第95話 リリとルル、キレる
「お姉ちゃん、起きて。朝の訓練しないと」
「うーん、ルル。もう少し寝かせてくれ」
もう。お姉ちゃんは朝が弱いんだよね。
だらしなく、布団を抱いて寝ている。気持ちよさそうだけど……。
私一人で訓練してもいいんだけど、お姉ちゃんとは一緒にミウ様にお仕えするって決めてるから、一緒に強くなりたいなぁ。
どうすれば起きるかなぁ? あ、そうだ。
「あ、ミウ様! おはようございます」
「え? ミウ様? うわっ」
あ、ベッドから落ちた。ふふふ、これで目が覚めるでしょ。
「いたたたた。ハッ、ミウ様!」
あ、ビシッと立ち上がった。胸に手を当てて騎士の敬礼をしてる。
「あ……れ、ミウ様?」
お姉ちゃん、間抜け顔。うふふ、でも可愛いんだよな。ミウ様ほどじゃないけど。
「お姉ちゃん、ミウ様はいないよ」
「ど、どういうことだルル? ミウ様に挨拶していただろ」
「ミウ様に、おはようございますって言いたいなって言ってたの」
「はっ、騙したな!」
「あはは、起きないお姉ちゃんが悪いんだよー」
「そ、それを言われるとな。悪かった」
お姉ちゃんは最近ミウ様に仕えるために、騎士っぽい言葉遣いに変えるって言っていたけど、寝起きでもすっかり男っぽい口調になっちゃったな。
守護騎士見習いリリの誕生だね。
私は変えないけどね。ミウ様に可愛いと思ってもらいたいし。
「さ、お姉ちゃん、訓練に行こう。早く着替えて」
「ああ、分かった」
朝の自主訓練はランニングをして、素振りをして、お姉ちゃんと模擬戦。
一通りやったら、魔力の操作を練習して、もう一度素振りと模擬戦。今度は神具をつけてね。
神具ルルの扱いに少しだけ慣れてきた。
神具リリに神具ルル。
これはミウ様が私たちにくれた、私たちのために作られた世界にこれだけの宝物。
私たち二人の特性にあった力を発揮してくれるんだ。
騎士学校では魔道具の装着もその人の実力の一つとみなされるから、堂々と使っていい。
でも、お姉ちゃんも私もできるだけ使わないようにしている。
使うのは、使えば神具の扱いが上手くなりそうなシチュエーションだけ。
模擬戦でも、強い人とやる時とかかな。
基本的にはあまり使わないようにしてる。
神具がなくなってもミウ様を守れるようになるのが私たちの目標だから。
朝の自主訓練が終わったら、朝食。
寮の朝ごはんは、朝からすごい量。
騎士学校の生徒たちは体をすごく動かすから、体づくりに欠かせないの。
私も、最初の頃は食べられなかったけど、頑張って食べるようにしたら、普通の女性の倍くらいは食べられるようになった。お姉ちゃんは普通の女性の3倍くらいだけどね。
「やあ、リリ。今日も美しいな」
お姉ちゃんが男子生徒に声をかけられた。
この学校って、ほとんどの人が15歳くらいから入るから、14歳のお姉ちゃんと12歳の私では他の人よりも年下なんだよね。
でも、女性が少ないから、比較的歳の近い14歳のお姉ちゃんはよく男子生徒に声をかけられるんだ。
だけど……、
「ん? 貴様は誰だ? 食事の邪魔だ。ほっといてくれないか?」
ミウ様にしか興味のないお姉ちゃんは、男子生徒に軒並み塩対応なんだよね。
しかも、名前も覚えていないし。
男子生徒が涙目で去っていった。ご愁傷様。
食事が終わったら、騎士の見習い服に着替えて登校。
「リリ、ルル、おはよう」
「やあ、モアナおはよう」
「モアナちゃんおはよう」
モアナちゃん。
騎士学校で出会った数少ない見習い女性騎士。
近衛騎士団長のクラーク様に憧れていて、将来は近衛騎士団に入るのが夢だって言ってたな。
クラーク様って言ったら、ミウ様がよく剣術の訓練をしに行くって言ってたな。
いいなぁ、クラーク様。
