第46話 騎士学校
市場に行くと、すでに行列ができていた。
「うわぁいっぱいだなぁー。え、と、30人かぁ」
すると、先頭の男がこちらを向く。
先日歌を歌った時に前列で聴いていたおじさんだった。
「お、ミウちゃん。昨日転んじまって足首捻っちまってなぁ。これじゃあ、仕事にならないから早くから来て待ってたんだよ」
「そうなの、大変だね。ちょっと待っててね。きんちゃん、テントとベッドと椅子を出して」
テントとベッドは昨日取りに行ったらすでにできていたから受け取ってきていた。
美羽が、女神の手でテントを組み立てると、並んでいた患者たちから歓声が上がった。
「おお、すごい。さすが天使さまだ」
「あんなことできたら俺もなぁ〜」
「お前には無理だろ」
「違いねぇ〜」
「ミウ様ー」
患者たちに混じって遠くから美羽を呼ぶ声が聞こえてきた。
そちらを見ると、リリとルルが手を振りながら走ってきていた。
「どうしたの二人とも」
「私たちも手伝わせてください」
「行列の整理でもお茶汲みでもなんでもします」
「でも、私一人でも大丈夫だよ」
「いえ、ミウ様お一人だと、小さいからまたよからぬことを考える輩が出てくると思うのです。
私は……大したことできませんけど、ミウ様の盾になれればって思ってるんです」
「盾になったら危ないからやめてね。でも、そんなに言うなら手伝ってもらおうかな」
それを聞くと、二人は嬉しそうに返事をした。
「「はい!」」
それから、椅子を並べながら、リリが言う。
「ルル、頑張ろうね」
「うん! ミウ様のためにね。まずは行列の整理だね」
と、意気込んでいたのだが……。
「「ええー」」
美羽は神気結界を張って30人全員を一度で治してしまった。
美羽の神気は最近ぐんぐん強くなり、またコントロールも良くなり効率も上がっている。
神気結界の中ならば、30人くらいはものの数分で治癒できるようになっている。
美羽の役に立てると、張り切っていたリリとルルは膝をついて、涙を流している。
「私はやっぱり邪魔なのかな」
「うう、ミウ様のお役に立てると思ったのに」
そんなあからさまに落ち込む二人を見て、美羽は思わず笑ってしまった。
「キャハハ。二人ともおもしろーい。なんで、お仕事終わって泣くのー」
「ミウ様ぁ〜」
「私たち、今日は決死の覚悟だったんです」
「決死? なんで?」
「可愛いミウ様だから、今日もきっと絡まれると思って……」
「そうしたら私たちが代わりに殴られようと思ってきたんです」
「な、殴られる? え? な、なんで、そんなことになるの???」
「「ミウ様のお役に立てることが他になかったんです〜」」
二人はすでに美羽の信者だ。だから、美羽の役に立ちたいと思っている。
しかし、リリもルルも果物屋しか知らない庶民の子だから、体を張るぐらいしか役に立つ方法が見つからなかったのだ。
美羽はそんな二人を見てフゥと息を吐く。
「ねぇ、ちょっと座ってお茶飲もう。美味しいお茶もらってるんだ」
サシャにもらったコリルフラワーのお茶を3人分用意する。
二人の前に置いて勧めた。
「さあ、飲んで」
リリとルルはこりるフラワーのお茶を一口飲む。
「「美味しい」」
「でしょ。ルッツ家のメイドのサシャがくれたんだよ」
「「……」」
二人はまだ落ち込んでいるようで、言葉がない。
「ねえ……、なんで二人とも私の役に立ちたいの?」
すると、二人がガバッと顔を上げた。
リリがすがるように話す。
「ミウ様が神々しくて、尊くて、尽くさないとって思ったんです!」
ルルが続ける。
「ミウ様のためになんでもやるって決めたんです!」
「でも、私たち学校も行っていないし、何も習っていないし、できることがないんです」
「でも、私たちはどうしてもミウ様のためになりたいんです」
「なんでこんなに思っているかわかりません」
「分からないけど、本気なんです!」
「どうか、お側においてください」
美羽が難しい顔をする。
フィーナにもらった知識には信者のこともあったので、中にはこういう決意をする人もいることは知っている。
しかし、実際に目の当たりにしてしまうと、どうすればいいか分からなくなってしまう。
困っている美羽にきんちゃんが声をかける。
「ミウ様、二人がミウ様のお役に立ちたいと言う気持ちは本当でしょう。
しかし、今のところ全く役に立ちません」
