第90話 勇者 工藤蓮の実力
トレハミア王国とダンストイアン共和国の国境付近を馬車の一団が進んでいた。
4台の馬車を40人ほどの護衛騎士が守っている。
馬車の中にいるのは、勇者工藤蓮とトレハミア王国第3王女ミレーヌ・トレハミアだった。
マーヴィカン帝国に向かっている。
先日、御使いの話を聞いた蓮が乗り気になり、出発は順調に決まった。
蓮のわがままでミレーヌも一緒にマーヴィカン帝国に向かうハメになった。
ただ、乗っている馬車は別々だ。
最初は同じ馬車に乗っていたのだが、蓮がミレーヌに見せつけるように、目の前でメイドを抱き始めたのだ。
それには抗議したのだが、蓮が聞くことはなくそのままメイドを抱き続ける。
我慢の限界が来たミレーヌが馬車を降り、予備で用意していた皇室用の馬車に移ったのだ。
ここまでの道中の蓮の行動は酷かった。
立ち寄った村や街で、住民に暴力を振るったり、恋人のいる少女を無理に宿に連れて行き抱いたり、やりたい放題だった。
しかし、勇者工藤蓮の実力は本物で、実質止められる者がいない。
護衛隊長も嗜めたところ、殴られて一撃で気を失っている。
ミレーヌも苦言を呈し続けてきたが、
「マーヴィカンに行ったら、大人しくするよ。だって、この国は僕を無理やり異世界から呼んだんだよ。
少しくらい自由にさせてもらっていいよねぇ。でもね、女性はみんな喜んでいたよ。彼氏より僕の方が良かったって。
早くミレーヌも僕のものになりなよ。女の喜びを教えてあげるよ。あはははは」
全く聞く耳を持っていなかった。
しかし、2枚目なのは確かで、無理やり連れて行かれた女性も、まんざらではなかった者もいて、それがさらに蓮を増長させていた。
ミレーヌは馬車の中で、窓の外を見ながらため息をつく。
(早く帰りたい。でも、まだトレハミアの国境。全行程の3割も来てないのよね)
そう考えていると、馬車が急に止まった。
(どうしたのかしら?)
すると、馬車の扉が叩かれる。
「開けていいわよ」
「失礼します。殿下」
馬車の扉が開き、護衛隊長が顔を出す。
「どうしたの?」
「敵襲です。オーガが5体現れました」
「5体も?」
オーガは通常、一般騎士が10人がかりで、ようやく安全に倒せると言われている。
それが5体となると、今いる戦力では被害が大きくなる恐れがある。
「旅の途中よ。被害を抑えて倒すことはできる?」
「かなりの犠牲が出るものと思われます。勇者様にご助力願うのが賢明かと思われます」
「そうね、私が行くわ。その間、オーガを牽制にとどめて被害は最小限にしておきなさい」
「ハッ」
ミレーヌは蓮の馬車に向かった。
(まさか、裸ってことはないわよね)
ミレーヌは先日、蓮がミレーヌの前で、情事におよんだ時の光景を思い出す。
思い出しただけで、悍ましく身震いした。
メイドたちは蓮の顔の良さにまんざらではない様子だが、ミレーヌにとっては嫌悪感を抱く対象になっている。
「勇者様、よろしいですか?」
ガチャリと、馬車の扉が開いた。
服を着た蓮が出てきた。
ミレーヌは内心ほっとする。
「ああ、ミレーヌか。やはり僕が恋しいのかい?」
「お戯を。今はそれどころではなく、敵襲なのです」
「敵襲? だから馬車は止まったのか」
「はい、オーガが5体います。護衛騎士だけでは少々荷が重いので、クドウレン様にお力をお借りしたいのですが」
蓮は少し考えるそぶりをする。
やがて、いやらしい笑みをした。
ミレーヌはその笑みに嫌な予感がして、身を硬くする。
「僕が行ってもいいけど、やる気が出ないなぁ」
「そこをなんとかできませんか?」
「じゃあね、君が僕の頬にキスをしてくれたら、やる気が出るかも」
「そ、それは……」
ミレーヌは15歳である。
