第71話 桜塵の誓い
「私のことをまた殺そうとしたね。自分が砂にされる覚悟もできたってことなんだね」
ゼノンは掠れる声を必死で出して、美羽に訴えた。
「ち、違うんです。あれはあの3人が勝手にやったことで、俺は止めていたんです」
「口ではなんとでも言えるよね」
「本当です。どうか信じてください」
美羽は一瞬目を閉じ、すぐに開いた。
その一瞬で、過去に起きたことをのぞいてきたのだ。
「本当にあなたが指示したわけじゃないようね」
「し、信じていただけるのですか?」
「ええ、本当のことだもん」
「ああ、良かったです」
ゼノンはほっとした顔をする。
しかし、次の美羽の言葉で再び愕然となる。
「かと言って、あなたが砂になることは変わらない。それだけあなたは悪いことをしてきた」
そう言うと美羽の背中から無数の桜色の腕が現れ、ゆっくりとゼノン達に近づく。
「あ、ああ……」
ゼノンたちが絶望の声を上げる。
そこへ、彼らにとっては希望の声が聞こえる。
「待った! ミウちゃん」
「そうですわ! おまちになって、おねえさま」
急に止められて、美羽はきょとんとして首を傾げる。
「どうしたの? 二人とも」
「話はきんちゃんから聞かせてもらったわ。ミウちゃん! その悪人たちに御使い様の呪いをかけることはできるかしら?」
「どんなの?」
「そうね、今後悪さをしたら死ぬとか」
「出来るよ」
それを聞くと、クララとレーチェルはパァと顔を輝かせる。
二人の顔が嬉しそうになるから、美羽も嬉しい気分になる。
「うふふ、嬉しそう。それがどうしたの?」
「それを使って、この人たちに呪いをかけるのよ」
「どうして? もう消してしまった方が早くない?」
「いいえ、おねえさま。ときにはあくにんをいかして、りようすることもたいせつですわ」
「そうよ。それにミウちゃんには、手足になって働くものが必要だと思っていたのよ」
「そうです。それがゴルディアックしょうかいなら、きっとおねえさまのおちからになりますわ」
美羽は二人に言われるが、渋い顔をして拒む。
「えー、そんなのいらないよぉ」
すると、クララとレーチェルが美羽の手を握ってくる。
二人の目はあくまで真剣だった。
「お願い、ミウちゃん。あなたのために必要な力なの」
「そうですわ。ゴルディアックしょうかいをはいかにくわえて、おねえさまのためにうごくものをふやしてください」
美羽は再び渋い顔をする。
そんな美羽をクララとレーチェルがうるうるした目で見つめてくる。
「お願い、ミウちゃん」
「おねがいしますわ、おねえさま」
「うう……」
美羽は二人のそんな顔に弱い……と、今知った。
もはや、断ることをすれば酷い罪悪感に苛まれるだろう。
そして、当然のように美羽は折れた。
「分かったよぉ。じゃあ、生かすね。その代わり、きっちり誓約をさせて、悪いことをしたら天罰が起きるようにしておくね」
「さすがミウちゃん! 大好き」
「おねえさま、だいすきですわ」
「もう……えへへ」
二人に抱きつかれて、嬉しそうにする美羽だった。
美羽は二人との抱擁を満喫すると、ゼノンと護衛や使用人たちに向き直る。
そして、神気を発動させる。
一瞬で屋敷全体を桜色の光が包んだ。
それは、善の心を持ったものには心地よく、邪な考えを持っていた者には刃物を突きつけられたような、ひどく不安で心細くなるものだった。
美羽が、厳かな声をあげる。
「ゴルディアックの家の者よ。聞くがいい。お前たちには天意として二つの道のどちらかを選ぶ権利を授けよう。
一つは今ここで砂に帰るか。もう一つは我に仕えもう二度と悪さをしないと誓うか?
