第96話 練兵場
皇城に泊まった翌日、学校に向かったクララを見送る。
クララは学校に行くのを渋ったが、侍女に力尽くで連れて行かれた。
「何しようか、レーチェル」
「わたし、おねえさまがけんじゅつをしているところをみたいですわ」
「そう? じゃあ。練兵場に行こうか?」
「はい!」
そうして、練兵場に行くと、近衛騎士団長のクラークが門将ローガンと剣を交えていた。
ローガンは帝国最強と名高いクラークに善戦をしていた。
クラークの豪剣をローガンが盾で上手くいなして、反撃する。
クラークは素早く切り返して、ローガンの剣を弾きその勢いで剣を振り下ろす。
それをローガンが盾で防ぐ。
そういう攻防をしばらく続けていたが、やがて、均衡が崩れた。
クラークが盾ごとローガンを弾き、倒れたローガンの首に素早く剣を添えた。
「まいった」
「ローガン殿、腕を上げられましたな」
「そうか? 全然歯が立たなかったよ」
パチパチパチ。
拍手の方に二人が目をやると、美羽とレーチェルだった。
「お嬢ちゃんじゃないか」
「ミウ様、おはようございます」
「ん? ミウ様?」
ローガンが、クラークの美羽の呼び方に違和感を覚えて聞き返す。
「ん? クラーク殿は知らないのですか? こちらは御使いのミウ様ですぞ」
「なっ!? 御使い様?」
そんなローガンの驚きも知らない顔をして、美羽が声をかける。
「二人とも、迫力ある立ち合いだったねぇ」
「ミウ様に喜んでもらえたならよかったです」
「み、御使い様……」
ローガンはまだショックから立ち直れていなかった。
いつも外門で見かける少女が実は御使いだったのだから、驚くのも当然である。
そんなローガンを美羽は首を傾げて聞く。
「おじさん、大丈夫? どこか、頭打った?」
「え、いや、大丈夫だよ。です。おじょ、御使い様」
その言い方に美羽は口に手を当てて笑う。
「あはは、何その喋り方ぁ。それに美羽でいいよ」
「ああ、そうか。ミウ……様」
そこで、クラークがレーチェルを見ながら声をかけてくる。
「ミウ様、そちらの方は?」
「うん、わたしのお友達でレーチェルって言うんだよ」
「レーチェル・ルッツ、ルッツはくしゃくのちょうじょですわ。いご、おみしりおきを」
「これはご丁寧に。近衛騎士団長のクラーク・クレオと申します。以後お見知り置きを」
「私は外門で門将をやっているローガンです。平民なので、姓はないです。以後お見知り置きを」
3人が笑顔で挨拶を交わすと、美羽が口を開いた。
「クラちゃん、今日はレーチェルが私の模擬戦を見学したいんだって」
美羽は、毎日のようにクラークと稽古をしているうちに、クラークに愛称をつけていた。
「それはいいですね。それでは……いや、ミウ様、ローガン殿とまずやってみませんか?」
「おじさんと?」
「はい、私は両手剣ですが、ローガン殿は盾使いです。いい機会ですから、盾を持った相手との立ち回り方も体験しておいた方がいいかと思いますぞ」
「なるほど。そうだね。おじさん、お願いしてもいい?」
「ええ、もちろんだよ。です。やろう。ましょう」
「あはは、おじさん、前の喋り方でいいよ」
「そうか、すまないね」
こうして、美羽と門将ローガンの模擬戦が決まった。
美羽は女神に授けられた覚えの良さで剣術の技術がどんどん上がっている。
対して、ローガンも平民ながらも重要な外門の将を担うほどの実力者だ。
模擬戦をすると聞いて、訓練に励んでいた騎士たちも見物に集まった。
二人は練兵場の広い場所に歩いていく。
ローガンは大きめの丸い盾とショートソード、そしてライトアーマーだ。
美羽は、いつもの白いワンピースに手ぶらだった。
「ミウ様、剣はどうしたの?」
「ん? ああ、これだよ」
美羽が右手で左目の下についていた、桜の花びらをぺりっと剥がす。
「!?」
いつの間にか、美羽の右手には変わった形の剣が握られていた。
「い、いつの間に……」
「えへへ、びっくりしたでしょ。最初に見た時は、クラちゃんも驚いてたんだよ」
「さっきの桜の花びらが剣に変わったってことなんだね」
「うん、これは刀って言うんだけどね。あ、ちなみにだけど、これは斬れないから木刀と同じだよ」
「そっか。心配しなくても当たらないけどね。それじゃあ始めようか。」
「むっ……、それじゃあいくよ」
ローガンの当たらないと言う言葉に、少しムキになった美羽が突っ込んだ。
(御使い様って言っても、やっぱり子供だな。真っ直ぐに突っ込んでくるだけだ。怪我させないようにしないとな)
ローガンは、完全に舐めていた。
相手は5歳の幼女なのだから当然である。特にローガンの娘は美羽と同じ歳だ。
5歳の少女の動きなんて、予測がつく。
(子供にしては早いけど、それだけ。盾でいなして、転ばせるか)
ローガンが盾を左下から中央に移動させる動きをした時、美羽がその動きとは反対にローガンにとっての左下に動いた。
結果、美羽の姿がローガンには視認できなくなる。
「!?」
ローガンは慌てて、視界を広げるために一歩下がろうとした。その時、気づいたら、視界が反転し、仰向けに倒れていた。
美羽が後ろに下がろうとしたローガンの左足を低い体勢から、刀で払ったのだった。
そして、首に刀を当てられた。
「はい、私の勝ちね」
ローガンが何が起きたかわからないでいる中、美羽の嬉しそうな声が聞こえる。
