(4)八坂神社の源さん
お小夜ばあさんに薬草を届けて、怖いことを聞いたからもう戻ろうかと思ったんだけど、日の入りまではまだ1時間以上もあったので、こっちの世界の八坂神社をお参りして、ついでに人を喰うという注連縄の大岩を見てみようと思った。
せっかくだから正面の鳥居から入ろうかと思い、タバコ屋の周りをぐるぐる探してみたけど、東大路通りも四条通りも見当たらなかった。
「四条通りが無いってどういうことだよ。京都のメインストリートだろうに」
ブツブツ文句を言っても仕方ないので、素直に「右 八坂神社」の石灯籠に従って右に曲がったら、鳥居があった。
お辞儀をして鳥居をくぐる。道なりに右に曲がって、左に曲がって、真っすぐ行くと本殿だった。これは上の世界と同じだ。
怖いことを聞いたけど無事に戻れますように、ヘンなモノに喰われませんように、とお願いをしてから本殿をぐるっと回ってみたら、「それ」は、真裏にあった。
注連縄、というよりはそこに縛り付けられたかのようにぐるぐる巻きにされた岩。
周囲に並ぶ小さな祠と相まって、不気味な雰囲気を醸し出していた。岩の後ろの大きな木のてっぺんではカラスが鳴いている。
「これかぁ……」
一歩、二歩近づきながら、絞り出すような声で呟いた。
「こりゃあ、動くと言われたら信じちゃうかもな……」
オレは両手を合わせ、無事な帰還を祈願した。
「ところで、この葉っぱ……」
岩をチラチラ見ながら、少しづつ後ろの大きな木に近づいてみた。
「これって、あの薬草の葉っぱと同じだよな」
岩の後ろの大木の葉が、久世先生に頼まれた薬草とそっくりだったので、一枚失敬して研究室に持って帰って分析してみようかと思ったけど、その一枚をちぎる勇気が出なかった。
なんとなく、ちぎったらマンドラゴラみたいに悲鳴を上げて、その悲鳴で岩が目を覚ますんじゃないかと思ってしまったのだ。
「くわばらくわばら。余計なことはしないで帰ろう」
そして、本殿の前を通り、鳥居に向かおうとしたとき、近くのベンチに座っていた人に声を掛けられた。
「おい兄ちゃん。兄ちゃんは上から来たのかい?」
いきなり呼び止められ、しかも上から来たのかと聞かれ、びっくりして後ずさりすると、
「別に怪しいモンじゃねぇよ」
そう言いながら手招きする。
ぱっと見、確かに悪そうな人には見えない。身なりは決してジェントルマンじゃないけど、ガラの悪そうな感じでもない。
恐る恐る近づくと、
「さっきお小夜ばあさんのところに葉っぱを届けるのを見たからさ。久世先生の使いかなと思ったんだ」
久世先生という名前を聞いて一気に安心する。
「あ、先生をご存じでしたか」
「あぁ、俺も定期的に届けてもらってるからな。俺は源だ、よろしくな」
「オレは、久世先生の研究室の学生で、八瀬と言います」
こちらこそよろしくお願いします、とオレは頭を下げた。
「これからは兄ちゃんが薬草を届けてくれるのかい?」
「あ、いえ、今日は久世先生が会議だったので、代理で来ただけです。なので、今後も基本的には久世先生が持ってくると思います」
そうかい、と源さんは頷いた。
「ところで」
源さんは上を向き、時計を見ながら聞いてきた。
「兄ちゃん、日の入りのことはばあさんから聞いたかい?」
「あ、はい、さっき聞きました、何でも間に合わないと本殿裏の注連縄をした岩に喰われるとか」
「あぁ、それはホントだ。だから時間には気をつけな。今日ももうすぐ日の入りだ」
「はい、ありがとうございます。なのでさっき、喰わないで下さいとお参りしてきました。でもあの岩に喰われるって、どういうことですかね?」
「さぁな。俺は会ったことないからな。ってかここの連中は誰もアレを見たことなんかねぇんだ」
源さんは、聞いた話だが、と注釈をつけた上で教えてくれた。
「日の入り後、あの岩は町中を彷徨って人型をした者、つまり兄ちゃんのように上の世界から来たモンのことだろ、そいつらを喰うんだとさ。そして喰われたらここの住人となって二度と上の世界には戻れないらしい」
「マジですか……そんなことが……」
「あるんだよ。ここも京都だ。摩訶不思議で奇抜で奇妙で、時に恐ろしいことも起きれば、恐ろしい場所もある。気をつけるに越したことはない」
源さんはそう言った。
「気をつけろ、ですか……ますます怖いですね」
オレが言うと、
「まぁ、行くなするな、と言われたことを守ってりゃあ、何も怖いこたぁねぇよ。それは上も同じだろ。それでも何か困ったことがあったらいつでも話しに来な。俺は大体タバコ屋のばあさんのところかここにいるからよ」
そう言って源さんは立ち上がり、またな、と歩き出した。
「おっと、最後にもう一つ」
急に何かを思い出したように立ち止まり、こちらを振り返った。
「あんた、上の世界から来たんなら、船岡山には近づくなよ」
わかったな、という感じでオレを指さし、じゃあな、と後ろ手を上げて帰っていった。
「人を喰う岩に、近づいちゃいけない船岡山、か。ってか船岡山って……桝形商店街を抜けたらあったな。近づくなってか。何があるんだろ……」
気にはなったけど、日の入りも近づいてきたので、オレは素直に地上に戻ることにした。