ミウ様に剣術をお教えできるなんて。
きっと、ミウ様の手を取り足を取り、懇切丁寧に教えているんだ。
ミウ様と時間を共有できるんだ。
「許せない。クラーク」
「え、何? ルル。クラーク様がどうしたの?」
「ううん、なんでもないの。ただ、妬ましいだけなの」
「ふ、ふーん、そうなのね」
モアナちゃんが釈然としない顔で見てるけど、妬ましいのは本当。
あー。ミウ様に会いたいよ〜。
授業が始まった。
今日は朝から、剣術の訓練。
訓練着に着替えて、グラウンドに集合。
一通り基礎訓練を行ったら、いよいよ模擬戦の時間。
二人1組で木刀を使って訓練する。
お姉ちゃんは守ることに特化した大楯に片手剣。
私は斥候に特化した短剣の2本持ち。
モアナちゃんもお姉ちゃんと同じスタイル
正直、経験者のモアナちゃんの方がお姉ちゃんより強いんだよね。
私たちは剣も盾もこの学校に入ってから教わったから、まだまだこれから。
「おう、リリ。余ってるのか? 俺とやろうぜ」
誰だか、わからない男子生徒に声をかけられたけど、この人は大剣の木刀を持っている。
お姉ちゃんとモアナちゃんが一緒にやるみたい。
じゃあ、いいか、この人で。
「いいよ」
そう言って、短剣の木刀を構える。
「へへ、そうこなきゃな。いくぜ」
男子生徒は木刀を振り上げて、思い切り振り下ろしてくる。
それを私は体を横に開いて交わす。
と、いうか、今の当たってたら、木刀でもタダじゃ済まないよ。
少しは加減して欲しい。
男子生徒が今度は横凪にしてくる。
一歩下がって、かわす。
男子生徒が振り回す大剣が怖くて、中に入れない。
だって、当たったら本当に痛いなんてものじゃないよ。
男子生徒がブンブン振り回す。それを距離をとってかわす。
「どうした! 逃げてるだけじゃ勝てねえぞ」
そうは言っても、怖いんだよ〜。
「俺はなあ、お前ら姉妹みたいに、騎士ごっこをしにきている女が気に食わねえんだよ」
「騎士ごっこじゃないよ!」
「どうだかなぁ、お前らは入学の時の成績、最低だったろ。お情けで入れてもらえたんだよ」
喋ってる間にも、彼の剣は私の鼻先を掠める。
あっぶなー。
「俺は入学試験の剣術の成績は8位だ」
剣を振り回しながらドヤ顔をする。
器用だな〜。私なんか避けるのに精一杯だよ。
でも……
「微妙に威張りきれない成績だね」
すると、彼は真っ赤になって怒った。
「最下位姉妹に言われたくねぇ」
彼の剣の回転はますます上がった。
あ、余計なこと言っちゃった。
このままじゃ当たっちゃいそう。ああ、痛いんだろうな。
「お前はぁ、御使いに仕えるんだって吹いてるよなぁ!
でも、お前如きが仕えられる御使いなんて、どうせ冴えねえブスのガキなんだろうなぁ」
は?
「……お前、今なんて言った」
「あぁ!? お前だと!
まあいい、言ってやるよ。
御使いなんて、実際は嘘のドブスのペテン野郎だって言ったんだよー。
ギャハハー」
その瞬間、私の頭の中はスーッと冷えた。
「殺す!」
ガキーーン……。
あいつの大剣に当たる。
「やっと、やる気になったなぁ。こうなったらこっちのも……な、ちょ、待て」
何か言っているが、関係ない。
こいつはもう死ぬんだから。
左右の短剣を振り出していく。
大剣で細かく防ごうとしても、短剣のスピードに対応できるわけがない。
でも大剣は邪魔。こいつを殺せない。
じゃあ、へし折ってやる。
神具ルルに魔力を流す。
途端に全身に力が漲り、体の動きがスムーズになる。
奴の大剣の根本に向けて、素早く短剣を繰り出す。
ガキン、ガキン
神具ルルは短剣も強化している気がする。
流石ミウ様!
待っててください。今この不届きものを処分しますので。
ガキン!ガキン!
