(3)お小夜ばあさん
「教授、今戻りました!」
本館5階の教授室に入るなり、オレはデスクに座る久世教授の元に真っすぐに向かった。相当興奮した顔をしていたのだろう、教授はありがとう、と言ってから、
「どうしたの、そんな顔して」
と続けた。
「どうしたもこうしたもありませんよ! 何なんですかあの町! 扉を開けたら地下倉庫があるものだとばっかり思ってたのに、町ですよ、町! しかもフツーに人が住んでるし」
興奮気味にオレが話すと、教授はパソコンを打つ手を止め、椅子にもたれかかりながら、
「そう、やっぱり八瀬君にも見えたのね」
と言った。
「も、ってことは教授も知ってたんですね? なら最初から言ってくださいよ!」
「そうね、でも八瀬君にあの町が見えるかどうか確証がなかったのよ。確証がないのに、そこには町があって人が住んでるから、その人たちに薬草を届けて欲しいなんてお願いするの変でしょう? 何言ってるんだこの先生と思われるのがオチでしょうし」
「薬草? あの葉っぱって……」
「えぇ、薬草。それを定期的にあの町の人たちに届けてるの」
「定期的? 定期的ってことは頻繁にあの町に行ってるってことですか?」
「まぁ、どれくらいの頻度を頻繁と言うかによるけど、届けには行ってるわ」
少しづつ落ち着きを取り戻したオレは、市電は走ってるのに車が一台もなかったこと、地理がめちゃくちゃだったこと、そして地上に戻り時計を見たら10分しか経っていなかったことを話した。
「教授に依頼されて地下に行ったのが1時50分くらいで、出てきたら2時。10分しか経ってなかったんですよ! どう考えても地下の町では2、3時間は歩き回ってたはずなのに」
「そうなのよ。あの世界に10分しかいなくても、戻ってきたらこっちでは半日経ってたこともあった。逆に、君のように何時間も過ごしたのに、30分しか経ってないこともあったわ」
「地理だけじゃなくて、時間もデタラメなのか、あの町は……」
「どっちがデタラメでどっちが本物かは、基準によるんじゃないの? あの町の人からしたら、こっちの京都の地理の方がデタラメに感じるでしょうし」
「いや、まぁ、それはそう……」
「科学者の卵なんだから、一方の視点だけで物事を決めつけないこと、いいわね」
「……はい」
「ま、あの町のことは追々お話しするわ。今日はこれから執行部会議なので」
失礼、と言って立ち上がった教授はオレの手を見つめ、
「ところでそのキャベツは、何?」
と聞いた。
「あ、八百一のおじさんに葉っぱを届けた時にお礼にもらいました、教授にって」
両手に持ったキャベツを、教授の顔の前に差し出した。
「……私は野菜足りてるから、それは八瀬君が食べなさい」
*****
追々話す、と教授は言ってたけど、何もないまま数日が過ぎたある日、教授室に呼ばれた。
「またお届け物ですか?」
「お願いできる? 今度は一軒だけなの」
「一軒? たったの? なら教授がご自分で行かれても……」
オレはあの地下の町をもっと調べてみたいという興味はあったものの、得体の知れない怖さもあり、ちょっとためらっていた。
「うん、そうなんだけど、今日は第3木曜だから、これから教授会。それに今日の届け先の小夜子おばあさんのことは八瀬君にも知っておいて欲しいのよ」
「小夜子ばあさん……」
「そ。だからお願いね。これが薬草」
そう言ってオレの前にドンと置かれた葉っぱ。今度は20枚くらい束になっているだろうか、それをいつものように白い紙で包んである。住所は八坂神社のタバコ屋、とある。
「八坂神社のタバコ屋……?」
大雑把な住所に、オレは思わず顔をしかめた。
「番地とか知らないのよ。でも多分今度もすぐに見つかると思うわ」
そしてオレは、この間と同じように植物園の森の奥に隠された秘密の(?)扉から地下の町に潜っていった。
小路を進んで行くと、この間見た「右 八坂神社」の石灯籠が出て来て、オロナミンCの看板が貼り付けてあるタバコ屋の通りに出た。多分、ここがお小夜ばあさんのタバコ屋だ。
「でもこの間はこっちから来たような……」
と左手の方を見ていると、ばあさんが声を掛けてきた。
「タバコかい?」
ずり落ちそうな鼻眼鏡を指で戻しながら、オレをじっと見ている。
怪しまれたら面倒くさいと思って、オレは単刀直入に用件を言った。
「あ、いえ。久世敬子先生からこれを預かってきました」
そう言ってオレはザックから分厚い薬草の束を取り出し、ばあさんに手渡した。
「おやおやそうかい、わざわざおおきに」
ばあさんは頭を下げ、両手で受取りながら、
「先生は忙しいのかい? 元気にしてるかい?」
と聞いてきた。
「はい、久世先生はお変わりありません。今日は教授会というのがあって来られなかったので、オレが代理で」
「そうかい、変わりが無いならよかったよ」
ばあさんは受け取った薬草を、後ろのタンスにしまいながらこう言った。
「ところでアンタ。上から来たんやな。この町は初めてかい?」
「いえ、この間も先生に頼まれて来たので、今日は2回目です」
「そうかい2回目かい。ならもう聞いとるかもしれへんけどなぁ、日の入りまでに上に帰らんといかんよ」
「日の入り……?」
「あぁ。日の入りまでに帰らんと、八坂さんにある注連縄をした岩に喰われるで」
と怖いことを言った。
「え……岩に喰われる? ってか、空も見えないし、時間もわからないし、日の入りってどうすればわかるんですか」
「あれが見えるか?」
そう言いながらお小夜ばあさんが指さした先には、まるで空からぶら下がっているかのような時計があった。
「あの時計はこの町のどこからでも見えるからな、時間に注意しいひんといかんよ。今日の日の入りは19時15分。時間になると夕焼け小焼けの音楽が流れるから、それが終わるまでに上に帰りなされ」
確かに、あの時計の存在は前来た時にも気づいていた。ふーん、この町のどこにいても見えるのか、と時計を眺めていたら、お小夜ばあさんが、
「間に合わんかったら岩に喰われて二度と地上に戻れなくなる」
また怖いことを言った。