すでに婚姻を結んでもおかしくない年齢ではあるが、異性の頬にキスなどしたことはない。
それが、内心では蛇蝎のように嫌っている蓮に頬とはいえ、キスをするなんて身の毛がよだつ。
「いいんだよ。僕は。護衛たちがどれだけ怪我しようが、仕事だから仕方ないよね」
「う……、わかりました。頬にキスくらいで、動いていただけるなら」
「おお、嬉しいな」
そう言って、蓮は馬車を降りてきた。
表情は満面の笑みである。
(気持ち悪い笑みを浮かべないでほしいわ)
蓮は左を向いて右頬を差し出してきた。
「さあ、早くして」
「はい……それでは」
ミレーヌが蓮の右頬に自分の顔を近づけていき、蓮の頬に当たりそうになった時に、不意に蓮がミレーヌの方に顔を向けた。そして唇を奪われた。
咄嗟に頭を逸らして、逃れようとするが、蓮が頭を掴んできて逃れられない。
その上、蓮の舌がミレーヌの唇を割って入ってきた。
気色の悪い蓮の舌がミレーヌの口の中を蹂躙する。
「んーんーんー」
必死に抵抗するも逃れられない。
舌を噛みちぎってやろうかと思ったが、相手は勇者だ。そういうわけにもいかない。
蓮の胸を叩くがびくともしなかった。
蓮はミレーヌの唇を好きなだけ貪った。
ようやく蓮から解放されたミレーヌは地面に座り込む。
頬は涙で濡れている。
その表情は悔しさで溢れていた。
逆に蓮は満足そうな顔をしている。
ミレーヌは声を振り絞って言った。
「勇者クドウレン様! 話が違うではありませんか!」
「いやぁ、こうすれば、君の方から僕に抱かれにくるかなって思ってさ」
全く悪びれていなかった。
ミレーヌは憎悪の感情を抱くが、それを今出している場合ではない。
必死に抑えて言った。
「早く。オーガを倒しに行ってくださいますか」
「えー、なんで僕がー」
ミレーヌはカッとなり、叫ぶ。
「それでは! なぜ! 私の! 唇を! 奪ったんですか!」
「君が美しいからさ」
「ふ、ふざけないで!」
「ふざけてなんかいないよ。君を僕のものにしたいんだ」
「じょ、冗談じゃないわよ!」
「はっはっはっ、まあ冗談さ。半分くらいね。オーガは倒してやるさ。被害を受けたら、僕も面倒だからね」
そう言って、蓮は業物の剣を手に、騎士たちがオーガに対峙している方へ歩いて行った。
「うぐっ、ひぐっ」
後には、咽び泣くミレーヌが残された。
「ミレーヌ様」
ミレーヌ付きの侍女が肩を抱いてきた。
ミレーヌは侍女にしがみつきながら泣き喚いた。
「わああああああああああ」
なぜ、父は異世界召喚などしてしまったのか?
なぜ、あんな男が召喚されてしまったのか?
なぜ、あんな男に唇を奪われあんな屈辱的なことまでされなければならないのか?
なぜ、私はこんな旅についてこなければならないのか?
まだ若いミレーヌは理不尽な思いに泣き喚きながら思ったが、答えなど一つも出なかった。
「へえ、あれがこの世界のオーガか」
赤い肌に額には2本のツノ。
身の丈3メートルはありそうな背丈に頑丈そうな体。
手には大きな棍棒を持っている。
護衛騎士隊長が近寄ってきて蓮に声をかける。
「勇者殿、ここは連携をとって、あいつらを倒しましょう」
「ん? 連携? いらないよ。あの程度の相手。それに君達じゃ、足手纏いさ」
そういうと、蓮はオーガに向かって走り出す。
あっという間にオーガとの距離を詰めると、オーガが棍棒を振り下ろしてくる。
しかし、それより早く蓮が剣を横に一閃。
オーガの太い胴体を真っ二つにした。
オーガの鮮血が飛び散る。
そして、右横にいるオーガの右足を切り落とす。
切られたオーガは倒れる。
蓮のことを脅威だと認識した、残りの3体が一斉に蓮に向かってきた。
その3体がまだ間合いの外にいる時に蓮が剣を横に一閃した。
ザシュッ!