バキッ!
奴の大剣が折れた。
チャンス。
「え、大剣が折れた? 待ってくれ、もう俺のま、グアア」
奴が何か言ってるが、構わず左手の短剣で右腕に一撃を入れる。
そして、右手の短剣で左腕にも一撃を入れる。
やつは尻餅をつきながら痛がっている。
頭がガラ空き。
死ねーーーーーーー!
右手の短剣を振り下ろす。
ガキン
短剣が何かに阻まれた。
大楯だった。
「何? お姉ちゃん。邪魔しないで」
「何言ってるんだルル。お前らしくもない。神具ルルの力を使ってまで何やってるんだ?」
「そいつを殺すの。だから邪魔しないで」
「訳を言え。簡単に人を殺すなんておかしいぞ」
何言ってるの? お姉ちゃん。
ミウ様の悪口を言われたっていうのに、言った本人を庇うわけ?
正気? お姉ちゃん。
「そいつはねぇ! ミウ様のことをドブスのペテン野郎って言ったのよ!」
「は?」
お姉ちゃんの顔つきが変わる。
それは、氷点下のブリザードを彷彿とさせるような顔だった。
お姉ちゃんは振り返りあいつを見る。
「貴様! 言ったことは本当か?」
「へ?」
「いや、答えなくていい。貴様の顔は見るに耐えない。
ここで死ね」
お姉ちゃんが殺すの?
私が殺したいんだけど。
私は素早くお姉ちゃんの横に行く。
「お姉ちゃん、私の獲物を取らないで」
「それじゃあ、一緒に殺そう」
「わかったよ。行くよ。せーの」
「や、やめてくれー。誰か助けてー」
間にモアナが入ってくる。また邪魔だ。
「いやいやいや、2人とも待ってよ。何してるの? リリもルルを止めたと思ったら、一緒になって」
「「ミウ様の悪口を言ったから」」
「いや、悪口くらいで」
「モアナはクラーク様の悪口をそいつが言ったらどうするの」
「……殺していいよ」
当然よね。
世の中には死んでいい人間もいるのよ。
「「じゃあ、お前、死になさい」」
「ひーーーーー」
奴は蹲ったが、そんなの関係ない。
剣を振り下ろそうとしたところで、声をかけられた。
「お前たち何やってるんだーーー」
先生だった。
「「先生、粛清をしようとしてました」」
「なぜ、粛清なんだ」
先生にもわかるように説明しないとね。
「皇帝陛下にも認められた御使いコザクラミウ様のことをドブスのペテン野郎って言ったのです」
「ああ、それは不敬だな」
「そういうことで」
「あ、いや、ダメだ。お前たちが手を下すことは許さないぞ」
なんでだか、理解できなかったが、その後先生に説得される形で粛清を諦めたのだった。
今は学校が終わり、寮に帰っている途中。
「しかし、ルル。冷静に考えたら、よくなかったぞ。私たち」
「どうして?」
「お前、あの時あいつを殺していたら、犯罪奴隷になっていただろ」
「ミウ様のためならそんなもの些事よ」
お姉ちゃんは何当たり前のことを言ってるんだろう。
「もし、犯罪奴隷になったら、ミウ様に仕えることができなくなるんだぞ」
な、なんですって?
「その顔。気づいてなかったのか。全くお前は昔からおっとりしている割にはキレたら、後先考えないよな。
まあ、今回は私も冷静さを失っていたから、人のことは言えないけどな」
「いやだよ、お姉ちゃん。ミウ様に仕えることができないなんて!」
「そうだろ。だから、今度からは気をつけろよ。ミウ様に顔向けできないことをするなよ」
「うん」
私が浅はかだった。
でも、また言われたらキレちゃう気がする。
あーあ、早くミウ様にお仕えしたいな。
それにはもっともっと強くならないと。
もっと頑張ろう。明日から……ううん、今日から!
「ルル」
「何?」
「早くミウ様のもとに行きたいな」
「うん! そうだね、お姉ちゃん」
「ああ」
「お姉ちゃん、手を繋ごう」
「ああ、いいよ」
そこから寮まではお姉ちゃんと手を繋いで帰った。




