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第2話 金魚ちょうちん

 5歳の少女、大山美羽(おおやまみう)は4人家族だ。

家族に父、大山賢治(おおやまけんじ)と母、大山美玲(おおやまみれい)、妹の大山美奈(おおやまみな)3歳がいた。


 父、賢治はそこそこの見た目だったが、母の美玲は絶世の美女と言っても差し支えがないほどの美女だった。

娘たちは二人とも美玲の特徴を継いでおり、二人ともとても可愛かった。


 美玲はいつもニコニコしていて優しく、常に二人の娘に最大限の愛情を注いでいた。

また、料理や家事なども丁寧で、仕事にも励んでいて、それでいて疲れていても二人の娘の相手は手を抜かずに面倒を見て、完璧な母親だった。


 しかし、そんな一見完璧な美玲にも欠点があった。

男を見る目がなかったのだ。


 なまじ、包容力があるために、男の欠点も受け入れてしまうことができるのだった。

しかし、そのことが全ての不幸の始まりであった。


 賢治はとても優しく実直な男……だと思っていた。

結婚してしばらくはとてもうまくいっていたのだが、美羽を妊娠した頃から変わっていった。

朝帰りは当たり前で、下手したら数日帰ることもなかった。


 またこの頃から美玲を縛るような言動も増えた。

とにかく美玲の行動を制限した。

制限の1つに自分の両親にもあってはいけないと強制された。

そのため美玲は自分の両親に美羽を会わせることができなかった。


 罵声を浴びせてくることも増えた。

口答えをすると、手を挙げてくることも頻繁にあった。

美羽をあやしてあげることがないことはもちろん、育児など全く参加していなかった。

そのくせに育児休暇をとり、家にいるので、美玲は美羽の世話に加えて賢治の世話までしなければならなくなった。

世の中は育休を取得するよう推奨しているが、そのことでかえってみれいは苦しめられていた。

それでも美玲は耐えていた。自分が耐えていれば問題なかったからだ。


 ただ、子供は二人は作らないようにしようと美玲は思っていた。


 だから、美玲は賢治に今のままでは二人は育てられないから、美羽だけにしようと相談した。

しかし、それは賢治の支配欲嗜虐心を刺激するだけにしかならなかった。

美玲は強制的に行為をさせられた。


 美玲は賢治に絶望し、別れようと考えるが、妊娠が発覚する。

それが離婚を思いとどめてしまった。

変わるきっかけになればと思ってしまったのだ。


 そして、美奈が生まれてある時、美奈がどうしてもぐずって泣き止まないことがあった。

折悪く、数日ぶりに帰ってきた賢治がいたタイミングだった。


 賢治が泣き止まない美奈を殴ろうと手を振り上げた時だった。

美玲が賢治の手を取り、組み伏せて床に押し付けた。

美玲は護身術を習っていたのだ。


「私の子に手を出すのは許さない!」


 もともと、暴力は振るうが、暴力には弱い賢治はこの時、黙って頷くしかなかった。


 この時以降、美玲に手をあげることも罵声をあげることもなく、子供達にも表向き穏やかに向き合うようになった。


 しかし、穏やかだったのは表向きだけだった。


 美玲がいない時に賢治の帰宅が重なると、美羽は決まって殴り蹴られ、罵声を浴びせられた。

美奈にもするので、代わりに自分が殴られると言って、美奈を庇った。



 ある日のこと、いつものように殴られ蹴られて髪の毛を引っ張り振り回されて、投げられた。


 そして、


「お前、ママには言うなよ。もし言ったら、お前の大好きなママも美奈も一緒に殺してやる」


 そう言われ、首を絞められた。

 もう、死んでしまうんだと思った。

暗い穴に1人で落ちていくような感覚を味わった。


 気がついたら、床の上で寝ていた。

もう賢治はいなかった。


 助かったのだと分かった。もう少しでママとも美奈とも会えなくなるところだった。


 そう思うと、体はガクガク震え、涙が止まらなかった。

その時の恐怖から、美羽は賢治に従うしか大好きな二人を守る方法はないのだと思い知った。


 風呂に入る時に体のあざを見られるときっと美玲と美奈が殺されると思った。


(ママとおふろにはいるのだいすきだけど、がまんしなきゃ)


