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女神様の使い、5歳からやってます  作者: めのめむし
第4章 帝都編2

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第54話 求婚  

 クララと会い、近衛騎士団長のクラークと模擬戦をした翌日。

美羽は午前中、クラークにもらった木剣を振り、市場の治癒院で50人ほど治癒をした。


 その後、午後になってすぐに広場にやってきた。


 そこにはすでにレーチェルがきていた。


「おねえさま! おまちしてましたわ」

「あれ? レーチェル、お姉ちゃんって言わないの?」

「おねえさま、それはきのうのよるにテレフォンではなしていたときにもいったじゃないですか。

わたしのはなしかたではおねえさまのほうがいいやすいんです」

「ふふふ、言っただけだよぉ」

「ああ! もう、おねえさまったら」

「でも、お姉ちゃんでもいいからね」


 そう言って、美羽はレーチェルの頭を撫でる。

レーチェルは嬉しそうにニコニコしながら、美羽の撫でる手に頭を押し付けた。


「わかったよ。おねえちゃん」

「あれ、お姉ちゃんになった」

「あまえるときは、おねえちゃんっていいたいの。ダメ?」

「きゃー、可愛い! レーチェル、いいよ。私にいっぱい甘えてね。えい」


 そう言って、美羽はレーチェルを抱きしめた。


「きゃー、おねえちゃん。もっとぎゅってしてー」


 二人はきゃあきゃあ言って、騒いでいたので、人目を引いた。

二人はそんな視線は気にも留めていないが、居心地悪そうにするタキシードを着た人が一人。


「あの、美羽様」

「あれ、カフィ……来てたの?」

「なんですの? おにいさま。いま、おねえさまとイチャイチャしていたんですの。

じゃましないでください」

「レーチェル、邪魔って」

「それで何? カフィ」

「あ、いえ、その。街中ではあまりくっつくのは良くないかと」

「えー、別にこれくらいいいじゃない」

「そうですわ。あ、おにいさまはヤキモチですの?」

「えっ! そんなことないよ」

「何? カフィは私とレーチェルが仲良いからヤキモチ妬いてるのぉ?」

「っ!?」


 カフィは美羽にまで言われると思わなかったので、真っ赤になる。

それをみたレーチェルがニタリと笑う。


「おにいさまは、おねえさまにヤキモチやいているんですの? もしかして、わたしにヤキモチやいているんですの?」

「っ!?」


 もう、カフィはまともに返事もできなかった。

この場から逃げたい衝動に駆られる。

しかし、美羽に近づきたい男は自分以外にもたくさんいるのを知っている。

その男たちに差をつけるには、レーチェルが美羽と仲がいいと言う立場を利用しないといけない。

それには覚悟を持たなければならないのだ。


(僕は……ミウ様に気持ちを伝えなくては)

「レ……に、だよ」

「なんですの?」


 声がうまく出なかったカフィは一度深呼吸をしてから言い直した。


「レーチェルにヤキモチを焼いているんだよ! 美羽様とくっつかれるのが嫌なんだよ」

「まあ、おにいさまったら、ずいぶんといいますのね」


 レーチェルは予想外のカフィの反応に驚いた顔になっているが、カフィはすでにレーチェルを見ていない。

美羽を見つめて言った。


「ミウ様! 僕は君を初めて見たときに心を奪われた。

君の美しい瞳を見てから、片時も君のことは忘れていない。

いつだって君のことを考えている。君は僕の理想の女性だ。

ミウ様……いや、ミウ。僕と結婚してくれ!」


 そう言って、カフィは指輪を出してきた。美羽の指に合いそうな小さなリングだった。


 この世界では、結婚を申し込んだときに渡すのは必ずしも指輪でなくてもいい。

何かしらのアクセサリーを送る習慣があるが、カフィは指輪を選んだ。


 レーチェルは手を口に当てて驚いている。レーチェルとカフィについてきたメイドや護衛たちも皆、等しく驚いていた。


 しかし、美羽はカフィのことをじっと見ている。

その様子が何を考えているのか使用人たちにはわからなかったが、きんちゃんを除けばレーチェルだけは美羽の心情を理解した。


(おねえさま、ふきげんですわ)


