傲慢王子、貧困を知る
護衛に囲まれ、王宮の門を出たエノクは、初めて自らの住む国を見た。
長い間、王城の上から見下ろしていた景色は、今や遠く霞む城壁の向こうにしかない。
街道に降り立つと、平民たちの生活の厳しさが肌に突き刺さった。
粗末な家屋、汚れた子供たち、空腹に苦しむ人々――
今まで王城で綺麗なものしか見た事がなかったエノクにはすべてが、衝撃であった。
この国の現状は彼の心に深く刻まれた。
「……これは……本当に我が住んでいる国なのか……?」
あまりの惨状に言葉を漏らす声は、かつて王子としての威厳を誇っていた面影とは程遠い。
混乱の中で、頭痛と共にわずかな感覚が蘇る。
日本の記憶の断片がちらつき、懐かしい光景や匂いがかすかに脳裏をよぎる。
だが、まだ完全には思い出せていない。記憶は靄がかかり、断片だけが揺れている。
「イッ……!!」
幼い頃の記憶、家族の笑顔、友人達との日常、慣れ親しんだ街や食べ物の匂い……
情報が一気に押し寄せ、あまりの頭痛に声が漏れ出てしまった。
(前世を思い出すタイミングは最悪だ…)
(だが、この知識を使えば生き延びられるか…いや、違う…!)
エノクはボソッと強い決意を口にする。
「……俺は、もう二度と同じ過ちを繰り返さない……堅実に……、平和に生きるぞ……!」
だが、街を歩けば、平民たちの冷たい視線や容赦ない言葉が刺さる。
「ほらあれ見て!
クソエノクよ。税金を上げるだけ上げて私達に何もしてくれたことなんてない」
エノクの胸に、投げかけられた言葉が重くのしかかる。
「平民になってもあいつなんて何もできずにすぐ死ぬだろ」
「いいよな王族は。俺たちから税金巻き上げればいいんだからよ」
過去の悪行が、民の言動が、誰も彼を歓迎していないことを痛感させる。
(……信頼を得るには……時間がかかるな……)
エノクは、汚れた水路のそばに座り込み、追放時に渡された衣服と手持ちの金を見つめる。
衣食住、全てが劣悪な環境である。
しかし、胸の奥には確かな火が灯っていた。
「……まずは、衣食住を整えて、心を改めて堅実に生きるんだ……!」
こうして、元第一王子エノクの平民としての新たな生活が、始まった。




