第81話 女神レスフィーナ
美羽がいつものように教会に行くと、すっかり顔馴染みになったシスターと挨拶を交わす。
シスターは、挨拶が終わると奥に引っ込んでいった。
おそらく司祭のマドリックを呼びにいったのだろう。
美羽が教会に来るたびに、マドリックは美羽の後ろでひざまづき祈っているからだ。
中央の大きなレスフィーナ像の横に、小さなレスフィーナ像が置かれている。
これは美羽が置いたもので、粘土である程度形を作ってから、神気でイメージ通りに整えて仕上げている。
神気のみで作ったレスフィーナ像は、神気が強くなりすぎて、扱いによっては天罰を引き起こす事もある。
場合によっては自我を持つ可能性すらある。存在としてはきんちゃんに近い。
それでも美羽と仲の良い人間が持つ分には、その人間に害を加えることはない。むしろ助けになる。
しかし、いかに信仰心がある人間でも、美羽と考え方が違う人間が持つと、危害を加えかねない。
そうなった時、普通の騎士などではとても対処ができない。とても危険なものなのだそうだ。
レスフィーナにそう忠告されたので、物質から作ること力を持たないようにしたのだ。
最も物質から作ったものでも、信心によっては自我を持ったり、天罰を起こしたりはするそうだが、相当綺麗な心の持ち主が、相応の年月祈り続けない限り起きないようだ。
美羽は膝をつき祈り始めた。
後ろではレイアとシア、それとアミも膝をついている。
獣人は大体信心深い。
過去にレスフィーナの奇跡によって救われたことがあって、それが語り継がれているからだ。
小さな頃から、子守唄のように聴いて育っている。
だから、レスフィーナを身近に感じるのだ。
人間もレスフィーナに救われたことはたくさんあるのだが、人間社会ではおとぎ話的な扱いになっているので、あまり身近には感じていない。最も、人間の数は膨大なので、その分人間の信仰者は多い。
美羽が、膝をついて祈っていると、すぐに桜色の光が溢れ、桜の花びらが舞い始める。
この光景はこの教会にいる者にはすっかり馴染みの光景になっていて、この時はより祈りに集中をしている。
……はずだったが、今日はやけにざわついていた。
それでも、美羽は気にしないで祈り続けていた。
(でも、今日はいつもと感覚が違うなぁ。心がポカポカするみたいだ。お風呂に入ってるみたいな……)
いつもと違う感覚を楽しんでいると、美羽の目に優しく手がかぶせられた。
(え? この手って?)
「だーれだ」
問いかける、優しく清らかで美しい声。
美羽は頬を緩ませながら、同じく優しい声で答える。
「私がこの手の感触とその声を忘れるはずがないんだよ」
「ほんとぉ」
「ほんとだよー、フィーナちゃん」
「あったりー」
「フィーナちゃん!」
美羽が後ろを向くなり、美羽と同じ背格好の女神レスフィーナに抱きついた。
その顔は涙で濡れている。
「フィーナちゃん!」
「うん、美羽ちゃん」
「フィーナちゃん!」
「なぁに、美羽ちゃん」
「フィーナちゃんだぁ」
「そうだよ。フィーナちゃんだよぉ」
「会いたかったよぉ」
「毎日のようにお話ししたでしょ」
「それでもだよぉ。触れなかったもん」
「私も美羽ちゃんを抱きしめられて嬉しいよ」
「フィーナちゃん、大好き」
「私も大好きだよ。美羽ちゃん」
「ふぇ〜ん」
「ミウちゃんったら泣き虫なんだから」
「フィーナちゃんのいじわる」
「うふふ、いじわるのフィーナちゃんだよぉ」
そう言って、フィーナはミウの脇腹をくすぐる。
突然のくすぐり攻撃に美羽はビクッとなって身を悶える。
「キャハハハハ、いやー、やめてー」
「うふふふふ、やめないよぉ〜」
「キャハハハハハ……もう、そっちがその気なら」
美羽も負けずにレスフィーナの脇腹をくすぐる。
レスフィーナの身に纏っている白い神衣は滑らかで気持ちいい。
「きゃー、くすぐったいー、やめて美羽ちゃん」
「あはは、お返しなんだからね。やめないよー」
ひとしきり、くすぐりっこをした後、二人は床に座り込んでいた。
周りの者たちは呆気に取られて呆然としている。
そこへマドリックが壮年の男とともに礼拝堂へ入ってきた。
「こ、これはどういうことか」
礼拝堂に入ってきて、マドリックは驚いた。
いつも美羽が祈る時は神気の漏れはそれほど大きくはない。
半径5メートルほどの範囲で桜色に花びらが舞っているといった具合だが、今は違う。
15メートルほどの礼拝堂の天井から礼拝堂全体に桜の花びらが降り注いでいるのだ。
桜色に礼拝堂が輝いて、桜の花びらが散るのは幻想的で美しい。
