第89話 獣人の旅立ち
冒険者ギルドに行って、泣いて寝てしまった後、起きた美羽はゴルディアックの屋敷に来ていた。
屋敷では獣人たちやゴルディアックの者たちと犬たちに迎えられた。
寝たとはいえ、憔悴した見た目の美羽を獣人たちは心配する。
「どうかしたの? ミウちゃん」
シアが尋ねた。
すると、美羽がそれには答えずに心細そうにシアの服の裾を掴みながら言う。
「シアちゃん、今日一緒に寝よう? しっぽに抱きつかせて」
シアがその瞬間、尻尾をちぎれるかというくらい振る。
が、顔は平静を保ったまま答える。
「もちろんいいよ、ミウちゃん。尻尾をミウちゃんの好きなようにしていいからね」
「ママずるい」
「シアさんずるいよ」
アミとレイアがシアを羨ましがる。
他の獣人たちも同様羨ましそうに見ている。
そんな獣人たちを見て、美羽は力のない笑顔で言う。
「じゃあさ、みんなも一緒に寝る?」
すると、犬獣人たちの尻尾が一斉に振り回された。
顔はシアと同様、平静を保っているのだが、尻尾はすごく感情的になっている。
「うふふ、じゃあ、今日はみんなの尻尾を触らせてね」
そう言うと、さらに犬獣人たちの尻尾が振り回された。
そして、二人の狼獣人と狐獣人が前に出てきた。
「あの、ミウ様」
「フィオナとミルカ? どうしたの?」
フィオナが答える。
「あの、私にもミウ様を抱っこさせてください」
「わ、私も」
「私を抱っこしたいの?」
「明日には、私たちはここを出ます。でも、私たち御使いさまと触れ合っていないので、どうしても触れ合いたいんです」
ミルカが隣でブンブン頭を振っている。
そんな必死な二人を見た美羽は思わず笑ってしまう。
「あはは、そんなに抱っこしたいなら、抱っこして」
美羽が、抱っこしやすいように両手を少し上げる。
すると、言い出したフィオナがガチガチに緊張して、手を途中まで出して固まる。
「? どうしたの? フィオナ。キャッ」
フィオナが緊張していると、すかさずミルカが美羽のことを抱き上げた。
と言っても、ミルカとフィオナでは年齢も2つほどしか違わないので、抱っこすると言うより持ち上げると言う感じだった。
「あ、ミルカ! 私が抱っこしようとしていたのに」
「フィオナお姉ちゃんがなかなか抱っこしないからだよ。ああ、ミウ様いい匂い〜」
ミルカが美羽の匂いをクンクン嗅ぐ。
「あ、もう。匂い嗅がないでよぉ」
「ああ、幸せです〜」
獣人たちは匂いに敏感なので、ミルカがいい匂いだと言うのを聞くと、みんな羨ましそうに見ている。
「ミルカ、そろそろ私の番だぞ」
「もうちょっと〜」
「早く変わってくれー」
「もうちょっと〜」
この後、フィオナに抱っこされると、他の獣人たちも美羽のことを順番に抱っこしてきた。
美羽も抱っこされるのが好きなので、されるに任せていた。
(わーい、抱っこ嬉しい〜)
いつの間にか元気が戻っていた。
ゴルディアック商会が用意した夕飯を食べた後、みんなでお風呂に入ったのだが、みんなが美羽の体を洗おうとするので、美羽は何もしないで立っているだけで、幾つもの手によって綺麗にされた。
獣人たちは御使いの美羽に触れられて、大満足の顔だった。
そして、みんなで床に雑魚寝をするが、獣人たちの尻尾の敷き布団にしっぽの掛け布団で眠った。
「うふふ、尻尾のお布団気持ちいよーみんなー」
そう言うと、一斉に尻尾が振られ、美羽は床にずり落ちてしまった。
「もうだめだよー。尻尾振ったらー。お布団にならないでしょー」
美羽がそう言うと、一斉に垂れ下がる。
ショボーンと音が聞こえてきそうだ。
(あ、しょんぼりしちゃった。えへへ、だけどこの方が寝やすいからこれでいいや)
美羽は目を瞑ると、すぐに夢の世界に入っていった。
美羽も安らかに眠れたが、美羽から出る桜の花びらの効果で獣人たちもぐっすり眠れて、楽しい安らかな夢も見ることができた。それは辛い目にあってきた獣人達にとって救いであった。
そして、翌日早朝。帝都、外門前。
旅立ちを前に獣人たちは皆泣いていた。
昨日は御使いの美羽とようやく近くなれたのに、もう別れが来たことが悲しいのだ。
