第100話 勇者だって……うふふふふ
「噂の天使ちゃんがここにいるって聞いたから会いにきたよ!」
茶髪で茶色い目、右目に眼帯をしている2枚目の勇者、工藤蓮だが、この場にいるものは誰も勇者だと知らない。
その上、部屋の外で護衛していた護衛騎士は眠っている。
狼藉者以外の何者でもない。
部屋の中の皇女たちの近衛騎士3人が剣を抜き、蓮を取り囲む。
「無礼者め! ここが皇室専用のティールームと知っての狼藉か!」
「君たちさあ、そんなことを言うなら、僕が誰だか知ってるのかなぁ? 剣まで抜いちゃって、僕と敵対したいの?」
「話の通じない奴め。皇女様の安全が最優先だ。斬り捨てるぞ」
「「おう!」」
すると、レンがいやらしい顔で笑う。
「へえ、やるんだ。僕は悪くないからね。手加減もしないよ」
蓮が剣を抜き、まさに一触即発の状態になった時、
「お待ちなさい!」
この場の皇女姉妹で一番立場が上のアメリアが制止の声をかける。
近衛たちは動き出す寸前だったが、動きを止めて、アメリアをチラとみる。
対して、蓮はニヤニヤした顔を崩さないまま、アメリアを頭から足の先まで不躾な目で見る。
アメリアはその目に嫌悪感を感じながらも、冷静に蓮に声をかけた。
「茶色い髪に瞳とその眼帯。もしや、あなたはトレハミア王国の召喚した、勇者クドウレン様ではないでしょうか?」
蓮が驚いた顔になる。
「よく分かったね。君は?」
「申し遅れました。私は、マーヴィカン帝国第1皇女、アメリア・マーヴィカンと申します。以後お見知り置きを」
アメリアは、名乗るが礼はしない。勇者といえど、立場は皇室の方が上だから、それを明確にするためだ。
「君、なかなかの美人だね。僕の彼女にしてあげようか?」
しかし、アメリアの思惑など、蓮には通じていなかった。
ここで、不敬を指摘して裁くこともできるが、相手は勇者。一筋縄ではいかないだろう。
「お戯を。それよりも、何しにこちらへ?」
蓮は、そう言われて思い出したように言った。
「そうそう。さっきトレハミア王国からの長旅を終えてここに着いたんだよ。本当は来たくなかったんだけどね。
目的ができたんだ。ここに天使ちゃんがいるよね。僕は天使ちゃんに会うためにはるばるトレハミアからきたんだよ」
その言葉を聞いた、クララがスッと美羽を庇うように自然に動いた。
意図に気づいた美羽は嬉しそうに微笑みを浮かべる。
(クララが守ってくれてるんだ。嬉しい)
アメリアが返答する。
「御使い様のことでしたら、正式に面談の申し込みをしてください。
約束もなく、いきなりお会いできる方ではありませんので」
「硬いこと言わないでよ。ここにいるんでしょ。天使ちゃん? どこにいるの〜」
蓮が猫撫で声で美羽に呼びかける。
蓮が言うと、大概の女性は喜ぶのだが、2枚目と優しいふりをした声にトラウマがある美羽には逆効果だ。
(何あいつ。気持ち悪い。絶対に無理)
蓮の声に怖気を感じてクララの後ろに、見えないように隠れた。
クララはその雰囲気を感じてさらに美羽を隠す。
「ですから、御使い様にはお会いできませんので、お引き取りください」
アメリアが言うが、蓮はまるで意に介していない。
「出てきてくれないと、皇族だって困ることになっちゃうんだよ」
「なぜ、私たちが困るのですか?」
「だって、君たちの護衛の騎士が僕に剣を向けたよね。
僕は勇者でトレハミアの賓客だよ。ここでも賓客の扱いだよね。
それに対して、皇族の護衛が剣を向けたっていうのは問題だと思うよ」
そもそも、先に不敬を働いてきたのは蓮の方である。
咎められるのも蓮の方のはずだが、まるで気にしていない。
「あなたの方から無断でこのティールームに入ってきたのでしょう。
騎士が剣を向けたのは職務を全うしただけです」
蓮はそれを聞いて不敵な笑みを浮かべる。
「いいのかな? そんなこと言って」
「どう言うことでしょうか?」
「僕は勇者なんだよ。聞けば、ここマーヴィカン帝国は、今魔族の脅威に晒されているって言うじゃないか。
魔族が襲ってきた時に、救ってあげるのは誰かなぁ」
「それは脅しですか?」
「脅していないよ。でもね、僕のことをトレハミア王国から買ったんだよね。それも相当の額で。
まあ、僕くらい有能なら安い金額だろうけど、この国には痛い金額だったんじゃないの?」
「……」
「それが、いざとなったら働かない。それはどうやら、第1皇女が非道なことをしたからって聞かされたら、貴族たちはどう思うかなぁ」