きんちゃんがそう言うと、ルルが目に涙を溜めて下を向いた。
そのルルの手をリリが握った。
ルルがリリを見ると、リリが力強く頷いた。その目にはやはり涙が溜まっている。
ルルが頷くと、二人は前を向いてきんちゃんを睨むように見つめた。
「ふふ、いい目ですね。ミウ様、こういう子は今は役立たずでも、そのうち大きな力になってくれますよ」
リリとルルの目が大きく見開いた。まさか庇ってもらえるとは思っていなかったからだ。
ついで、二人は美羽を見る。
しかし、ミウは難しい顔のままだ。
「だからって、どうすればいいの? きんちゃん。私、二人に何か教えたりできないよ」
美羽の言葉に二人は苦しそうな顔をする……が、決して目を逸らさなかった。
きんちゃんは金魚の顔なのに、わかりやすい笑顔を作りながら、美羽に言った。
「そこで、相談なのですが、二人には剣術と斥候と弓術を習ってもらうのはいかがでしょうか?
姉のリリは骨格がしっかりしているので、大楯を持った騎士がいいでしょう。
妹のルルは控えめな性格ですので、斥候と弓術を中心に剣術を習わせればいいでしょう。
そうすれば、きっとミウ様のお役に立てますよ」
リリとルルの顔がパァっと明るくなる。
美羽は難しい顔のままだ。
「どうやって、教えるの?」
「騎士学校で、どれも教わることができますよ」
「わぁ、そうか。それなら勉強できるね」
やっと、美羽が明るい顔になった。
一方で、リリとルルは顔が一気に暗くなった。
それに気づかずに美羽は二人に言う。
「ねぇ、二人とも騎士学校に入ってね。そうすれば、一緒にいられるよ」
そう美羽が言うと、ルルが泣き出してしまった。
「ふぐ、ふぐ」
それには美羽が驚いてルルに問いかける。
「どうしたの、ルル」
「ふぐ、ふぐ」
答えられないルルに代わってリリが答える。リリも涙目だ。
「ミウ様、きんちゃん様、せっかく私たちがミウ様のお側にいられるように考えていただいたのですが……」
「ですが?」
美羽が首を傾げながら続きを促す。
(こんな時まで可愛いし尊い)
リリが場違いなことを考えるが、頭を振って答えた。
「お金がないんです。うちの果物屋は生活するのに精一杯で、二人どころか一人が学校に行くお金もないんです」
それを聞くと、美羽は再び首を傾げてきんちゃんに聞く。
「騎士学校っていくらするの?」
「騎士科と斥候科と他にもありますが、ここは省きまして、どちらも200万シリルです。
寮費は無料なのですが、食費が1日1000シリルで360日分で36万シリル。
その他にかかることを考えると、一人金貨30枚ですね
国で騎士になることが約束されている者は無料です。
最も、お二人は美羽様についてくるのでそのままの金額がかかってしまいますが……」
すると、美羽がきんちゃんの頭を撫でる。
「ここにきたのは私と一緒だったのに、もう知ってるなんて偉いねぁ。頼もしいぞ、きんちゃん」
「あう、ミウ様〜、ありがとうございますぅ」
きんちゃんがデレデレになって撫でられている。
しかし、急に我に返って言う。
「ハッ、美羽様、お話の続きを」
「そうだね。じゃあ、きんちゃん金貨70枚ちょうだい」
「はい、美羽様」
きんちゃんが金貨を椅子の上に置いた。
(机も欲しいなぁ〜)
などと、違うことを一瞬考えたが、美羽はリリとルルのことを見た。
ルルは泣き止んでいるが、二人とも下を向いている。
「ねぇ、二人とも、下を向かないで。さっき言ってくれたことが本当なら、二人は下を向いたらいけないんだよ」
リリとルルは顔を挙げるが、その顔は暗い。捨てられる前の犬のようだ。
そんな二人の顔を見る美羽はニコリと笑顔になる。
((ああ、天使様))
その笑顔だけで、二人の暗い気持ちはすっかり無くなってしまった。
「ねえ、ここに金貨70枚あるから、これで騎士学校に行ってくれる? 来年の食費は来年渡すね」
「え? そんな、ダメです。ミウ様からお金なんて受け取れません」
「そ、そうです。ミウ様のお金を私たちが使うなんて」
「え? そうなの?? 私のために尽くしてくれるって言ってたのに、嘘だったの?」
美羽が見るからに落ち込んでいる。二人には本気で拒否されたと思っているように見えた。
とてつもない罪悪感が二人を襲う。
「ミウ様! 違うんです。ミウ様に尽くす気持ちは誰にも負けません!
