第124話 別れの抱擁
魔王が手を挙げると、絶牙魔将リュグナと極淵魔将アゼルファードを先頭に魔人の魔導士らしきものたちが前に出てきた。
『『『浮遊』』』
と、リュグナ、アゼルファード、魔導士たちが唱える。
すると、その場にいた魔王、絶牙魔将リュグナ、極淵魔将アゼルファード、破城魔将エルガ、炎斬魔将ヴォルグと500人ほどの魔人のうち100人と魔王の乗った玉座付きの竜車が宙に浮き上がった。
そして、宙を浮きながら皇城の上部にある謁見の間の方角に向かっていく。
「謁見の間に向かってるぞ。撃ち落とせー」
下から近衛騎士団が矢や魔法を撃ってくる。
『絶対障壁』
魔王一行の下部にリュグナが障壁を張った。
リュグナの絶対障壁の前にはどんな攻撃もなかったものにされてしまう。
魔王軍は近衛騎士団の攻撃をものともせず、謁見の間がある10メートルほど上空まで労せずしてたどり着いてしまった。
『虚食』
アゼルファードが唱えると、城の一角に小さな帯電した黒い球状の魔力が現れ、一気に広がり謁見の間の上部を飲み込む。
黒い球はすぐに収縮して無くなり、同時に城の一部が綺麗に球状になくなった。
謁見のまでは、皇帝や国の上層部の人間あまりの光景に唖然として、見通しが良くなった天井を見上げている。
魔王軍は当然のようにその穴から、謁見の間に降り立った。
魔王の竜車付きの玉座は、皇帝の正面に降りた。
皇帝ウォーレンも上層部の人間たちもいまだに言葉を発することができないでいた。
魔王が、スクリーンを通して帝都民に呼びかける。
『帝都民よ。ついに我は帝国の中枢である、皇帝の謁見の間にやってきたぞ。
これから、我は皇帝やその配下どもに裁きの鉄槌を下さねばならぬ。
汝らは見逃さずに見ているがいい。この国の皇帝の最後をな』
現在帝国の巨大な謁見の間には、玉座に皇帝が座り、左に宰相。それを守るようにして近衛騎士団長のクラークがいて、そこから魔王軍を取り囲むように近衛騎士団が配置されている。
国の上層部の貴族たちは片隅に固まり近衛騎士団に守られている。
皇帝の玉座の正面に魔王が竜車付きの玉座に頬杖をついて座り、その左右に四魔将がいる。
その後ろには100人の魔人が並んでいた。
皇帝ウォーレン・マーヴィカンと魔王ガルヴォートがしばしの間睨み合う。
先に口を開いたのは皇帝ウォーレンだった。
「余は、マーヴィカン帝国皇帝、ウォーレン・マーヴィカンである」
それに対して、魔王が答える。
「我は、魔王ガルヴォートだ。初めましてだな。皇帝よ」
「うむ、その通りである。初めてだというのに、このような行為をしたのはどういうことか」
「ふむ、それを話すのも一興か。その前に、皇帝よ。お前の一族を全員連れてこい」
「なぜだ?」
「貴様らの罪を自覚させるためよ」
「余の罪とな?」
「そうだ、我は汝らの罪を裁きにきておる。罪が何たるか知らなければ話になるまい?」
「断る。一族は関係ない」
「ふっ、それでもかまわん。アゼルファード、皇帝の魔力から血族はたどれたな」
「すでに。一箇所に固まっております」
「魔人を適当に連れて行き、そのものたちを連れてこい。全員な」
「御意」
皇帝が、焦りを隠しながら止めようとする。
「待て、女子供は関係ないだろう」
「皇帝よ。関係ないかどうかは我が決めることだ。汝が決めることではない」
「くっ」
アゼルファードが謁見の間を出ようとすると、近衛騎士が行く道を塞ぐ。
「止まれ! この先には行かせん」
すると絶牙魔将リュグナがアゼルファードと魔人たちに向かって、『絶対障壁』をかけた。
絶対障壁が張られたアゼルファードたちが歩き始めると、近衛騎士2人が槍を突き出した。
槍は絶対障壁に吸い込まれるように先端から崩れて中程までなくなってしまった。
「なっ!? 馬鹿な」
今度は魔法士が魔法を放つが障壁に吸い込まれるように消えるだけだった。
魔王が言う。
「リュグナの絶対障壁はあらゆる攻撃を粉々に消し去る。その武器ごとな。貴様らにアゼルファードを止めることなどできん。皇帝の一族がここに来るまで、おとなしく待ってるが良い」
待てと言われて、待てるわけがない。皇族を守るのが近衛騎士団の任務なのだ。
大勢の近衛騎士が一斉にアゼルファードに向かって構える。
そこに、魔王が一言言った。
『動くな』
その瞬間、謁見の間中が重いプレッシャーのようなものにさらされ、人間たちは全員動けなくなった。
魔王は、頬杖をついたまま楽しそうに言った。
「魔言という。言葉で相手を支配することができる。魔人にも効くからな。人間ではどうにもなるまい?」