「な、非道なことなんてしていません!」
「でもね、勇者っていうのは味方を作りやすいポジションなんだよ。
その勇者が、皇族に非道な目に遭わされたって聞いたら、帝国に不満を持っている人たちはどう思うかなぁ。
そう考えると、君責任重大だよね」
「くっ」
「でも、わざわざ君に聞かなくてもいいんだけどね」
そして、蓮はクララの方を指差す。
「そこにいるんだよね。天使ちゃん。1人だけ大きな魔力だから、丸わかりだよ。さあ、出ておいで。
君が出てこないと皇族の女の子たちは困っちゃうよ」
クララが手を広げて遮るが、美羽がその手をそっと下ろす。
「ミウちゃん!」
「大丈夫だよ、クララ」
そう言って、美羽は蓮の前に歩いて行った。
その後ろ姿は恐怖で明らかに震えている。
それを見て、クララは美羽の隣に駆け寄り、その手を握った。
美羽が強張った顔のままクララを見る。
「クララ……」
「ミウちゃんは私が守る」
美羽はほっとした顔で微笑んだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「うん、クララにまっかせて」
「うふふ、それ私の真似でしょ」
「あったりー」
「もう、クララったら」
「お姉ちゃんったら、でしょ」
「言わないー」
「言ってよー」
美羽にとっては2枚目は恐怖と嫌悪の対象だ。
シープゴートの串肉屋の一件以来、余計に2枚目にそれを感じるようになっている。
しかし、クララのおかげで、いつもの自分に戻れた気がした。
気持ちの悪い2枚目を前にクララとじゃれあえているのがその証拠だ。
(ありがとう、クララ)
その様子を見ていた、蓮がじれて口を開く。
「君は天使ちゃんだよね。それで、君はなんなの? 僕が天使ちゃんをずっと待ってるのに」
蓮が苛立たしげな様子で、クララを見る。
「申し遅れましたわ。私、マーヴィカン帝国第3皇女クララ・マーヴィカンと申します。お見知り置きを」
「第3皇女ね。分かった。もういいでしょ。下がっててくれないかな。僕は天使ちゃんと話したいからね」
「そうはいきません。御使い様をお助けするのは私の使命です。このままいます」
「あー、もう。この国の皇族はなんなの? なんでいちいち僕に突っかかるのかなぁ。
まあ、いいや。天使ちゃん。僕は勇者の工藤蓮。君の名前は?」
蓮はクララに対して、苛立ちを隠さなかったが、クララを無視することに決めて、美羽に話を振った。
「……」
美羽は答えない。
その美羽の様子に蓮はさらに苛立つ。
「そういう態度でもいいけどさぁ。そんなことじゃあ、ここにいる皇女たちは困ると思うよぉ」
そう言うと、ようやく美羽が口を開いた。
「小桜美羽。私に何の用?」
「小桜美羽? 君、日本人なの?」
「そうよ。それで何の用か早く言って」
「せっかく同郷の子に、しかもこんな可愛い子に会えたのに、つれないなぁ。でも、まあいいや。
頼みがあるんだ」
「頼み?」
「そ、頼み。この僕の右目を治してくれないかな? 君の治癒魔法は欠損部位も治せるんでしょ」
「いやよ。私は態度が悪い人は治さないことにしているの」
「そんなこと言わないでよぉ。お礼にさ、もう少し大きくなったら、僕のお嫁さんにしてあげるよ。いっぱい可愛がってあげるよぉ」
クララと手を繋ぐことで、震えが止まっていた美羽がまた震え出す。
美羽の脳裏には柏原が浮かぶ。
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
あの日の光景が蘇ってくる。
床に散乱した服、柏原の悍ましい手の感触。
柏原の顔が蓮と重なりかける。重なると完全にトラウマが蘇る。
と、その時、美羽の後ろからふわっと包み込むように抱きしめる手があった。
クララだった。
「大丈夫よ。ミウちゃん。私がついているからね」
「クララ……」
安心で、泣きたくなったが、グッと我慢して蓮を睨む。
「私、結婚なんてしないって決めてるの。だから、お前なんて必要ない。どっか行って」
「んー、恥ずかしいのかなぁ。じゃあ、結婚の話は後で進めようか。
今日のところはこの目を治してよ」
蓮には全く話が通じていない。
まるで、自分の言うことはみんながなんでも叶えるとでも信じているようだ。
美羽はもう限界だった。早く目の前からいなくなって欲しい。
だから強く叫んだ。
「治さないったら! !?」
その瞬間、美羽に直感が働いた。
(え? 治した方がいい? どう言うこと??)
