第83話 ヨシノ
「ねぇ、フィーナちゃん?」
「なぁに、美羽ちゃん」
レスフィーナは肩に乗った美羽像をしきりと気にしたり触ったりしている。
その表情はとても幸せそうだ。
「ちょっと、その像を構いすぎじゃない?」
「え? そう? ……あ、美羽ちゃん、もしかしてヤキモチー?」
「う……、そ、そうだよ。せっかく一緒にいられるのに、私にかまってくれないなんて寂しいじゃない。
私の像を大切にしてくれるのは、嬉しいけど……」
美羽は顔を真っ赤にしながらそう言った。
それを見てレスフィーナは嬉しそうに笑う。
「うふふ、ごめんね、美羽ちゃん。あんまり可愛かったからついね」
「もう。でもいいよ。大切にしてくれるのは本当に嬉しいんだよ。そうだ、その子にも名前をつけなよ。
その子も名前をつけて完成だよ」
「え、美羽ちゃんじゃダメなの?」
「えー、それじゃあ私と被っちゃうよ?」
「そっかぁ。じゃあ考えようか。美羽ちゃんに近い名前がいいな」
「うーん、それじゃあ、桜の染井吉野からとって、ヨシノってどうかな?」
レスフィーナは目を輝かせて答えた。
「いいね。ヨシノにしよう。可愛いわ。美羽ちゃんにしては上出来よ」
レスフィーナが親指を立てて、ウインクして言った。
「なんか、またディスられた気がするんだけど」
美羽がジト目でレスフィーナを見る。
「てへ」
レスフィーナはぺこちゃんのような顔をして誤魔化した。
「もう、フィーナちゃん! ケーキが食べたくなっちゃったじゃない」
美羽も何に文句を言っているのかわからなくなってしまった。
それから、レスフィーナは像をテーブルの上に立たせて、名前を宣言する。
「あなたの名前はヨシノよ」
すると、美羽像が柔らかな桜色に光った。
そして、ペコリとお辞儀をした。その動きは先ほどよりも流暢になっている。
今、魂が宿ったと言う証拠だ。
「あら、魂が宿ったらしゃべるかと思ったけど……」
「まだ、喋れるようにはなりませんー」
「ええー、どうして? 美羽ちゃん、できるでしょ、ひどくないー?」
「だって、ヨシノと話したら、私と話してくれなくなっちゃうかと思ったんだもん」
フィーナがそれを聞くと嬉しそうに抱きついてきた。
「もう、可愛いんだから、美羽ちゃんってば」
美羽は顔を赤くしながら、そっぽを向いて言う。
「でも、そのうち喋るから。だけど、私のこと……忘れないでね」
「もうー、忘れないよぉ。こんなに可愛い美羽ちゃん、忘れるわけないでしょ」
「えへへ、よかった」
二人で抱き合っていると、ヨシノが二人の間に来て、思い切り腕を開いて、二人を一緒に抱いてくる。
が、手が短すぎてうまくできていない。
その姿が可愛らしく、美羽とレスフィーナは笑顔になる。
「ふふ、ヨシノ。フィーナちゃんのことよろしくね」
すると、ヨシノは満面の笑みになる。
『うん! ヨシノにまっかせて』
『ふふふ、なぁに私の真似? って言うか、念話できるのね』
『出来るよ、ママ。フィーナちゃんにはまだ内緒にしておくからね』
『ふふふ、ママだって。フィーナちゃんが寂しくなったら話してあげてね』
『うん! ママの言うとおりにする』
『いい子ね、ヨシノ』
美羽はヨシノの頭を撫でてあげる。
ヨシノは気持ちよさそうに目を細めた。
「美羽ちゃん、私、もう少しで帰るんだけど、しばらくはまた来れないから、美羽ちゃんと何か一緒にしたいなぁ」
「えー、毎日会えないの?」
「こっちで私が顕現するのには、私の力が強すぎてね。美羽ちゃんの神気ではまだ長い時間は抑えられないの」
「抑えられないとどうなるの?」
「天変地異かな。地震とか嵐とか色々」
「怖っ。……そっか、じゃあもっと修行しないとね」
「そうだね、頑張ってね。それで、何か一緒にできることないかな?」
「それなら、一緒に広場で歌おうよ。デュエットだよ」
「あ、それいいね。楽しそう」
「じゃあ、時間もったいないしすぐに行こう。きんちゃん」
「はい、美羽様」
きんちゃんは手早くティーセットやテーブルセットを収納する。
「じゃあ、行こうか」
「うん、美羽ちゃん」
すると、呼び止める声が聞こえる。
「お待ちください!」
美羽がそちらを見ると、司祭のマドリックと壮年の男がいた。
美羽は首を傾げる。
「どうしたの?」
「ミウ様、そちらのお方はもしかしなくても……」
「ああ、フィーナちゃんだよ」
そう言うと、マドリックと壮年の男は膝をついた。
そして、壮年の男が喋り出した。
「おお、女神レスフィーナ様。私は、ここマーヴィカン帝国で大司教を務めております、アレクサンドル・ローレンツと申します。御拝謁賜りまして、光栄でございます。もし、よろしければ、私どもの大聖堂にご降臨くださりますでしょうか?」
そう言った大司教アレクサンドルに、レスフィーナの雰囲気が変わった。
「何言ってるの? 嫌に決まってるでしょ。……私たちの邪魔をするなら、砂になれ。人間」
レスフィーナからの威圧的な神気がアレクサンドルとマドリックにのしかかる。
これだけで、命を断たれそうだ。
アレクサンドルは女神の怒りに触れてしまった。
アレクサンドルは自身の失敗に気づいた。
考えてみれば、自分ごときが話しかけた上に大聖堂に御足労を願うなど、とんでもない不敬だった。
アレクサンドルもマドリックも死を覚悟した。
(しかし、女神様に直接死を賜るのも誉だ)
(ああ、女神様。御身の意向に従います)
大司教の豪華な服もマドリックの司祭服もボロッと砂になって崩れていく。
しかし、二人ともこの光景をしかと目に焼き付けようと、目を見開く。
体も砂になると思われた時、
バシン!
