第66話 ブルハウンド
ゴルディアック商会長の屋敷の前に行くと、門は固く閉じ門番が二人立っている。
美羽とシア、アミは近くの建物の影に入って様子を見る。
「美羽様、馬車は数台すでに用意されておりますが、獣人たちはまだ中です」
「そう、ありがとう。きんちゃん」
「いよいよですね。ミウ様」
シアとアミは冒険者服を着てマントについているフードで頭を覆っている。
美羽はいつもの白いワンピースだ。
いや、いつものではない。
アミが美羽の格好を不審に思い聞いてみる。
「ミウ様、さっきまでとワンピースの形が違っているみたいですけど、いつの間に着替えたんですか」
「ふふふ、これはね、さっきと同じワンピースなんだよ」
「ええ? でもさっきはもっとシンプルで、今はヒラヒラがついてゴージャスな感じですけど……」
「うん、最近気が付いたんだけど、私の神気か魔力かを少し入れると形や色を変えることができるんだよ」
「ええ、本当ですか?」
「本当だよ。フィーナちゃんがやってくれていたみたいなんだけど、きっと説明を忘れたんだよ。
やってみせるね。ほら」
そう言うと、美羽はまるで手品のように一瞬で白いヒラヒラ付きのワンピースから真紅のドレスに変わっていた。
「ええ〜!」
「静かに! アミ」
叫び出すアミの口をシアが慌てて抑え込む。
が、遅かった。
門番の一人が騒ぎに気がついて、こちらに歩いてくる。
「あわわ、申し訳ありません。ミウ様」
「ふふふ、大丈夫だよ、アミ。ここにいて」
そう言うと、美羽は近づいてくる門番の方へ歩いていった。
「こんにちは、おじさん」
「おう、なんだ子供か。ん? ずいぶん綺麗なドレスを着てるな。旦那のところでパーティーなんかあったかな?」
「パーティーはこれからだよ」
「いいや、やっぱり聞いてねえ。」
「だって、主催するの私だから」
「何言ってんだ。ガキの遊びに付き合っている時間はねえんだ。とっとと帰れ」
「帰らないよ。お屋敷に通してね」
「何言ってんだ! いい加減にしなきゃガキでも容赦しないぞ」
男の怒鳴り声に美羽は怯む。美羽はやはり男が怖い。
震え出してしまう。
「うん、分かった」
「二度とくるんじゃねえ」
男の怒鳴り声に美羽はビクッと体を震わせた。
それを見るなり満足そうに、男は唾を吐いて戻っていった。
美羽はシアとアミの所にすごすごと戻理、バツが悪そうに告げた。
「えへ、私、男の人が怖いんだった」
そう言うと、シアが美羽の手をとってきた。
手が震えている。
「こんなに震えちゃって、よっぽど怖かったのね。
無理しなくていいのよ。小さなミウちゃんに押し付ける方がおかしいんだもの。
ごめんね、無理言っちゃって」
「そうです。ミウ様が無理することありません。友達は……諦めますから」
シアとアミが美羽を気遣うように言った。
諦めたような、無理をして作った笑顔をする。
美羽はそんな二人に慌てて言った。
「ううん、大丈夫なの。目の前にいなきゃ、大したことないから。
それにきんちゃんがいるんだから、無敵なんだよ。ね、きんちゃん」
「はい、私は美羽様のためならば、鬼神の如く戦うこともできますので、お二人ともご心配なさらぬように」
「そうなの?」
シアがそう答えたが、二人とも不安そうだ。
(ダメだ。私がもっとしっかりしていれば、二人にこんな顔させないのに……)
ミウは務めて明るく二人に言った。
「二人には神気結界スーツをかけてあげるね」
「神気結界?」
「ああ、二人にはそこから説明しないといけないね」
そこで、美羽は手早く神気結界のことを説明した。
「それで、これが神気結界スーツ」
美羽がそういうと、シアとアミの体にはうっすらと桜色の膜ができた。
「体の表面に神気結界が展開されるから、切られても殴られても魔法だって効かないよ」
「そんなすごいことを……」
シアとアミは驚いてお互いの体を触っている。
「これは自分が認めた相手が害意を持っていなければ反応しないよ。
逆に自分が認めた相手でも害意を持ってやってくれば、弾いちゃうんだけどね。
まあ、二人はその心配をする必要はないけど」
美羽は、二人ににっこりと笑ってから言った。
「さっきはごめんね。私が怖がっちゃうから、心配になっちゃうよね。
でも、大丈夫だからね。安心してついてきてね。
それじゃあ、行こうか」
「「はい」」
3人ときんちゃんは正面から門に近づいていった。
美羽は今度は白いワンピースに変わっている。
「ん? 誰かと思えば、さっきのガキか。服が変わってるな。