すると、斬撃が飛んで行き、真ん中のオーガの胴体を深々と切り裂き、右側のオーガの右腕、左側のオーガの左腕を切断した。
「「「グウォー」」」
オーガたちの絶叫がこだまする。
蓮は歯牙にもかけずに右側のオーガに近寄り、ジャンプして首を切り落とす。
その勢いで、左にいたオーガに近寄り、胴体を真っ二つにする。
蓮が剣を振るたびに鮮血が飛びちり、オーガの体は切断されていった。
蓮は真ん中にいたオーガにトドメを刺した。
「「「「「ウォーーーー」」」」」
蓮の活躍に護衛騎士たちが沸き返った。
「さてと、残るは君だけだねぇ」
蓮が右足を切断されたオーガに近寄っていく。
すでに戦意を失ったオーガは残った足と両手で後ずさっていく。
「逃げられないよ、君」
「グルル」
「でも、完全に動けなくしようか。まずは左足」
ザシュ
オーガの左足が切断された。
「グギャアア」
オーガが叫ぶ。
「僕はね、元々強かったけど、この世界に来てもっと強くなったんだよ。
魔法なんてあまり使えなかったんだけどね、今は結構得意なんだ」
そういうと、オーガに向かって右手を出す。
「メキロ」
その瞬間、火球がオーガに飛んでいきオーガの右腕に直撃し、爆散した。
これは、美羽が湖で使って危うく死にかけた魔法メキロスフィアの一種だ。
美羽のメキロスフィアが大軍を想定した戦略的魔法に対して、メキロは少数の敵を想定した戦術魔法で、その中で高ランクに位置する魔法だ。
威力はかなり強いので、一撃で敵を周囲もろとも爆散させるのだが、右腕だけを爆散させた、蓮の魔法操作技術はなかなかのものだった。
「どう? 僕のメキロ。すごいでしょ。もう一発あげるね」
オーガが左腕だけで逃げようとする。
「メキロ」
再度、火球が飛んでいき、オーガの左腕に直撃し、爆散した。
「グギャアア」
「どうだい、両手両足を失った気分は?」
蓮はオーガに話しかけが、会話をしたいわけではない。
ただ、自分に酔っているだけだった。
すでに、蓮を讃える騎士たちの声はない。
蓮の所業に静まり返っている。
「じゃあ、最後に新しい剣技を披露してあげるよ」
蓮は、剣を抜いてオーガに近づいていく。
「フレイムブレード」
蓮がそういうと、蓮の剣に青白い炎が纏いだした。
オーガの顔が恐怖に染まる。
「すごいでしょ、この剣。ファンタジーではよくあるけど、実際やると難しいんだよ。
だって、こんな炎を纏わせたら、剣身が溶けちゃうからね。溶けないように魔力でコーティングして、高温の炎を纏わせてるんだけど、言うとやるでは大違いでね。まあ、僕だから難しくてもできちゃうんだけどね」
そういうと、蓮はオーガの腹に剣を突き立てた。
「グギャアア」
「すごいでしょ。中から焼かれるよねぇ。そうなんだよ。これを刺されると、中から炎が焼いてくれるようになってるんだよ。これなら、どんなに大きなモンスターでも刺すことさえできれば、中から殺すことができるんだよ」
「グギャアア」
オーガの切れた手足の切断面。目や鼻や口 耳から炎が溢れ出てきた。
「あはははは、これだよ。これがファンタジーだよ。魔力を上げるとこういうこともできるんだよ」
蓮が金色に光る。
すると、青白い炎はさらに勢いを増してオーガを体内から焼いた。
すでにオーガの反応はない。
そして、残ったのはなんとオーガの皮膚と髪とツノだけだった。
中身だけ燃やし尽くしてしまったのだ。
「あはははは、この力はすごいねぇ。これなら、あのシンも外側だけ残して焼いてやれるのに。
ああ、残念だぁ。それができないなんてなぁ。でも、まあいい。僕はこの力を使って、この世界を楽しみ尽くす!
あはははははははははははははーーーーーーーーーーーー」
蓮が狂人のように高笑いをしている。
騎士たちはすっかり青い顔をしながら、蓮を見ていた。
そして、少し離れたところからは、ミレーヌが蓮を睨んでいた。




