第64話 ゴルディアック商会
ゴルディアック商会 商会長室
商会長のゼノン・ゴルディアックは執務机の前で椅子の背もたれに背中を預けながら目を瞑っていた。
彼が考え事をする時はいつもこうで、その間は周りのものは声をかけない。
邪魔をしてはいけないというのはゴルディアック商会の暗黙のルールだ。
しかし、その暗黙のルールを守らないものも中にはいる。
その一人が妻のアドラ・ゴルディアックである。
コンコン。
扉をノックする音が聞こえる。
そして、返事を待たずに扉が開いた。
30歳前後の美人だが気が強そうな女性とジェフが入ってきた。
「あなた、いるかしら?」
「アドラか、考え事している時は遠慮してくれと、いつも言っているだろう」
「それどころじゃないわ」
「何がだ?」
「ジェフちゃんがひどい目に遭わされたのよ」
「ジェフか……」
「ジェフちゃん、お父様にお話しなさい」
「はい、父上。実は」
「いや、すでに報告は受けている。言わなくてもいい。奴隷のことだろう?」
「そうなのよ、あなた。人の奴隷を勝手に解放するなんて法律違反よ。すぐにその強盗を捕まえて、奴隷を連れ戻して」
「そうです。僕の奴隷を取り戻してください」
ゼノンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
そして、重々しく口を開く。
「無理だ」
ゼノンは一言だけ短く答える。
それに対して、アドラとジェフが抗議の声を上げる。
「あなた、なぜなの? 奴隷の所有は国の法律で認められたことなのよ」
「そうです。僕の奴隷を勝手に解放されたんです。許せません」
ゼノンは、苛立ちが混ざっているが、少し声を潜めて言う。
「あれは違法奴隷だ。違法に獣人たちを狩って、無理矢理に隷属の首輪をはめている。
帝国法では奴隷狩りは禁じられている。まして違法奴隷の所持などはなおさらだ。
ジェフ、お前には言ってあったはずだ。シアとアミは決して表に連れ出してはならないと。
なぜ言うことを聞かなかった」
「そ、それは、その」
ジェフは言葉に詰まる。
しかし、アドラは黙っていない。
「あなた、仮にそうだったとしても、我がゴルディアック商会がコケにされたのよ。
報復をしなくてはいけないのではなくて?」
「アドラ、その相手というのは一体誰か聞いているのか?」
「可愛げのない桜色の髪と瞳をした幼女だって聞いているわ」
「この世界において、桜色の髪と瞳が何を表すか知っているのか?」
「? そんなのどうでもいいじゃない」
ゼノンはため息を吐く。
そして、疲れたようにアドラに告げる。
「桜色の髪と瞳は女神のみが持つとされる色だ」
「え、それじゃあ」
「そうだ、その幼女は女神に遣わされた存在、御使いだ」
「そ、そんなバカなことがあるわけないわ」
「そうです、お父様。たまたま髪と瞳が桜色で生まれただけです」
アドラについでジェフもいいすがる。
「先日、その幼女、コザクラミウが皇帝に謁見した。
そして、皇帝は女神の御使いと認め、頭を下げたようだ。
お前たちは皇帝の行動を否定するのか?」
この国では皇帝は絶対的な存在だ。
考えを否定することなどもってのほかだ。
そのようなことをして密告でもされたら、即刻不敬罪で捕えられるだろう。
アドラは青くなって言葉を返せない。
ことの重大さに気づいたのだ。
「父上、では私の奴隷はどうなるのですか!」
ジェフはいまだに事の重大さに気がついていない。
ゼノンは苛立ち紛れに吐き捨てるように言った。
「アドラ! ジェフをこのような愚鈍な子供に育てたのはお前の教育の賜物だ!
このバカにもわかるように今の状況を話してやれ」
「なっ!? 父上、バカだなんて」
ジェフが目を怒らせる。
しかし、アドラが止める。
「待ちなさい! ジェフ、よく聞きなさい」
ジェフはアドラの言葉に驚いた。
アドラが自分にこんなに厳しくいうことはない。
普段ではありえないアドラの口調に息を呑んだ。
「ジェフ、あなたはとんでもないものを相手にしてしまったの。
御使いは皇帝陛下の上の存在と国で認められたわ。
その御使いが、国に違法奴隷のことを訴え出たら、どうなると思うの?