 それ以降、美羽は一人で風呂に入った。

美玲は心配したが、それも成長なのかと思って、受け入れた。


 ある夏の日、美玲が美奈と一緒にお祭りに連れていってくれた。

この頃、賢治は仕事を辞め、外をほっつき歩いていたため、収入は美玲の分しかなく、忙しく働いていたために、久しぶりの3人でのお出かけだった。


 賢治の折檻から解放され、大好きな二人とのお出かけに美羽は浮かれていた。

見るもの全てが輝いて見えた。


「ママ、あれなに? かわいい」


 見ると、たくさんの紙でできた赤い魚が泳いでいた。


「あれは金魚ちょうちんよ。今日は金魚ちょうちんのお祭りなのよ」

「うわーすごいね。きれいだね。ね、みなちゃん」

「うん、おねえちゃん。きれいだねぇ」


 美奈も満面の笑みで、美羽に答えた。


 美羽は美奈と一緒にたくさんの金魚が浮かぶ下を走り回り、掴もうとジャンプするが全然届かなくて、それでも楽しくて、美奈と笑い合った。


「あはは、とれないねぇ。みなちゃん」

「おねえちゃん、みな、もうすこしでとれそうだったよ」

「そうなんだ。みなちゃんはすごいねぇ。おねえちゃんにそのすごいあしちょうだい」

「キャハハ、ダメだよ〜」

「まーてー」

「きゃー」


 美羽が美奈を追いかけ回す。と言っても、美奈は遅いのでついていっているだけだが。


 通りでは金魚ねぶたが見られた。

大きな金魚を「ラッセーラー」の掛け声で回していく。


 美羽たちは運良く一番前で見ることができた。

美羽と美奈は大興奮だ。


「ママ、あのきんぎょ、おおきいよ」


 美奈が続く


「おおきいよ」

「そうねぇ、大きいわね」

「ラッセーラーラッセーラー」

「らっせらっせ、らっせーらー」


 二人とも掛け声を真似して楽しそうに叫ぶ。


 暗くなると、通りの軒先にぶら下がっているどの金魚も光って幻想的に見えた。


「綺麗ねぇ」

「うん、ママきれいだね」

「ママ、おねえちゃん、あっちもきれいなの。みながみつけたよ」


 見ると、他と同じように金魚が光っていた。

他と同じだが美玲も美羽もそんな事は指摘しない。

 

「まあ、本当ね、よく見つけたわ。美奈ちゃん」

「みなちゃん、すごいね。ほんとうにきれいだよ」

「でしょ〜」


 美奈は褒められてご満悦になった。

それを見て、美玲と美羽は嬉しそうに笑った。


 美羽はとても幸せだった。


(ずっと、このままならいいのにな)


 美羽は頭上いっぱいに広がり、美しく光る金魚の川を歩きながら思った。


「美羽ちゃん、金魚買ってあげようか?」

「いいの?」

「ママ、みなも」

「ええ、美奈ちゃんもいいわよ」

「「やったー」」

「せっかくだから、一番大きいの買う?」

「ううん、じぶんでもてるぐらいのあれがいい」

「みなもあれがいい」

「うふふ、わかったわ。二人で持ったらきっと可愛いわね」

「「うん」」


 美羽と美奈は同じ大きさの全長30センチほどの金魚を買ってもらった。


「ママ、だいじにするね」

「みなもだいじにするね」

「そうしてくれると嬉しいわ。私は美羽ちゃんと美奈ちゃんを大事にするね」

「わーい、ママだいすき」

「みなもママだいすき」

「私もよ。二人とも」


 3人でしばらく抱きしめあった。

道行く人は微笑ましいものを見る目で通り過ぎた。


(ママとみなちゃんがいてうれしいな)


 美羽は幸せを噛み締めた。

通りの金魚ちょうちんは風に吹かれて、気持ちよさそうに泳いでいた。






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