「「「おお〜〜〜」」」
そして、周囲の騎士たちのどよめきの声が聞こえた。
「……」
(な、なんでこうなったんだ。5歳の子に僕が負けるなんて……)
信じられないと言う顔で、美羽を見上げているローガン。
美羽は笑顔を崩さないで言った。
「おじさん、私が小さいからって、舐めてたでしょ」
「あ、ああ、すまないね。君の見た目があまりにも可愛らしいから、まさかこんなに強いとは思わなかったよ」
すると、美羽がじろりと見た。
そして、不機嫌そうに言った。
「可愛いから強くないって言うのはイコールじゃないよ。可愛いから手を抜くなんて最低。見た目だけで評価しないで」
美羽が最初の開始位置まで戻って行った。
戻りながら、うっすらと桜色に輝きはじめた。
急な美羽の不機嫌にローガンが面食らっていると、クラークが声をかけながら、手を差し伸べてきた。
「やられましたな。ローガン殿」
「は、はい。クラーク殿。しかし、ミウ様はなぜ……」
「急に不機嫌になったかですか?」
「はい」
「おそらく、ローガン殿が可愛らしいと言ったからでしょうな」
「そ、それだけで? 女の子は喜ぶかと」
「ミウ様は別ですな。女性に可愛いと言われると、喜ぶようなのですが、我々のような男性が言うと、途端に機嫌が悪くなります。ナンパな騎士が可愛い。将来付き合いたい。と、言ったことがありましてな、足腰が立たなくなるまで扱かれてましたよ。ハハハ、あの時は苛烈でしたな。ミウ様の身体強化はかなり強力ですからな。使われると私でも敵いません。使うと、桜色に光るんですよ。ちょうど今のように」
その言葉にローガンが青い顔になる。
「も、もしかして、私は……」
「はい、虎の尾を踏んだかも知れません。さ、御使い様がお待ちですぞ」
「そ、そんな」
ローガンはこちらを睨んでいる美羽の前にトボトボと歩いて行った。
その後、ローガンは美羽の素早い動きについていけずに、散々翻弄され、何度も倒された。
言わなければいいのに、悔しさのあまり、
「素早さだけはミウ様に敵わない。盾で止められたら、なんとでもなるのだが」
と、余計なことを言ってしまった。
それを聞いた美羽が、
「むぅ」
と、うなり今度はスタスタと歩いて近づいてきた。
そして、大上段で切り掛かってきた。
しめたと思ったローガンは、当たった瞬間に盾を斜めにして、受け流した。
(よし! いまだ)
と、ローガンがすぐにカウンターに入ろうとする。
すでに相手が子供ということは忘れてしまっている。
本気で勝ちに行こうとしたのだが、なんとすでに体勢を戻した美羽が2撃目を放ってきた。
「うわ」
なんとか盾で止めるが、受け流す余裕はなかった。
ミウの体からは考えられないほどの衝撃が手に伝わる。
そして、ミウはすぐに3撃目の体勢に入った。
(今度は受け流す。そして、同時に一撃入れて、それで終わりだ)
美羽の3撃目が降ってきた。
それを盾で受ける。即座に受け流す……はずだった。
が、なぜか衝撃がモロに盾にのしかかってきて、盾を弾かれてしまった。
(しまっ)
すでに美羽の刀はローガンの喉元にあった。
「ま、まいった」
美羽がにこりと笑う。
「盾で止めても私が勝ったね」
嬉しそうにいう美羽の顔は誰が見ても可愛い。
そして、ローガンが言わなくていい一言。
「やっぱりこんなに可愛いのに強い……はっ」
その瞬間、美羽の顔がプクーとフグみたいに膨れた。
クラークは額に手を当てている。
ローガンが慌てて誤魔化そうとするがすでに遅い。
「もう! 次やるよ」
ミウはとっとと開始線に行ってしまった。
そして、そのあとは降参してもなかなかやめてもらえなかったのだった。
終わったあとはローガンは文字通り立ち上がることもできなかった。
これが、「可愛らしい」とたった一言二言言っただけでやられたのだから、理不尽な話だった。
騎士たちも美羽の余りもの苛烈さに、ローガンに同情していた。
ただ一人レーチェルだけが、
「おねえさま、すてきですわー」
と、叫んでいた。
訓練を終え、美羽は満足できたのか、ニコニコだった。
レーチェルもクラークに教わり、技術の上達を感じてニコニコしている。
クラークも美羽に次ぐ、レーチェルという才能を発見して満足げな顔をしている。
一人、ローガンだけが憔悴していた。
「おじさん、どうしたの?」
「それを君が聞くかなぁ」
「あはは、ごめんね。やりすぎちゃった?」
「……いや、僕の口が滑ったのが悪いから、いいよ」
「でも、やっぱり私が悪いから、治癒をしてあげるね」
そういう美羽の手のひらにはいつの間にか桜の花びらが山盛りでのっていて、それを上に向かって投げた。
それが、ハラハラと落ちてくると、4人の体に触れた。
それは触れたところに染み込むように消えていく。
そして、瞬時に体の疲れが癒えていった。
「ああ、気持ちいいね。ミウ様」
「おねえさまのしんきはあいかわらずすばらしいですわ」
「これは助かりますぞ。ミウ様」
全て花びらが消えると、美羽がローガンに尋ねる。
「どう? 元気になった?」
「ええ、とても元気になりました」
「それならよかった」
美羽が花が咲いたような笑顔で笑った。
(この笑顔を可愛いって、言ってはいけないなんて、酷い話だな)
美羽の顔を見ながら、苦笑いをするローガンだった。