美羽の叫びに蓮の顔が意地の悪い顔に歪む。
「へー、そう言うことを言うんだね。じゃあ、この皇女のお友達たちが困ったことになっても知らないよ。
治しておいた方がいいよ」
「分かった。治す」
「まだ、そんな強情なこと……治すって言ったのかい?」
蓮がきょとんとした顔で聞いてくる。
「治すって言ってるよ。早く済ませるから、そこに座って」
「あ、ああ。分かった」
蓮が座るか座らないかの時に、もう待っていられないとばかりに、美羽から銀色の光が溢れる。
そして、銀色の光は美羽の掌の上に収束していく。
かなりの量の光が集まる。
やがて、光は眩い銀の光球になった。
美羽はそれを蓮の右目に当てて、それをさらに押し込む。
光球は眼帯の上から、右目の位置に沈み込んでいく。
そこで蓮に異変が起こった。
「うぎゃああああああああ」
蓮は右目を押さえて絶叫しながら床に転げ回った。
美羽の治癒をいつも見ているクララは不思議な顔をしている。
「ミウちゃん、なんでこの人こんなに痛がってるの? ミウちゃんの治癒っていつも気持ちいいのに。あと、桜色じゃなかったし」
「これはね、魔力を使っているの。私の魔力の塊が強制的に眼球を作っているの。
何もないところに眼球の材料を体からかき集めて、神経をつなげたり、かなり強制的に工事しているんだ。
それで痛みが出ているんだよ。
銀色なのは私の魔力の色が銀だからなんだ」
「えー、それで、こんなに痛がっているんだね」
「うん、いい気味でしょ」
「うん、いい気味ね」
「あはは」
「うふふ」
蓮の絶叫は30分ほど続いた。
途中で、涎を垂らし、小便を漏らしてティールームの中を転がっていた。
皇女たちと美羽は汚物を見る目で、
「「「「きたな」」」」
と、声を揃えていた。
治った頃、蓮は疲労困憊だった。
「どう? 勇者。見える?」
「あ、ああ。見える」
「もっと喜びなさいよ」
「ああ、すまない」
「まあまあ、ミウちゃん。殿方が涎を垂らしてのたうち回ってしまったんですから」
と、アメリア。
「ミウちゃん、漏らしてしまった殿方はきっと羞恥に震えているのですわ。察してさしあげましょう」
と、シャルロット。
「「「「ププププ」」」」
笑いを堪えるのに必死の4人。
よほど堪えたのだろう。
蓮は言い返す気力もなかった。
部屋への案内をアメリアに頼み、アメリアに指示されたメイドとともに、早々にティールームから去っていった。
去っていくのを見ていた一同。
誰かがポツリと呟いた。
「勇者だって」
「「「「うふふふふふふふふふふふ」」」」
皆、溜飲が下がったいい笑顔をしていた。
「でも、ミウちゃん。なんであんな奴の目を治してあげたの? それにどうして、今日に限って神気じゃなくて魔力にしたの? 懲らしめるため?」
「うーん、ひどい目に遭わせたのはたまたまだよ。なんかね、魔力で治した方がいいって、直感を感じたんだ。
理由はわからないけど、何か私にとって重要なことなのかも」
「美羽様の直感は当たりますからね。直感に従って正解でしょう」
今まで姿が見えなかったきんちゃんが急に現れて口を挟んだ。
「きんちゃん、どこ行ってたの? 変な勇者に絡まれて大変だったんだよ」
「いえ、透明化して、いつでも串刺しにできるように待機しておりました。もう少しで刺すところだったのですが、クララが美羽様を守ったので、邪魔しては悪いと思い、控えていました」
それを聞いた美羽が手を口に当て、笑う。
「あはは、勇者を串刺しにしようとしてたの? なんか、魔族と戦うための戦力みたいだよ」
「私には、美羽様に無礼を働くものを生かしておく理由などありません。例え勇者でも」
「あはは、きんちゃんはブレないなぁ」
「「「うふふふふ」」」
みんな、きんちゃんの物言いに楽しく笑ったのだった。