砂に帰るならそれもいい。一瞬でお前たちの人生を消してしまおう。
我に使えるなら、それもいい……が、もし今後悪さを働いたら、死を懇願するほどの苦しみを経た後に、手足の先から砂になって、いや、桜の花びらとなって、やがて消えてしまうだろう」
ここまで言うと、ゴルディアックの者たちは青い顔をして、ガクガクと震える。
これは神言である。聞いたものはそれが必ず起きると心の底から信じてしまう。
また、神の力の一端に触れて畏怖の念を浮かべた。
美羽はそれを無視して続ける。
「だが、もし善行に尽くせば体は健やかで心は平穏に過ごすことができるだろう。
それは常人では得ることのない喜びになる」
美羽の神言を皆が無条件で信じた。
聞いていたものはその言葉に勇気を得て、あるいは希望を持って顔を上げる。
ゼノン以下、全てが悔い改めた目をしている。
すでに美羽の熱狂的な信者になっていた。
最後に一際大きな声で美羽が叫んだ。
「さあ、選ぶがいい。砂になるか、我が神呪を受け入れて、善の道を進むか」
「「「「「「受け入れます」」」」」」
間髪入れずに、一人残らず、受け入れると叫んだ。
そこにはすでに、猜疑に満ちた目もやり過ごして逃れようとする目も、恐怖に怯える目もなかった。
等しく、悔い改め希望を持ち勇気を持って先に進もうとする者たちの目だった。
「そうか、それでは受け入れよ」
美羽が一際明るく桜色に光った。
大量の桜の花びらが舞いゼノン以下のものたちを包み込む。
『神呪 桜塵の誓い』
美羽が神文を口にすると彼らを包んでいた桜の花びらは眩しく光り彼らの体に溶けていった。
光が消えて、周りをキョロキョロと見回す彼らはお互いの体の一部に桜の花びらが一枚描かれているのに気がつく。
ある者は首であったり、ある者は目の下であったり、ある者は腕であったりした。
美羽は言う。
「これで、誓約はなったよ。桜の花びらはその証。それをナイフとかで抉ってしまおうとしても意味はないからね」
「そんなことしません」
「私はこれを誇りに生きていきます」
「ありがたやありがたや」
「御使い様ばんざーい」
「ばんざーい」
皆、口々に喜びを語り合ったり、美羽を讃えたりしている。
ゼノンまで自分の桜の花びらを美羽から貰ったものだと自慢している始末だ。
「……」
美羽は、自分でやったものの、彼らの豹変っぷりに引いてしまっている。
「すごい変貌ね」
「おねえさまのおちから、すばらしいですわ」
「効き過ぎだよぉ。ちょっと私怖いよ」
クララがイタズラっぽく美羽を見る。
その視線に美羽が後ずさる。
「ねえ、美羽ちゃん」
「な、何かな? クララ」
「あの桜塵の誓い、私にもやってくれないかなぁ。あの桜私にも付けてほしい」
「あー、わたしもほしいですわ。おねえさまぜひ」
「は? なに言ってるの? あれは呪いだよ。悪いことしちゃったら死ぬんだよ」
「しないから大丈夫よ」
「だいじょうぶです。それよりも、もっとおねえさまがちかくかんじますわ」
「「ねー」」
クララとレーチェルが声をそろえるが、美羽の顔はひくついている。
レーチェルとクララは美羽に一歩近付いてさらに言う。
「「ぜひ」」
「〜〜〜〜!」
美羽は逃げ出しながら思い切り叫んだ。
「ヤダーーーー! ダメーーーーー!」
「ミウちゃん待って〜」
「おねえさま〜、わたしにもさくらください〜」
「キャーーー」
3人はキャアキャア言いながら、追いかけっこを始めてしまった。
「いいな……」
羨ましそうに呟いたアミの声はシアにしか聞こえなかった。
シアはなにも言わずにアミを引き寄せて頭を撫でた。