美羽がレスフィーナの頭を平手で叩いた。
アレクサンドルもマドリックもギョッとする。
「痛たーーー」
((女神様の頭を御使い様が叩いたー!?))
「何するのぉ、美羽ちゃん」
「何するのじゃないよ。声かけただけで砂にしようとしないでよ。ヨシノが真似しちゃうでしょ」
「だって、この人間が私たちの邪魔をしようとするんだもん」
「ちゃんと断るだけでよかったでしょ」
「そんなの面倒じゃない」
「砂にする方が面倒でしょ! 全くそんなだから友達ができないんだよ」
すると、レスフィーナがきょとんとする。
「なんで? 私、美羽ちゃん以外に友達なんていらないよ。美羽ちゃんだけいれば私は幸せだよ」
「え……そ、それは……うれ、しい」
美羽が突然の不意打ちに真っ赤になる。
「きゃー、ミウちゃん、赤くなってかわいい」
レスフィーナとヨシノが美羽に抱きつく。
「ちょ、ちょっとぉ。もう、フィーナちゃんったら」
美羽もレスフィーナとヨシノを抱き返した。
しばらく抱き合った後、美羽はアレクサンドルとマドリックに向く。
「えと、大司教だっけ? あと司祭。女神フィーナちゃんは顕現できる時間が短いの。
他のことをしている時間はないんだよ。もう行っていいかな?」
アレクサンドルがボロボロの服のまま答える。
「もちろんでございます。女神様、ご寛恕いただきありがとうございました。
生涯、信仰をあなた様に捧げると、改めて誓います」
レスフィーナは聞いている様子はなかったが、アレクサンドルは満足だった。
普通、生涯で見ることができない、女神様の姿をこんなに間近で見ることができたのだから、当然である。
後日、ボロボロの大司教服と共に、尋ねてくる人みんなにこの時のことを自慢する大司教であった。
「じゃあ、行こうか。でも、フィーナちゃん、時間の方は大丈夫かな。広場まで少し距離があるけど」
「ん? それなら大丈夫だよ。ここから広場に行けるよ」
レスフィーナが指差した先は何もない空間だったが、少し波打っているように見える。
そして、近づいて見てみると、その先には確かに広場が見えた。
「わぁ、広場だよ。これはゲートってやつなの?」
「そうだよ、ゲートだよ。行ったことないところでも、どこでも行けるんだよ」
「私でもできるのかなぁ」
「これはかなり高度だから、美羽ちゃんはもう少し神気の修行が必要かな?」
「どれくらい?」
「1万年くらい」
「ええ! そんなに長生きできないよぉ」
「冗談よ。そんなにかからないよ」
「なぁんだ。じゃあ、頑張ろうっと」
(まあ、1万年は余裕で生きるんだけどね。これはまだ美羽ちゃんに内緒)
「じゃあ、ミウちゃん、早速行こう」
「あ、仲間も連れていっていい?」
「ええ、いいわよ」
「じゃあ、みんな来て」
今まで、跪いていたレイアとシア、アミは恐る恐る立ち上がりこちらにくる。
間近でレスフィーナの神気に当てられて汗びっしょりだった。
代表してレイアが言う。
「ミウ様、嬉しいお申し出なのですが、我々、女神様のご威光を浴びさせていただいて、もうすでに幸せです。
ここまでにさせていただければと思うのですが」
「そう? じゃあ、後でゴルディアックの屋敷で合流ね」
「はい。そうさせていただきます」
レイアはほっとしたような表情をしていた。
3人は、かなり近くにいたために、レスフィーナの神気に当てられて、すでに何度も跪いたまま気絶していた。
これ以上は命に関わると感じていたのだった。
「じゃあ、フィーナちゃん行こうか」
「うん、ミウちゃん」
ヨシノを肩に乗せたレスフィーナと美羽は手を繋いでゲートを潜った。




