第56話 勇者 工藤蓮
トレハミア王国、王都ザットカー 王宮
第3王女ミレーヌ・トレハミアは悩んでいた。
目の前の人物をどうやったら、王宮から追い出すことができるのかを。
「勇者クドウレン様。マーヴィカン帝国に出発する期限はとっくに過ぎています。
いつになったら出発されるのですか?」
「ミレーヌ。そんな他人行儀はやめてくれないかな。僕たちの仲ではないか」
工藤蓮は、ベッドの上でメイドを右腕で抱きながら言った。
その態度に、ミレーヌは眉毛をひくつかせるが、それを表情に出さないようにしながら次の言葉を口にする。
「どんな仲になったのか分かりかねますが」
「ふう、つれないねぇ。ああ、マーヴィカン帝国に行く話だよね」
「はい、いつ出発されますか?」
トレハミア王国は最近魔法技術をメキメキと高めている国だ。
その実力の証明として、魔法技術の粋を集めたと言える勇者召喚を行った。
結果、工藤蓮が召喚された。
しかし、蓮は召喚された時は大怪我を負っていた。
本人が言うには極悪人の討伐をしていた最中だったらしい。
卑怯な手を使われて、胸を切りさかれるという大怪我を負って瀕死のところを、召喚されたらしい。
召喚時は蓮の怪我の治療のために、王都中の治癒士を集めて治療をして、大騒ぎだった。
かろうじて一命は取り留めたものの、すぐには回復しなかったため、ここ王宮で経過を見ていた。
治ったとみられた段階でトレハミア王国はマーヴィカン帝国と取引をした。
勇者をマーヴィカン帝国に譲る代わりに金貨での援助をしてもらうというものだった。
その額トレハミア王国の国家予算の実に5分の1に当たる。
それだけの金貨があれば、さらに魔法の研究を発展させることができる。
トレハミア王は、魔法に長けていると言う種族、エルフを上回るための魔法研究にしか興味がなかったのだ。
死にかけていたので、結果的に助かったとはいえ、勝手に召喚しておいて、他国に売り渡される蓮はたまったものではない。
臍を曲げた蓮が王宮で好き勝手やるようになったのだった。
その皺寄せが、苦労人の第3王女ミレーヌに全て行っている。
王からは早く勇者を送り出せと言われているし、勇者はメイドに手をつけたり美酒美食を貪り、一向に動く気配がない。
ミレーヌも色目を使われることはしょっちゅうだ。
勇者連は一年前の怪我で右目を失っているが、それでも見た目は良い。女性が好きそうな外見はしている。
しかし、ミレーヌは連に身を委ねたいとは全く思わなかった。むしろ悍ましさも感じる。
蓮はため息と共に話し出す。
「ハァ、ミレーヌ。君、なんで僕を追い出そうとするんだい?」
「追い出すなんてそんな」
「思っているよね。僕は君のことがこんなにも好きなのに」
(好きって言う前に、右手に抱いているメイドを離しなさいよ)
「お戯を。私は職務に忠実に行動しているだけです」
「また、そんなつれないことを言って。ああ、もしかして僕がモテることにヤキモチを焼いているのかい?」
(こいつはなんでこんなに話が通じないの?)