おい、お前!さっきも言「ミウ様に気安く声をかけるな、下郎!」」
「ごぼっ、ごぼっ」
二人の門番はきんちゃんが出した水のボールで顔を覆われて呼吸ができなくなった。
水を払うこともできずに門番は気絶した。
すでに意識を失っているが、きんちゃんは魔法をとかない。
「きんちゃん、殺さなくていいよ」
「……わかりました。美羽様」
きんちゃんは渋々と言った感じで、水のボールを解除した。
門番の美羽に対しての脅しが腹に据えかねていたので、殺してしまおうと思っていたのだ。
「それじゃあ、ちょっと急ごうか」
「「はい」」
3人が歩いていく。
その時、門番が息を吹き返した。
きんちゃんは門番に言い捨てる。
「ごほっ、ごほっ」
「命拾いしたな。美羽様に感謝するがいい」
しかし、朦朧とする門番には聞こえていなかった。
屋敷を進んでいくと、体長1.5メートルほどの20頭の犬に取り囲まれた。
屋敷で番犬として飼われてよく訓練をされているように見える。
そんな番犬を美羽は見るなり、
「わんちゃんだぁ。かわいいぃ〜」
美羽が近づいていこうとする。
それをシアとアミが慌てて止めた。
「「危ない!」」
「ん? なんで??」
「あれはブルハウンドと言って、飼い主には忠実だけど、外敵には容赦しないのよ。近づくと危険だわ」
「そうなの? でも遊びたいなぁ」
「ダメです。ミウ様」
シアとアミに二人がかりで止められてしまった。
「ここは一度撤退しよう、ミウちゃん」
シアがそう言うと同時に大きな声が聞こえてきた。
「犬どもの様子が変だと思ってきてみたら、お客さんですか」
犬の間を割って、背の高い痩せた男が出てきた。
こちらを探るような油断ならない目つきをしている。
「おや? 帰ろうとしているのですか?
しかし、あいにく主人からはお客人は丁重にもてなせと言いつけられているのでね。
それが女子供でも持て成させていただきますよ」
「グルルルルル」
シアとアミが怯えて、尻尾を垂らしてしまった。
「わ、私が引きつけるから、ミウちゃんだけでも逃げて」
「ミウ様、逃げてください」
すると、痩せた男は笑いながら言った。
「あはは、ここまでわざわざ来ておいて、逃げる算段ですか?
最初から来なければいいのに」
シアとアミは悔しそうな顔をする。
男が一言言った。
「やれ」
その瞬間、ブルハウンドたちが吠えながら走り出す。
「「「「「ヴォッ!ヴォッ!ヴォウゥ!」」」」」
殺気だった目をしていて、すぐに飛びかかられそうだ。
そこにのんびりとした声が聞こえる。
「神気結界」
一瞬で桜色の結界が張られて、すべての犬と美羽たちが入った。
すると、先ほどまで闘争心むき出しにしていたブルハウンドたちが、足を止めた。
何か、戸惑っているようだ。
それを見ると、ミウが微笑ましそうに言う。
「うふふ、戸惑っているんだね。大丈夫だよ。みんなおいで」
そう言うと、さらに美羽から桜の花びらが舞い出て、ブルハウンドたちを包み込む。
その花びらがブルハウンドたちに全て染み込んだ時、耳を下げ、尻尾を下げて姿勢を低くして美羽ににじり寄ってきた。
ミウの目前まできたブルハウンドの頭を撫でると、ころんとひっくり返りお腹を見せた。
「よしよし、いい子だねぇ」
そう言って撫でると、次々とブルハウンドがやってきてお腹を見せたり、顔を舐めたり、体を擦り付けてきた。
20頭ものブルハウンドにそうされるのだから、5歳児の平均身長しかない美羽は犬に塗れて埋もれてしまった。
「キャハハハハハ、みんな待ってよぉ。もう、順番だよぉ」
シアもアミも呆気に取られてみていた。
きんちゃんだけがさもありなんという顔で見ている。
納得がいかない男が一人。
「ど、どういうことだぁ。お前ら、そのガキを早く噛み殺せぇ」
その瞬間、ブルハウンドたちの動きがぴたりと止まる。
そして、男にゆっくりと振り返る。
「な、なんだ、お前たち」
「「「「「「グルルルルルル」」」」」」」
「ヒッ」
ブルハウンドが痩せた男を威嚇する。
男は腰を抜かして、尻餅をついてしまう。
一際大きいブルハウンドが「ガルル」と言うと、4頭のブルハウンドが男に近づいていき、男の両手両足を噛んで持ち上げ、勢いよく走り、噴水の土台に頭を打ちつけた。
ドン!
鈍い音がして、男はそのまま動かなくなった。
4頭と一際大きいブルハウンドはダッシュで美羽の前に来てドヤ顔になった。
「うふふ、よくやったね。頭撫でてあげるね」
撫でられるブルハウンドはご満悦で、他のブルハウンドたちは羨ましそうに見ていた。