アゼルファードは何も言わずに謁見の間から魔人を連れて出ていった。
ウォーレンは、顔には出さないが内心焦っていた。
(むう、魔王がこれほどのものとは。勝てぬ。クラークとてこの者たちには勝てぬだろう。
しかし、魔王の狙いはなんだ。余の家族を連れてきてどうする気なのだ。余は助からないだろうが、家族はなんとか助けなければ。それに、先ほど帝都の民を殺すということを明言した。余の最後の仕事として、なんとしてもそれを防がねば。それにはどう交渉したらいいか)
皇室が待機しているティールーム。
ここには第一皇子のヨーゼフ・マーヴィカンと第二皇子のエルネスト・マーヴィカンを除いて、皇帝ウォーレンの妻子が全員揃っている。エルネストは城門の防衛をしていて、ヨーゼフは謁見の間で息を殺して、隅で隠れている。
ここでも、状況はスクリーンで見ているので、これから謁見の間に連れて行かれるであろうことはわかっていた。
イザベル第一皇妃が全員に向けて言う。
「私たちはこれから謁見の間に連れて行かれるわ。その後、どう言う扱いを受けるかわからない。
もしかすると、殺されるかもしれないわ。到底、あの魔王軍には敵わないでしょうから」
すると、アメリア第一皇女が言った。
「大丈夫ですわ、お母様。私たちは恐れません。最後まで毅然とした態度で行きます」
そう言う、アメリアの体は小刻みに震えていた。
イザベルが、アメリアを優しく抱きしめる。
「アメリア。あなたは長女として、今までよくやってくれたわ。ありがとうね。泣いてもいいわよ」
アメリアは堪えられなくなり、本音を話した。
「お母様! 私、本当は怖いです。死にたくない!」
「そうね、私も怖いわ。何よりもあなたたちの命が失われるのが怖いの。私の命だけで済むように交渉するから、希望を捨てないでね」
「いやです。お母様も死んでほしくない」
「そうね、みんなで生き残るのが重要ね」
「はい」
「でもね、優先的に生き延びるべきなのはあなたたち若い命なのよ。生き延びる機会があったら、たとえ私の命と引き換えであっても生き延びてほしいの。約束して」
「お母様……はい。私は生き延びます。ですから、お母様も生きるのを諦めないでください」
「そうね。約束するわ。愛しているわ、アメリア」
「私も愛しています。お母様」
もう一度強く抱き合ってから、アメリアが離れた。
エレオノーラ第二皇妃はセオドア第三皇子とシャルロット第二皇女と抱き合って、涙ながらに話している。
イザベルはクララ第三皇女のところに来た。
「クララ、あなたには随分悲しい思いをさせてしまったわね」
「お母様、私は大丈夫です。いえ、大丈夫になりました」
「それはミウちゃんのおかげ?」
「そうです。親友で妹のミウちゃんに出会えるまでは、寂しい毎日でしたけど、今はとっても幸せです」
「そうね、ミウちゃんに感謝ね」
「……お母様、私とても怖いです。お母様がいなくなってしまうのが……」
「そうね、私もあなたたちを残して逝きたくはないわ。でも、きっと許されないでしょうね。でもクララは生き残ってね」
「お母様が望むなら、生き残ります。でも、お母様も生きてほしいです」
「そうね、私も最後まで足掻くわ。」
「私、お母様の娘で本当に良かったです。こんなに優しいお母様は他にいません」
クララはポロポロと涙を流している。
「私もそうよ。こんなに可愛くて、優しくて、素敵な女の子が私の娘なんて嬉しいわ」
イザベルも涙をこぼす。
「お母様、産んでくれてありがとうございました」
「クララ、生まれてきてくれてありがとう。愛してるわ」
「私も、愛してます。お母様」
2人は固く抱き合った。しっかりと……。
最後にイザベルは言った。
「さっき言ったこと、ミウちゃんに会ったら伝えてね。抱きしめてあげることができなくて残念だけど」
「お母様、ミウちゃんに必ず伝えますけど、お母様が言えればもっといいですよ」
「そうね。できたらそうするわ。これをミウちゃんにあげてもらえる?」
そう言って、イザベルは指にしているローズクォーツの指輪をクララに渡した。
「はい、必ず渡します」
その時、扉とその周辺の壁と天井、床が球状に音もなく消え去った。
その先には、極淵魔将アゼルファードが魔人たちと立っていた。
『虚食』を使ったのだった。
「別れは済んだか?」
アゼルファードがそう聞くと、イザベルが皮肉混じりに返した。
「あら、待っていてくださったの?」
アゼルファードはにべもなく答えた。
「別れに水を差すほど野暮ではない」
「やっぱり別れになるのかしら?」
イザベルのその問いにアルファードは何も答えず一言、
「行くぞ」