「司祭、いつもこのような光景なのか?」
「いえ、いつもはもっと規模は小さいのですが」
「あの少女が美羽様なのか?」
男は女神像の前で、お尻をついて座り、笑い合っている二人の少女を指差す。
「はい、あの方がミウ様です。もうお一人は……いや、ま、まさか」
「なんだ? 司祭」
「ミウ様にいただいたレスフィーナ様にそっくりなのです。大人の姿の像ですが、小さくしたらあんな感じかと。
それに、ミウ様と同じ桜色の髪に瞳。この世界で、他にいるはずもありません」
「ま、まさか、女神レスフィーナ様だというのか?」
マドリックが騒いでいた頃、美羽はレスフィーナと座ったままで話が盛り上がっていた。
「それでね、フィーナちゃん」
そこで、きんちゃんが声をかけてくる。
「美羽様、せっかくですので、前庭でお茶などしながら、お話ししてはいかがですか?」
「わぁ、それいいね。コリルフラワーのハーブティーある?」
「ありますよ。クッキーもあります」
「やったー。ねぇ、フィーナちゃん。一緒にお茶しようよ」
「わーい、嬉しいよ。美羽ちゃんとお茶会。やりたかったんだぁ」
「私も〜」
そう話している間に、きんちゃんはマドリックの元へ行った。
「マドリック、庭を借りるぞ。美羽様がお茶をする」
「それは結構なのですが……」
「司祭、この魚は?」
「大司教、このお方は御使いミウ様の魔法生物できんちゃん様です」
「おお、これは失礼しました。私はこのマーヴィカン帝国でレスフィーナ教の大司教を」
「そんなことはいい。ミウ様を待たせるわけにはいかない」
きんちゃんは最後まで話を聞かずに行ってしまった。
大司教は口を開けたまま固まっている。
教会の前庭では、きんちゃんが用意した、パラソルの下にあるテーブルと椅子に、美羽とレスフィーナがついている。
さらに、クッキーとコリルフラワーのハーブティーをきんちゃんが用意した。
「女神様、こちらはコリルフラワーのハーブティーになります」
「ありがとう、きんちゃん」
「女神様にそう言っていただけるなど光栄でございます」
「うふふ、固いのね」
「私をこの世界に生み出していただくきっかけになったお方が相手ですので」
美羽が、待ちきれないと言った様子で話に入る。
「ねえ、フィーナちゃん。早く飲もうよ。美味しいんだよ」
「うん、飲もうね。ふー、ふー」
「あはは、フィーナちゃん猫舌?」
「そういう美羽ちゃんだってじゃない」
美羽が目尻と口角を下げて言う。
「子供はそういうものなのじゃよ」
「おばあちゃん!?」
「ほっほっほ、美羽じいちゃんと呼んでくれ」
「なんでおじいちゃん??」
「なんとなくじゃ、フィーナ婆さんよ」
「そうじゃのう、爺さん」
「爺さんじゃなくて、じいちゃんだよ」
「そこは素に戻るの?」
「あ、ほんとだ。あはは」
「うふふ」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
お茶も何杯目か飲んだ頃、思い出したように美羽が聞いた。
「そういえば、なんでフィーナちゃん、出てこれたの?」
「美羽ちゃんの神気が相当強くなったおかげよ」
「そんなに強くなったの?」
「美羽様、以前でしたら100本の女神の手を出すことも、500人近くの人間を瞬時に治癒することもできませんでしたよ」
きんちゃんが口を挟む。
以前は女神の手も数本程度しか出せなかったし、20人程度を一人一人治癒していた。
「あ、ほんとだ。私強くなったんだ。だからフィーナちゃんが出てこれたんだね」
「そうなのよ」
「じゃあ、私頑張ったんだね」
頑張ったという意識などないくせにわざわざ言う。
「うん、美羽ちゃんがんばったよ」
「じゃあ、がんばったねって褒めて」
「美羽ちゃんがんばったね。私は親友として鼻が高いよ」
美羽は嬉しそうな笑顔になる。
「えへへ、じゃあ、いい子いい子して」
「よくがんばりました。いい子いいこ」
「うふふ、じゃあがんばったぎゅーして」
要求はだんだんエスカレートする。
しかしレスフィーナは断らない。
美羽をぎゅーとして、頬にキスをする。
「きゃー! フィーナちゃんにチューされちゃった〜」
美羽が悶えてくねくねする。
「私もフィーナちゃんにチューするー」
そして、フィーナの頬に美羽はキスをする。
「きゃー! ミウちゃんにチューされちゃったー、嬉しい〜」
「フィーナちゃん、もう一回して〜」
「いいよ〜」
「きゃー!」
こうして、キャアキャアしながら、しばらくキスの応酬が続くのだった。




