けと言われて、神父様は少し驚かれたようだった。

「でも、決していかがわしいお店ではありませんし、お酒以外の飲み物もありましたし、神父様が行かれても少しもおかしいことはないと思いますよ」


オレがそう言うと、神父様はうんうんと頷きながら、

「ありがとうございます。今度勇気を振り絞って会いに行ってみることにします。お礼、と言っては失礼ですがこちらを持ちください。当教会のイコン写真集です。先ほど熱心にご覧になっていたので、ご興味がおありかと」

「え、本当ですか! ありがとうございます! こんな高価なもの……でも嬉しいです」

「喜んでいただいてよかったです。青春を思い出させてくれたお礼ですよ」


こうして、幸子さんお母さんにもらった割引券は、イコンの写真集に変わった。


その後も何か所か回り、最後の一枚は、またタバコ屋のお小夜ばあさんだった。

お小夜さんは、今日も店先にちょこんと座っていた。


少し手前で目が合ったので、こんにちは、という感じで薬草を持っている右手を挙げたら、お小夜さんは手を振り返してくれた。


「今日も悪いねぇ」

よっこらしょっと、立ち上がりながら、お茶を用意すると言ってくれたけど、今日は何件も回って、お腹がたぷたぷだから大丈夫ですよ、というと、すまないねぇと言ってまた座った。


「おや、それはなんだい?」

左手に持っていた本に目が留まったのか、お小夜ばあさんが聞いてきた。

「教会でもらったイコンの写真集です」

「イコン。ってことはハリストスかい?」

「はい。さすが、ご存じでしたか」

お小夜ばあさんはちょっと得意げに微笑んだ。


「順坊は元気だったかい?」

「順坊?」

「神父だよ」

「え、おばあさん、知り合いですか!」

「この町にゃあ、私の知らない子なんているもんかい。順坊は私がおむつを交換してあげたんだよ」

まんざらウソに聞こえないから不思議だ。


「そうでしたか。はい、神父様は元気そうでした」

そうかそうかとニコニコしながら写真集を見るお小夜さん。

「あたしゃねぇ、このイコンが好きでねぇ……うちにお金があったら、本当はイコンを研究する大学に行きたかったんだよ」


そう言いながら愛おしそうにページを繰るお小夜ばあさんに、

「よかったら差し上げます」

とオレは言った。


「いいのかい? 順坊にもらったばかりだろう?」

「でも、おばあさんの方が大切に見てくれそうだし。もしオレが見たくなったら、借りに来ますよ」

そう言うと、お小夜さんは初めて会った時のように両手でオレを拝みながら頭を下げた。そして、よいしょ、っと立ち上がり、タンスをごそごそ探ったかと思ったら、

「お礼だよ」

とハイライトをくれた。


「ありがとう。でもオレ、タバコはやめたんだよ」

と言ったら、

「あたしが吸って空になったハイライトの箱に、先生が持ってきてくれた葉っぱに、うちに代々伝わる秘薬を振りかけて、乾燥させて刻んで詰めたのさ。自家製特製効果抜群タバコもどきだよ。ニコチンもタールもないから安心しな」


代々伝わる秘薬……いかにも怪しそうな感じがしたので、オレは一本抜き出し、鼻の下に当てて匂いを嗅ぎながら、

「吸えるんですか?」

と聞いたら、

「疑うのかい?」

じろっと睨まれた。


「いや、そういうわけじゃないですけど……」

「どうにもならないくらい困ったときに一本吸ってみな。きっとあんたを助けてくれるだろうよ。でも20本しかないからね。使うのは、ここぞというときにしとき」


こうしてオレは、わらしべ長者的にこの町の人たちと物々交換を行い、最後に不思議な効能があるというハイライトもどきを手に入れた。ドラクエなら「チャンチャチャーン」とファンファーレが鳴るところだ。


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