とだけ言って背を向けた。
—————————— 同時刻の美羽 ———————————
美羽がベッドで上半身を起こして、ぼーっとしていると、治癒士のコリンが声をかけてきた。
「あ、御使い様。お目覚めですか?」
「おふぁよう、コリン」
「まだ眠そうですね」
「なんか、まだ寝ないといけない気がするんだぁ」
「うふふ、なんか、変な言い訳ですね」
「本当だよ〜。寝ないといけない気がするの」
美羽が頬を膨らまして言うが、コリンは取り合っていない。
「ふふ、そうですか。まだ寝ていても大丈夫ですよ。
御使い様は寝ていても治癒してくださるってわかっていますから」
美羽が見ると、回復した者が出ていっては、負傷者が入ってくる。これを繰り返していた。
「ちゃんと治っているみたいだね」
「はい、おかげさまで」
「それじゃあ、もうちょっと寝るね。寝たほうがいいみたいだから」
「はいはい。言い訳しなくてもわかってますよ」
「もう、違うの……に」
「あら、もう寝てしまったわ。疲れているのね」
美羽の主張など、気にしていないコリンであった。
サワサワサワ。
優しく暖かい風が頬を撫でる。
目を開けると、小さな色とりどりの可愛い花が目に入る。
上半身を起こしてみると、そこは花がたくさん咲いているお花畑と言えるような草原だった。
「お花がいっぱい。ママが好きだったなぁ」
美羽は美玲のことを思い出して、口にする。
「あなたは好きなの? お花」
美羽はギョッとする。後ろから急に声が聞こえてきたのだ。
後ろに振り返る。
すると、そこには美羽より2〜3歳上の黒髪の綺麗な美しい少女が立っていた。
少女は振り向いた美羽を見て、驚いた顔をする。
(驚いたのは私だよ。でも、この人懐かしい感じがする)
「驚いたわ。あの子にそっくりね。でも、私の夢だしいるのも当然ね」
少女は一人で納得するようにつぶやいた。
しかし、おかしいのは、
「何言っているの? 私の夢だよ。これは」
美羽が少女の間違えを指摘する。
「え? うふふ、そんなことないわよ。私がさっき眠ったんだから、私の夢よ」
少女は間違えを認めない。しかし、美羽は思った間違い無く自分の夢なのだ。
「え〜、私だって、さっき眠ったんだよ。寝る前に寝ていた時も夢見てたもん」
美羽の物言いに、少女は笑い出す。
「うふふ、寝る前にも寝ていたの? あなたお寝坊さんね」
美羽はそう言われて、なぜだか嬉しくなった。
「うん! お寝坊さんなんだぁ」
「うふふ。可愛いわね」
少女は美羽の頭を撫でてきた。
美羽は驚いた。その手はとても懐かしく、いつも求めているが決して得られない感触がする気がした。
それがなんなのかは思い出せないが。
少女は頭を撫でていると、今度は美羽の顔を撫でてくる。
そして、首を撫で体を撫でてくる。
全く遠慮がない。
しかし、美羽はなぜか嬉しいので、体を手に擦り付けるようにしていた。
少女は満足したのか、手を離す。
「あっ」
離れた手に美羽は寂しさを感じて声を上げてしまう。
「どうしたの?」
少女に聞かれたので、美羽は遠慮なく言う。
「もっと、撫でて欲しいの。抱っこもして欲しいの」
少女は一瞬驚いた顔をして、しかし花が開いたような笑顔になった。
「もちろんいいわよ」
「やった〜」
少女は、草原に正座で座り、美羽のことを膝に乗せ、美羽を撫で回した。
「うふふふふ〜」
「はあ、あなたを撫でていると、とても落ち着くわ」
美羽も少女も至福の時と言える時間を過ごした。
「ねえ、あなたさっき自分の夢って言ってたわよね」
「うん、私の夢だよ」
「私も自分の夢のはずなのよ」
「そうなの?」
「もしかしたら、二人とも夢を見ていて、夢が繋がっているのかもね」
「ええ〜、じゃあ、夢じゃなくてもいつか会えるの?」
「うふふ、もしかしたら会えるかもね」
「やった〜。じゃあ、会おうね」
「そうね、いつか会おうね。あなたお名前は?」
「えっとねぇ……えっと」
「どうしたの?」
「思い出せないの」
「あら、そうなの……まあ! 私も思い出せないわ。困ったわね」
「そうなんだ〜。でもいいよ。お姉ちゃんって呼ぶね」
「まあ、いいわよ。そう呼んでね」
「……」
「どうしたの?」
「なんか、お姉ちゃんって呼ぶの変な気がするんだけど、まあいいや」
「私もあなたにお姉ちゃんって言われるのは不思議な気がするけど、いいわね」
二人は見つめあって、にっこりと笑った。
美羽は思いついたように言う。
「ねえ、お姉ちゃん。まだ夢から覚めないでしょ。それなら、この辺お散歩連れてって」
「いいわよ、行こうね」
二人は手を繋いで、幸せそうに歩いていった。