それほど獣人たちの信仰心は強い。
「みんな頑張ってね」
「はい、ミウ様。無事に大樹の森に辿り着いて見せます」
レイアが代表して答える。
「ミウちゃん、体には気をつけてね。それから、ミウちゃんは可愛いから変な人から声をかけられると思うけど、ついていったらダメよ。それから、すぐに無理をするから、1日でやることは少なめにするのよ。それから……」
「ママ、喋りすぎ。私の番だよ」
「うー、だって、ミウちゃんが心配だよぉ」
美羽が心配で喋りすぎるシアを制してアミが喋る。
「ミウ様」
「アミ」
一度下を見たアミだが、意を決したように顔を上げる。
「今はまだ、なんの役にも立ちませんけど、大きくなったらミウ様に仕えさせていただけませんか?」
「ん? 私のところに来るの?」
「はい、私の主人はミウ様しかいないと思っております」
「それがアミの生き方なの?」
「はい、それが私の生きる道です」
そう言うと、美羽はにっこりと笑う。
アミがそれを生きる道だと言えるのなら、ミウが断る気などない。
「じゃあ、待ってるからね」
アミがそれを聞いて、満面の笑顔になり、大きく尻尾を振る。
「はい! 必ずおそばに行きます。それまで、たくさん勉強して体も鍛えてお役に立てるようにしますので」
「それなら、私も」
「わ、私もです」
フィオナとミルカも言い出した。
「私はもう14歳です。あと、数年もすればミウ様の元に行けます。どうか、よろしくお願いします」
「私はまだ7歳ですけど、大きくなったらアミお姉ちゃんと行きますから、よろしくお願いします」
美羽は少し驚いた顔をするが、にこりと微笑んで答える。
「無理はしなくていいけど、その時になって、来る気があるなら来てね」
「「はい!」」
美羽はひとしきり、獣人たちと言葉を交わすと、ブルハウンドたちを見た。
先ほどから、ミウが声をかけるのを心待ちにして待っていた。
一際大きいブルハウンドに声をかける。
「タロ、みんなをお願いね」
「ワン」
そして、ブルハウンドたちを見て声をかける。
「それから、ジロ、サブロ、シロ、ゴロ、ロクロ……みんな、獣人たちをしっかり守って、言うことも聞くんだよ」
「「「「「「「「ワン」」」」」」」」
美羽は犬たちの名前を一番手をタロ、二番手をジロ、そしてサブロからニジュウロまで、数字の読み方そのままに「ロ」だけをつけた。
古い映画で見た南極の犬ぞり隊の兄弟犬にちなんだ形でつけたのだ。もっともかなりの手抜きである。
しかし、犬たちはすでに自分の名前として認識しているから大丈夫だ。多分。
それよりも、吠え方が「ヴォッウ」から「ワン」に変わっていた。
これは美羽が「わんちゃんならワンっていう方がいい」と言ったからだった。
いや、果たしてそれだけで犬の吠え方が変わるのだろうか、甚だ疑問ではある。
獣人たちはいつまでも名残惜しくて出発しようとしない。
美羽はフゥと、息を吐くと大きな声で言った。
「みんな。早くしないと、夜までに次の宿につかないよ。今日、全然進めなくなっちゃう。もう出発しないとね」
そうすると、獣人たちは泣きながら声を揃えて、
「「「「「「はい!」」」」」」
と答えて、ゴルディアック商会の馬車に乗った。
馬車が行けるところまでは商会が送るようだ。
ブルハウンドたちは走っていく。
一頭一頭が、名残惜しそうにミウの体に体を擦り付けてくる。
美羽はその度に丁寧に頭を撫でてあげる。
そうすると、満足したのか、馬車の方に向かっていった。
馬車は走り始めた。
「「「「「御使い様ー、お元気でー」」」」」
そう声を響かせながら、馬車は去っていった。
美羽は馬車が見えなくなるまで見送った。
その目には涙が溜まっていた。
懐いてくれた、獣人と犬たちが離れていくのは寂しいと思ったが、彼らが平穏に生きるにはこれが一番良かったのだろうと思う。
今度は搾取されない、安住の地を見つけてくれることを願うばかりだ。
馬車が見えなくなってから、美羽は思い切り伸びをする。
そして、きんちゃんに振り返る。
「さあ、きんちゃん。今日は何をしようか?」