「いえ、私の身は国に捧げておりますので、国の決定に従いますので、そう言った感情は抱きません。」
「じゃあ、国王に言ってミレーヌをもらおうじゃないか」
(うげ、冗談じゃないわ)
「国は勇者レン様をマーヴィカン帝国に送り届ける方針になってますわ」
「ああ、愛し合っている僕たちを国は引き裂こうとしているんだね」
「いえ、マーヴィカン帝国は最近不穏な動きがあります。ここだけの話、魔族が動いている可能性があるとか。
そのための対策に勇者様のお力を借りないといけないと言うことです」
「僕は行きたくないなぁ。だって、右目はこんなだしね。治癒士に治してもらえないかな」
「トレハミアの治癒士では部位欠損は治せないようです」
「じゃあ、旅はできないな。残念だけど」
「そこは無理でも行って頂かないと」
「じゃあ、治せる人を用意してよ」
ミレーヌは少し考えてあることを思い出した。
その顔を見た蓮はミレーヌを問いただす。
「その顔は心当たりがあるんだね」
「いえ、はっきりとしたことは言えませんが……」
「何? 言ってみてよ」
「はい、マーヴィカン帝国に御使い様がいらっしゃるとか」
「何、御使い様? 女の子?」
「なんでも5歳の少女のようです」
年齢を聞いた蓮はあからさまに顔を歪める。
「女の子でも5歳は嫌いだね」
「何かあったのですか?」
「シンのガキも5歳だったからな」
「シン?」
「前に話した極悪人だよ。今思い出しても腹が立つ」
「……」
「そんなに聞きたいなら軽く話してあげるけどさ」
(話さないように黙ったのだけど、逆効果?)
「シンってガキも一緒に地球ってところから召喚されたんだよ。
そうしたら、王族の一人から極悪人のシンを処刑するように言われたんだよ。
それで、処刑に行ったら、一緒にいたソフィーって女の攻撃を受けてね。
右目を失ったんだよ。代わりに殺してやったけどね。
それで、逆恨みしたシンが僕たちの前に現れてな、卑怯な手を使って僕に大怪我を負わせたわけさ」
(それは逆恨みとは言わない。この勇者、やはりクズのようね。
こんな男をマーヴィカンに送って、国際問題にならないかしら)
レンが一度話を止めてから、ミレーヌに問いかける。
「それで?」
「それでとは?」
「その御使いは何ができるのって聞いてるの。」
「はい、どうやら治癒術が使えるようで、かなりの使い手のようです。
失った足なども修復してしまうそうです」
「ほう、それはすごいな。マーヴィカン帝国に行けば、目の修復もついてくるってわけだね」
「御使い様は皇帝陛下よりも立場が上ですから、丁重にお願いする必要がありますわ」
「その女の子は可愛いのかい?」
「絶世の美少女という話ですが。……まさか」
「可愛いなら、将来の僕の妻にしてやってもいいかな」
「いけません。御使い様相手にそんなことを考えるなんて」
「僕の魅力の虜にしてあげよう。大きくなるのはすぐさ。御使いってことは天使ちゃんかー」
すでに、蓮はミレーヌの言葉を聞いていなかった。
蓮はベッドから降り、バルコニーに出た。
午後の太陽の光が目に染みる。
「楽しみになってきたなー。マーヴィカン帝国。天使ちゃんよ、待っていてよ。可愛がってあげるからね」
ミレーヌは、すでに言葉が届かない、蓮の後ろ姿を見て思った。
(女神様の怒りに触れなければいいけど)
ミレーヌは知らないことだが、蓮の異常な性格は生まれつきではない。
一度目の勇者召喚にあった時に得た、勇者というその世界特有の職業が人を歪ませる因子を持っていたのだ。
そして、その影響で蓮は本来の責務である魔王退治をするどころか、弱者を虐げる行為を繰り返していた。
そこに、シンという蓮に恨みを持つ少年に追い詰められたところ、この世界から勇者召喚をされて、一命を取り留めたものだった。
さらに蓮は、一度目の召喚でも力を得ていたが、今回の召喚でも新たに力を得ていた。
トレハミア王国はとんでもない怪物を召喚してしまい、マーヴィカン帝国は新たな火種を大金をかけて呼び込んでしまったことになる。
そんな勇者工藤蓮と御使い小桜美羽が邂逅するのはもう少しだけ先になる。
ブルブルブル。
美羽が体を震わせる。
「どうしました? 美羽様」
「うん、なんか悪寒が……」
「風邪でしょうか? 体の方に異常はみられないですが」
「うん、風邪じゃないと思うんだけどなぁ」
「それでも今日は大事をとって、早めにおやすみください」
「うん、わかった。早く寝ようね」
美羽の予感はきちんと機能していた……。