 果たして、レーチェルが思った通りに美羽は不機嫌になっていた。

その不機嫌になる理由は明確だ。

結婚というものに対して、嫌悪感があるからだ。

美羽はレスフィーナに思考力を強化されてから、考えていた。


 結婚は不平等の上に成り立っている。愛情の深いものの方が愛情を盾にひどい目に遭わされる。

現に父の賢治は母の美玲の自分への愛情を逆手に美玲に暴力を振るった。

美羽が生まれてからは、愛情のある美玲は美羽のために自分さえ我慢すればいいと、苦しい状況を耐えていた。

母と妹に対して愛情のある美羽は、母と妹を守るため、ことあるごとに賢治に暴行され、それを誰にも言えずに苦しんだ。

結婚の不平等はその子供にまでも及ぶ。


 結婚とは一方がもう一方から搾取する。平等などない。

不平等を受け入れなくてはやっていけない不自由なものだ。

割を食うのはいつも愛情を持っている者だ。


 そして、美羽は真に愛情がある男を知らない。


 また、美羽はこの世界に来てから2週間も経っていない。

フィーナのところにいた時間は正確にはわからないが、体感ではほとんど時間は過ぎていない。


 美羽の父親である賢治から受けた心の傷が癒えるには時間が全く足りていなかった。


 タイミングとしては最悪のタイミングでカフィは結婚を申し込んでしまった。

カフィは、美羽が父親から虐待を受けていたことは知っている。

その傷も癒えていないと言うことも。


 しかも、美羽は大人びたところを垣間見せるが、まだ5歳である。

親に婚約者を勝手に決められない限り、自分から結婚を考えるような歳では決してない。

だから、少し考えれば結婚を唐突に申し込むことが悪手だと言うことはわかるはずだった。

12歳と言う未だ未成熟な年齢でなければ。


 要するに、カフィは美羽のことを何も考えないで、結婚を申し込んでしまったのだ。


「嫌よ」


 美羽のその短い言葉にカフィは絶句する。

その短い言葉に含まれているのは絶対的な拒否だった。


 美羽は断る理由を説明しようとも思ったが、結婚に対する怒りであったり憎しみであったり、嫌悪感が説明することを拒否させた。あまりにも感情が溢れてくると、言葉にできなくなる。それが現れた拒否の言葉だった。


 カフィは一瞬呆然としたが、すぐに我にかえり、美羽に言い募った。


「ミウ! 5歳だからまだ早いっていうんだったら、婚約だけで大丈夫なんだ。大きくなったら結婚すればいい」

「嫌」

「御使い様の仕事があるなら、そっちが優先でもいいんだ」

「嫌」

「一生君を不自由させないで幸せに暮らさせてあげると約束するよ」

「嫌」

「結婚に心配があるなら」

「おにいさま!」


 今まで黙っていたレーチェルが口を挟んだ。


「なんだ、レーチェル。今僕は……」

「いいかげんになさいませ。おねえさまはいやだといっています。

もうすでにおことわりになってますわ。これいじょうはみぐるしいのです。それに……。

わたしはおねえさまがのぞまないなら、おにいさまがあいてでも、おねえさまをおまもりします」


 そう言って、レーチェルは美羽とカフィの間に両手を広げて立った。


 カフィはそう言われ俯く。

しかし、諦め切れないのか再び顔を上げて、レーチェルの肩越しに言った。


「それならせめて嫌だという理由を教えてくれ。ミウ」


 美羽はそのカフィの一言に氷点下の視線を返す。

いつもニコニコしている美羽が完全に無表情だ。


「!?」


 その目を見てカフィは凍りついたように動けなくなった。

声も掠れて出てこない。


 この時、美羽の内心では感情の暴風雨が起きていた。

賢治の醜く歪んだ恐ろしい顔、一人こっそり泣いていた美玲の姿。

美奈にご飯をあげられなかった罪悪感と悲しみ。

美奈の最後の瞬間の自分の無力さ。

そして、全てにおいて何もできなかった自分の弱さへの怒り。


 一言でも言葉を発してしまえば、感情の奔流が抑えきれなくなってしまいそうだった。


(私は結婚なんてしない。しないことの理由なんて聞かないでほしい。嫌なものは嫌でいいじゃない)


 その場の空気はすっかり暗くなってしまった。

メイドや護衛まで含めてみんな居た堪れなくなっている。


(そっか、この雰囲気は私が作ったのか……)

「……ごめんなさい」


 ふと、レーチェルトと目が合う。

レーチェルは何もなかったかのようににっこりと笑い、美羽と手を繋いできた。

そして嬉しそうに言う。


「おねえさま。歌を歌うのでしょう? 早くいきましょう」

「……そうだね。行こう」


 美羽はレーチェルの笑顔に救われた。

まだ心は強張ったままだったが、動き出す気持ちが芽生えた。


 美羽はレーチェルに手を引かれながら、広場の噴水があるあたりに歩いて行った。

カフィは遠ざかる美羽の姿を、ただただ見つめるしかなかった。


 その日の美羽の歌は賢治に対しての激情がこもっていて、聴いたものたちを圧倒した。

歌っているうちに荒れた美羽の心も静まってきて、母の美玲の愛情を思い出して心が温かくなった。

そうやって歌った最後のバラードは聴衆の目から涙がこぼれ落ちるくらいに気持ちが入ったものになった。


 ひっくり返した帽子には、たくさんの投げ銭が入っていた。

その日の歌が図らずもうまくいった証拠だった。



 投げ銭をした者の中で、がっしりとした体格の男がポツリと呟いた。


「この歌にはあれが必要だな」


そう言い残してさっていった。

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