第33話 歌姫
美羽と通行人たちは和やかな雰囲気だった。
美羽は他の歌も紹介して、一緒に歌う。
子供も大人も男も女も一つになって楽しんだ。
美羽はすでに市場の人気者だった。
「ミウちゃん、もう一曲頼むよ」
「いえーい、じゃあもう一曲いくよ!」
「きゃー、ミウちゃん可愛い」
「ミウちゃん! ミウちゃん!」
美羽も通行人たちもノリノリだ。
童謡だけでなく、フィーナにもらった知識にあるJ-POPなども歌い出す。
美羽はもともとかなりの美声だった。
それに加えて、歌が大好きで、よく美奈に歌ってあげていた。
美奈が喜ぶので、いろんな歌のいろんな歌い方も練習していた。
そして、意図せず神気を合わせて歌うことでさらに神々しさまで加わった。
期せずして歌で人を喜ばせる能力が開花したことになる。
次に国民的なバラードを歌った。
以前のオリンピックの主題歌に使われた、男性ユニットの曲で苦しみを乗り越えて、栄光に向かっていくと言う歌だ。
美羽の美声と神々しさと心を掴む詩で多くの人が涙ぐんだ。
「うう、俺は落ち込んでいたけど、勇気が出てきたぜ」
「俺も今やってることを辛くてもやり切ってやる」
「私も頑張るわ。ミウちゃん、ありがとう」
「ミウちゃんは歌姫だぁ」
「よかったぁ。みんなに喜んでもらえたら嬉しいよ」
その中の年配の男性がテンガロンハットのような帽子を差し出してきた。
「プレゼントだ」
「ん? すごく大きいけど、どうするの?」
「こうするんだよ」
そう言って、男性は帽子を逆さまにして、地面に置いた。
そして、その中に小銀貨を一枚入れた。
すると、次から次へと銅貨や小銀貨、時には銀貨が帽子の中に入っていった。
聴衆は美羽の歌に感動して、投げ銭をしたかったのだ。
次から次に集まってくるお金に美羽はびっくりしている。
「あわわわわ、すごいお金が集まってくる〜」
「お前さんの先ほどの歌で感動できて勇気ももらえたから、それに対しての対価だよ。
ありがたく貰っておきなさい」
美羽が、困っていると、先ほど帽子をくれた男性がそう言った。
美羽はその言葉に納得した。
「そっかぁ。そんな気は無かったけど、私の歌はみんなの役に立ったんだね」
騒ぎを聞きつけて、さらに多くの人が集まってきた。
口々に何があったのか話している。
美羽はせっかくだから、もう一曲歌うことにした。
アイドルの歌で、ノリの良い歌にした。
先ほどから聞いている人も後からやってきた人もかなり盛り上がった。
投げ銭も増えたのだが、そこできんちゃんが口を挟む。
「美羽様、これ以上は周りの露店にも迷惑がかかります」
「うん、そうだね。分かった」
美羽は、聴衆に告げる。
「みんな! 今日はありがとうね。今日の歌はこれでおしまい。
ここでやると迷惑になっちゃうから、これからもできるかわからないけど……。
それに私、ここで治癒のお仕事をやっているんだったよ。思い出した。えへへ」
そう言ったら、聴衆がどっと笑った。
「ミウちゃん、怪我したら、頼むよ」
「ありがとう。病気も治せるからね」
「ミウちゃん、今度は広場で歌ってくれよ。そうすれば、周りを気にしないでいいからよ」
「分かった、広場だね」
「今日は楽しかったよ。ありがとうな」
「ミウちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。治して欲しい人いたら言ってね」
すると、後ろから前の列に入り込んでくる男女がいた。
男の方は全身に包帯をしているが、体格が良かった。
男が美羽に声をかけてきた。
「おい。ガキ」
美羽は高圧的な態度が怖い。
しかし、勇気を振り絞って答える。
「何?」
「お前、怪我を治せるのか?」
「治せるよ」
「じゃあ、俺の怪我を治してみろ」
「銀貨一枚だよ」
「あぁ、ガキがそんなにとるのかよ」
「他と比べても高くないでしょ? 嫌ならやらなくていいよ」
「分かったよ。出すけど、治らなかったら、承知しねえぞ」
「文句ばっかり。あなたを治す気はなくなった。いつまでも痛い思いをしていればいいよ」
美羽は強がって言うが、小刻みに震えていた。
(なんなのこの人。でも言いなりにはならない! ……だけど、怖いから早く帰ってよ〜)
すると、今まで黙っていた、女性が口を開いた。
「ごめんね、こいつ怪我がひどくて、仕事もできなくなって気が立っていたんだよ。
治してやってくれないかな。
ほら、あんたも謝んなさい。出ないと、本気でパーティー解消を考えるよ」
女性は男の頭を引っ叩いた。
「いてっ。……すまなかった。……治してくれ」
「いいけど、私の名前は美羽。ガキじゃないから」
「ふん、ガキでじゅ」
女性がすかさず男の頭を叩いた。
「いてっ。……わ、分かった」
「それじゃあ、そこに座って、包帯をとって」
二人は、男の包帯を全て外した。
怪我はかなりひどかった。
全身を爪で割かれたような生々しい傷が覆っていて、一部は化膿までしている。