どんな賄賂も通用することはないわ。逃げ道がなくなるの。
ゴルディアック商会はなくなるわ。
それだけではないわ。御使いに働いたあなたの不敬を御使い本人に糾弾されたら、貴方はおしまいよ。
よくて、犯罪奴隷。最悪は即刻斬首されるわ」
話を聞いていたジェフがだんだん青い顔になり最後は真っ白になっていた。
ゼノンが、さらに被せるように言う。
「ふんっ! ここまでのことをしてようやく気づいたか。
私の言いつけを破って奴隷を連れて外に出た時点で貴様を処分するべきだったわ。
この始末をお前はどうつけるつもりだ?」
ジェフが掠れた声で聞き返す。
「どう、とは?」
「御使いに許しを乞いに行って、最悪お前一人で罪を被って処刑されろ」
「そ、そんな……」
「貴方、それではあまりにも」
「まだ、この愚か者が可愛いか? アドラ。
でもな、ゴルディアック家がなければ、お前の甘やかしもその化粧も贅沢な暮らしも何もできないんだぞ。
その原因を作ったのがそのガキだ」
「そ、それはそうですが」
「幸い、御使いは政治にも経済にも治安にも興味はないようだ。
大人しくしていれば、忘れてくれるかもしれない」
「貴方、それなら」
「それでもだ。ジェフは決定的な失態を犯した。
そいつはゴルディアック商会という後ろ盾を利用して、散々好き勝手してきたのだ。
そいつは商人のそれではない。
ゴルディアック商会にとって、ジェフは百害あって一利なしだ。
跡を継がせるわけにはいかない。
もし、御使いが何か言ってくるようだったら、責任を取らせるし、何もなくても勘当だ」
ジェフがガックリと膝をついた。
しかし、アドラはそんなジェフを助け起こしにもいかない。
ゼノンに至っては冷たい目で蔑むように見るだけだ。
「おい、この愚か者を部屋に閉じ込めておけ!
外出も禁止だ。屋敷の中を移動する時も監視を怠るなよ。
俺の息子として扱わなくてもいいからな」
「へい」
二人いた護衛の一人がジェフの脇を掴んで立たせて、連れて行く。
残ったアドラが不安げな様子で、ゼノンに尋ねる。
「貴方、残った獣人の奴隷はどうしますか?」
「ふん、御使いは正義を執行するという性格ではないようだ。
国の権威を傘に来たという報告もない。
国を動かしてまで、わざわざ屋敷に乗り込んでこようなどとは思わないだろう。
もし本人がきたとしても、幼女一人だ。なんとでもなるだろう。
しかし、念のために奴隷どもは処分しておいた方がいいだろうな。
証拠をなくせば、いくら御使いとはいえ、罪に問うってこともできないだろう。
おい、奴隷どもを秘密裏に帝都の郊外に連れ出して処分しておけ。
ちっ、とんでもない損失だ」
ゼノンは執事に指示を出した。
しかし、アドラの顔色から不安の色が消えることはなかった。
もっとも、アドラの不安はすでにジェフにはなかった。
自身の生活水準が落ちてしまうことへの不安であった。
一方、ゼノンはすでに忘れて、別の仕事に取り掛かっていた。
「おい、待たせていたコーディーを呼べ」
程なくして、コーディーがやってきた。
中肉中背の特徴のない茶色い髪の男だった。
ゼノンはコーディーを見るなり、ニヤリと笑い口を開いた。
「それで、例の件はどうなった? そろそろ口説き落とすことができたか?」
「いえ、まだですが、もう私に頼ってきていますので、時間の問題です」
「そうか、まあ旦那がいなくなった以上、そうなんだろう。
あまり時間がかかるようだったら、先にレストランを買い叩く。
お前が養ってやると申し出ればいい」
「はい! なるべく早くケリをつけます」
「頼むぞ。あの地域は近いうちに再開発の中心地になる。
その中でもあの店が中心にあるからな。
なんとしても手に入れたい」
「わかっております」
「うまく行ったらお前の地位も保証するからな。
早くあの女を落とすんだな」
「はい」
コーディーはそう答えると、ニヤリと笑った。
「あー、やっぱり黒だね。真っ黒だ」
美羽は集中を解いて、きんちゃんに向いて言った。
そこは美羽の宿の部屋だった。
今まで見ていたことをシアとアミも含め、きんちゃんに話した。
「確定ですね」
「確定だね」
「あ、あの、ミウちゃん?」
「何? シアちゃん」
「どうして、見てきたみたいに分かったの?」
「うん、千里眼だよ。遠くのことを見ることができるの。
まだ占いにも慣れてないから、間違ったらいけないし、直接見て確認しようと思ってさ」
「そ、そうなのね。すごいわ、ミウちゃん。そんなことまでできるなんて」
「神気は女神様の力だからね。神気の使い方に慣れてくれば色々できるようになるよ。
って言っても、まだ全然だけどね」
そこへ、アミがおずおずと言った。
「ミウ様。今夜獣人たちは連れられて行くってことは……」
「うん、今夜助けに行くよ」
アミがパァッと明るい顔になった。
「ミウ様、どうか、どうか私たちの仲間をよろしくお願いします」
美羽はにっこり笑った。
「うん、美羽にまっかせて」