ただ、お金を受け取れないと言っただけなんです」
「そうなんです。そうなんです」
「そうなの? じゃあ、受け取って欲しいな。だって、私に尽くすんだったら、このお金は私のために使うってことだよ。
だから、いいお金の使い方なんだよ。ダメ?」
またしても美羽は首を傾げながら言う。
((可愛い〜))
もはや二人には抗うことができなかった。
「「ダメじゃないです!」」
「よかったー」
美羽がパァッと明るい顔になった。
二人にはそれだけで、世界が明るくなったように見えた。
美羽が金貨を皮袋にしまうと、リリに渡した。
「あの、騎士学校のお金は二人で金貨60枚のはずなんですが、10枚多いです」
「準備とか、何か買ったりとかに必要でしょ。私知ってるんだ。新生活っていうんだよ」
すると、ルルがそんな物言いをする美羽の可愛さに癒されながらも頑張って言葉を続ける。
「それにしては多すぎる気がするのですが」
「ママが言ってたんだ。ギリギリのお金じゃ、心が荒んじゃうんだって。
だから、ママは頑張ってお仕事していっぱい稼いでくれてたんだ。だから二人にも必要なの。もらってね?」
二人は気づいた。美羽は大人びた時もあれば、年相応のことを言うこともあって、それが入り乱れている。
そんなところがなんとも可愛いと。
そして、そういう美羽には逆らえないと。
「「はい、ありがとうございます〜」」
二人がデレデレして、お礼を言った。
そのあとはきんちゃんが話を引き取って、二人に聞かせる。
「お二人とも、騎士学校ですが、実は来週入学試験です。合格すれば、すぐにでも入学になります。
入学したら、寮に入ることになりますので、すぐには出てこれません。
最も週に1日は休みですから、その時は家に帰れますが。
そういうことで、覚悟は大丈夫ですか?」
「「はい!」」
この世界の1年は地球とほぼ同じで、365日。1日24時間である。
1週間も7日になっている。
新入学は10月からだ。
だから、二人にとってちょうどいいタイミングで入学を勧められたのだ。
きんちゃんがふっと笑顔になる。
「いい返事ですね。それではそのお金で、少し勉強しておいた方がいいですよ。
歴史と国語と計算が試験に出ますので。それと、剣技の試験もありますが、順位が決まるだけで、技術がないからと言って落とされるわけじゃないです。ですが、体力はつけておいた方がいいです。体力検査をされますから」
「「はい!」」
きんちゃんが話し終わったところで、美羽が代わった。
「二人とも大丈夫? 試験とか、私考えてなかった」
そうすると、リリが力強く返す。
「ミウ様、大丈夫です。私たち、何がなんでも合格して、ミウ様をお守りできるようになりますので。ね、ルル」
「うん! ミウ様待っててくださいね」
そうすると、心配顔だった美羽がにっこりと笑った。
「うん! 二人とも頑張ってね」
「「はい」」
リリとルルは自分たちの運命が大きく代わった気がした。
それはワクワクするものだった。