かなりの痛みで動けないはずの傷だが、男の体力はすごいのだろう。
女性が話す。
「治癒院に行ったら、傷が大きいから金貨20枚って言われてね。流石に払えなくて戻ってきたら、ちょうどミウちゃんのところに人が集まっているから来たら、治癒院って書いてあったからお願いしたんだ……って、大丈夫?」
美羽は傷の生々しさに当てられて、胃から込み上げてくるものを感じる。
たまらず四つん這いになって、動けない。
なんとか堪えることができた。
(うう、気持ち悪い。でも治癒の練習なんだから、我慢しないと)
「おい、大丈夫なのかよ」
「だい、じょう、ぶ」
美羽は、男の前にふらふらと近づいていき、手をかざす。
すると、淡い桜色の光が溢れ出した。
傷はみるみるうちに塞がっていき、数分後には綺麗になっていた。
なんと、化膿していた箇所まできれいになっていたのだ。
「す、すごい」
「信じられねえ」
男女も集まっていた人々も驚いていた。
「こんなの、そこらの治癒院じゃ絶対できない」
「聖女様じゃないのか?」
「聖女様かも知れねえ」
勘違いをされているようだから、美羽は訂正した。
「私は聖女じゃないよ」
「違うのか。でも」
「聖女様のような力を持っていて、あの歌声、天使様か?」
「そうだ、天使様かも知れねえ」
きんちゃんが美羽に囁く。
「当たらずも遠からずですね」
「うーん、否定しにくいよ。もう、いいや、何も言わないでいよう」
美羽は男女に向かって、お金を請求する。
「はい、銀貨1枚ね」
「本当にそれでいいの、ミウちゃん」
「いいよ」
「じゃあ。これね」
「ありがとう!」
すると、さっきとは打って変わった態度で、男が言う。
「その、さっきは悪かったな。ミウ」
「あのね、」
「なんだ?」
「男にミウって呼び捨てにされる筋合いはないよ」
「な!」
「馴れ馴れしくミウって呼ばれると、背筋がゾワってするからやめて」
「あ、ああ、分かった。悪かった」
その様子に笑いながら、女性が話し始めた。
「ははは、男は嫌いなの? ミウちゃん」
「うん、嫌い。すぐに調子に乗って、酷いことするから」
「俺は、そんなことしないぞ」
「ね、こうやってさっき言ってたことも忘れちゃうんだよ」
「確かに酷いわね。あんた、さっき美羽ちゃんを脅したこと、もう忘れたの?」
「う、……すまなかった」
「別に謝罪は受け取らないからいいよ」
「ふふふ。あ、そうだ。私の名前はナディアよ」
「私は小桜美羽。美羽って呼んでね」
「俺は、」
「言わなくていいよ。どうせ覚えないし」
「うう」
「容赦ないわね、ミウちゃん」
「私が許したって、この人は他の子に同じことするんでしょ。
簡単に許しているようじゃ、何も学ばないよ。
大体、私が治癒ができると分かった途端に態度を変えるのは最低だよ」
「あはは、ほんとにそうだね。あんた、態度を改めなさいよ」
「ああ、分かった」
「知り合いにも美羽ちゃんの治癒院のことを話しても大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「分かった、じゃあ、もう行くね。今日はありがとう、ミウちゃん」
「じゃあね、ナディアちゃんと、脳筋脅し男さん」
「うっ。」
「あはは、いいあだ名もらったね」
ナディアは笑いながら、脳筋脅し男は悄然として帰っていった。
「きんちゃん、お腹すいちゃった」
「先ほど、食べ物買いませんでしたものね。もうお昼も過ぎていますし、食べにいきましょうか?」
そうきんちゃんと話していると、声をかけられる。
「あの、天使様」
振り返ると12歳くらいの少女が立っていた。
「え? 私」
「はい。あの、これ良かったら食べてください」
りんごを二つ渡された。
美羽は戸惑いながらも受け取る。
そして、笑顔を返した。
「ありがとう」
「きゃー、かわいい。天使様、また会いにきていいですか?」
「うん、いいよ」
そう言うと、女の子は嬉しそうに走って帰っていった。
それを皮切りに、さまざまな人がさまざまなものをくれた。
肉串。肉をパンに挟んだもの。
魚を挟んだもの。漬物のようなもの。
果物。お菓子。果実水。
一度では食べきれないくらいもらったので、食べるものだけ残して、あとはきんちゃんにしまってもらった。
投げ銭もきちんとしまっておいた。
食べて人心地ついたら、トイレに向かう。
帝都は公衆トイレもきちんと運営されていて、トイレの中には排泄物を好んで取り込むスライムを入れているために、汲み取りの必要もなく、スライムの体から出る浄化された水が排水溝から出ていくだけだ。
あとは、定期的に増え過ぎたスライムを別の浄化槽に移したりすれば済む。
これは、ほとんどの一般住宅にも採用されているために帝国の都市部は清潔である。
トイレを済ませて帰ってくると、美羽の治癒院前には怪我をしている人の行列ができていた。




