第47話 シープゴート
リリとルルは早速両親を説得するべく戻って行った。
美羽は、広場に向かいながら市場で売っているものを見て回る。
色とりどりの野菜、なんだかわからないが大きな肉、イチゴのような果物、カラフルな香辛料いろいろある。
「うわぁ、きんちゃん。いろいろあるねぇ」
「はい、ここは帝都ですからね。国中や周辺国から集まってくるから豊富なのでしょう」
「なんか、いいものあるかなぁ」
美羽が周りを見回すと、アクセサリーを売っているお店を見つけた。
興味を惹かれてお店に近づいた。
「こんにちは、おじさん。見てもいい?」
「おお、ずいぶん可愛い嬢ちゃんだねぇ。好きなだけ見て行ってくんな」
「わーい、ありがとう」
見ると、花のアクセサリーがあった。
その一つを手に取ると、おじさんが
「ああ、それはリリの花だよ。黄色い花が咲くんだけど、可憐さと力強さを兼ね備えた花だね」
「へぇー、リリっていうんだ。リリもここから名前がついたのかな?
これってゆりだよね。ママが好きって言ってたな。
あ、おじさん、もしかして、ルルって言うのは花の名前?」
「おお、お嬢ちゃん、よく知ってるね。そうだよ花の名前でな、ほれ、それがそうだよ」
言われたものを見ると、たんぽぽのような花だった。
「それはね、最初は黄色い可愛い花が咲くんだけど、そのあと綿毛になってタネを飛ばすんだよ。
その綿毛が強い風でないと飛ばないんだけどね、強い風の時に飛んでいくから、すごく速い。
そんなところからスピードフラワーとも呼ばれているんだよ」
「ふふふ、たんぽぽみたい。あのルルにぴったりの花だねぇ。ね、きんちゃん」
「そうですね、名は体を表すですね」
「うん。おじさん、このリリとルルを二つとも頂戴」
「お嬢ちゃん、お金はあるのかい?」
「あるよ! 私、いっぱい働いてるから」
「そんなに小さいのに偉いねぇ」
「ありがとう」
美羽はリリとルルの花のネックレスを買った。
「後で、神気を入れようね、きんちゃん」
「それがいいですね。リリの方に全身強化と耐久力強化に腕力強化で、ルルの方には全身強化にスピードアップと視聴覚力アップでいいでしょう」
「うん、そうするね。二人にぴったりの力。騎士学校でも使えるね」
「はい。そして、きっと美羽様のために役に立ってくれるでしょう」
「私のためじゃなくてもいいから、あの二人が楽しくやって行けたらいいなぁ」
「ふふ、美羽様らしい、言いようですね」
そこで、いい匂いがしてきた。
見ると優しそうな2枚目の男性が串肉を焼いて売っている。
シープゴートと書いてある。
「シープゴートってどんな動物だろう」
「羊と山羊の間の動物ですね。癖はあるものの味に深みがあり肉は柔らかく、ジューシーで噛むと旨みが溢れてきますよ」
「うう、食べてみたい」
「それではあちらをお昼にしてはいかがでしょうか?」
「……うん」
「怖いですか?」
美羽は柏原の件で優しそうでかっこいい男性に嫌悪感を感じるようになっていた。
「うん。あと、気持ち悪い」
「そうですか。無理をしなくても大丈夫ですよ。食べ物なら他にもいろいろありますから」
「……でも、怖がっていて食べたいものも我慢しても仕方ないし、食べてみようかな」
「……そうですか。無理そうならやめましょうね」
「ありがとうきんちゃん」
美羽は串肉屋の前に行く。
串肉屋は爽やかな笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん、可愛いね」
(う、嫌いな顔。可愛いとか言わないでほしい……)
「串肉が食べたいのかな?」
「……うん」
「シープゴートはとってもおいしいよ。お金はあるのかな?」
「……ある」
「そっか、小さいのにすごいね。何本欲しい?」
「1本」
「じゃあ、四百シリルだね。銅貨4枚だ」
美羽は何も言わずに小銀貨1枚を渡した。
串肉屋の男はにっこりと笑って、小銀貨を受け取ると、銅貨6枚を差し出してきた。
美羽が恐る恐る手を差し出すと、男は美羽の手を包み込むように掴み、手に銅貨6枚をのせてきた。
にっこり笑って、
「お釣りだよ」
そう言った。
男は自分がそうすれば小さな子でも女の子は喜ぶと思っていた。
だから、いつものように美羽の手も掴んだのだが、美羽に関しては逆効果だった。
「ひっ」
美羽は硬直して顔を引き攣らせてしまった。
その様子を見た男は、不服そうな顔をして、
「こうやるとみんな喜ぶんだけどなぁ。君、変わってるね」
「……」
男の言葉に何も答えられなかった。
「まあ、いいや。はい、これ」
男が串肉を差し出してきた。
「ぁりがと……」
美羽はなんとか声を振り絞って、串肉を受け取った。
男は美羽の様子に憮然として、そっぽを向く。
手のひらを返すような態度も美羽のトラウマを刺激する。
美羽は串肉を受け取ると、急いで走ってその場を後にした。
男は美羽の態度に毒づいた。
「可愛げのねえガキだな。お、いらっしゃい。お姉さん美人だねぇ」
美羽は必死に走って、道端に置いてあったベンチを見つけて座った。
きんちゃんが心配そうに言う。
「大丈夫ですか、美羽様」
「うん。ほら、ちゃんと買えたよ」
「……そうですね」
「美味しそうだね。食べようかな」
(うーん、美味しそうに見えないけど、買ったんだし食べよう)
カプッ
一口食べた瞬間に広がる肉汁の旨みと共に広がる、嫌悪感。
串肉屋の男の2枚目の笑顔が蘇り、悍ましく感じる。
それは串肉屋の男というより、柏原の笑顔そのものだった。
それでも我慢して咀嚼しようとする美羽に、体が食べてなるものかと抵抗してくる。
一気にあの日の悍ましい光景が目の前に広がる。
逃れられない密室。散らかった自分の服と柏原の服。
美羽の体を這う、柏原の蠢く手の感触。
あの悍ましい笑顔。
「うっぷ、うげえ」
美羽は四つん這いになり、串肉どころか、ルッツ家で食べてほとんど消化してしまった朝食まで戻してしまった。
「ひぐ、ひぐ、ふえ〜ん」
きんちゃんは何も言わずに美羽の胸の前にきた。
美羽はきんちゃんをガバッと抱きしめながら、泣いた。
「きんちゃ〜ん。ふえ〜ん」
柏原によって、つけられた美羽の傷が癒えるにはまだ時間が足りなすぎた。
意識的に乗り越えようとした今日の体験は逆効果になって、より酷くなり、今後美羽を悩ませることになる。
そしてシープゴートの肉も苦手になった。
柏原の卑劣な犯行は柏原本人が思っているよりも、ずっとずっと深く美羽の心を傷つけていたのだった。




