第121話 炎斬魔将ヴォルク
破城魔将エルガの攻撃によって外門は貫通し、周辺の建物や石畳ごと消えてしまっている。その場には最初から何もなかったかのように。
幸いだったのは、そこが南の港湾につながる大通りだったため、被害が左右の建物の一部だけで少なかったことだ。
最悪だったこともある。外門の裏には帝都騎士団が控えていた。
魔力波の射線上にいた騎士たちは消し飛んでいた。
騎士団の被害は甚大である。そして、そんな状況にパニックに陥った。
そこに魔王軍が進軍してきた。
まず、ゴブリンやオーク、オーガやウルフ系の魔物などが主体で帝都内に侵入してきた。
騎士団の中でも落ち着きを取り戻している者は、侵入を防ごうとするが、一度パニックに陥った軍は弱い。
魔物たちに次々とやられていく。
騎士団員たちはなすすべもなく、蹂躙されるのかと思われたところ、援軍が現れた。
援軍は盾を駆使して、魔物の侵入を押し留め、長槍で魔物を突いて倒していく。
遠くの魔物には弓や魔法で射撃して数を減らしていった。
そして、援軍のリーダーが前に出てきた。
巨大な体に大剣を持ち、眼光の鋭い壮年の男だ。
「聞け! 帝都騎士団よ! 私は帝都騎士団騎士団長レオナード・ヴァイスハルトだ」
「おお、騎士団長!」
「鬼のレオナード様」
騎士団長の登場にパニックに陥っていた騎士たちは顔を明るくさせた。
騎士団長は続ける。
「現在外門は破られ、射線上にいた騎士たちは犠牲になってしまった。かなりの損害だ。
対して、敵は被害がなく個体の強さは我々騎士の何人分もの強さを持っているものも多い。
このままでは押し切られるやもしれぬ。力が足りぬかもしれぬ。
帝都を守りきれぬかもしれぬ。守れねば、我らの大切な家族、恋人が蹂躙されるかもしれぬ。
そう、不安に思ってしまうものも多いだろう」
それを聞いた騎士たちは不安を顔に表す。
この圧倒的不利な状況でなすすべがないように感じてしまう。
しかし、レオナードは続ける。
「だが、それがなんだ!
我々は、今日この時のためにひたすら体を鍛えてきた。魔法を磨いてきた。矢を正確に飛ばす努力をしてきた。
苦しい毎日を乗り越えてきた。
その毎日が魔王軍に及ばないとでも思うか! わしは思わん。
我らの刃は魔物を屠り、魔族を食い破り、そして必ずや魔王の喉仏に届くだろう。
今この時を全力で生きよ。そして、全力で死ね。この帝都のために!
わしがその先駆けになろうぞ。皆のものついてこい!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
割れんばかりの雄叫びが上がる。
すでにパニックは収まっていた。
士気は過去に類を見ないくらいに上がっている。
レオナードがダメ押しで大声で一言。
「さあ、反撃だ! 押し返せーーーーーーー」
目の色が変わった騎士たちが、魔物の大群を包囲し押し返していく。
(あのデカブツにもう一度あれを撃たれたら、持たないだろう。しかし、過信はできぬがそう何発も撃てるようなものでもないはずだ。それに、混戦状態になっても撃てないだろう。つまり我らがやるべきは混戦の中で、敵の喉仏まで迫っていき、魔王を討つ。それだけだな。できるかどうかはかなり望みが薄いが、可能性はある。だから、決して退かずに目の前の敵を討つことをひたすらやるだけだ)
騎士団長レオナードは不退転の決意をしていた。
帝都防衛戦は始まったばかりだった。
「申し上げます! 外門、敵の攻撃で大破。外門との通信途絶しました」
「申し上げます! 敵の攻撃で大通りと周辺の建物消失。死傷者多数と見られます」
「申し上げます! 門将ローガン閣下、敵の攻撃で消息不明です」
「申し上げます! 敵軍破壊された外門から帝都内へ進軍。多数の魔物が侵入しました」
先ほどの轟音があってから、刻一刻と戦況が悪化している報告ばかりが伝えられてくる。
外門が破壊されたという報告には激震が走った。
皇帝ウォーレンも内心混乱しているが、それを表に出すわけにはいかない。
見た目は冷静に対処することを心がける。
「セルヴァン、外門の後詰はどうした」
「陛下、騎士団長レオナードが向かうはずです」
「城からも派遣した方がいいのではないか?」
「いえ、敵の狙いは確実に皇城でしょう。ここの防備を減らすわけにはまいりませぬ」
「そうか、レオナードならなんとかなるか?」
「わかりませぬ。敵は数は少ないですが、この状況から見て精鋭を揃えていると思われますので。
魔物だけでも厄介ですが、魔族の強さはオーガ以上です。魔族1人につき騎士10人ではとても対応できないでしょう」
「厳しいな。抑えきれなくなるか」
「しかし、外門付近で戦っている限り、我が軍が多数で敵軍は少数で当たることになります。
これで、かなり相手を減らすことができるでしょう」
外門に大穴が空いたとはいえ、一度に通れる数は多寡が知れている。対して外門内側は広くなっているから、大勢で侵入した敵を押し包むことができるのだ。
「魔王側は何か言ってきていないのか?」
「いまだに何もありませぬ」
(魔王の狙いがなんなのか読めぬ。このままでは停戦交渉もままならん。なんとかして、知る方法はないだろうか?)
上層部は具体的な対処法が見つからずに苦悩していた。
魔王ガルヴォートは玉座に頬杖をつきながら、戦況を見守っていた。
現在は外門内側で激しく交戦が行われ、こう着状態だ。
「魔王様、相手騎士団長が先頭で指揮をとっているのですが、なかなか手強く、戦線が膠着しております。何か手を打ちますか?」
「フン、炎斬魔将ヴォルクをだせ」
「おお、ヴォルクならちょうどいいですな。それでは早速向かわせます」
外門前ではレオナードが奮戦していた。
騎士たちは一匹の魔物に対して、数人から10人で対処していたが、レオナードは今いる魔物で一番強いオーガでも1人で相手ができる。
レオナードが先頭に立ち、外門のすぐ下まで魔物を押し返していた。
レオナードは目の前の魔物を斬っていると、後ろから声が聞こえた。
「お主、なかなか強いな」
ハッとしたレオナードが、振り向きざまに大剣を振るうと、
キーン。
剣を合わせてきた。
相手は青い肌に左右の額に鋭いツノ。面長の顔で糸目。
手には美羽の持つ刀に似た形状の剣があった。
只者ではない雰囲気を漂わせている。
「何者だ!」
「先に自分が名乗るのが道理だろう?」
急に攻めてきた魔族が道理を説くことに毒気を抜かれて、レオナードが答える。
「ふっ、そうだな。わしは帝都騎士団騎士団長レオナード・ヴァイスハルトだ」
「拙者、魔王軍炎斬魔将ヴォルクと申す。お主の命を取るように陛下に命じられておる」
「そうか、ではわしも遠慮はいらんな。貴様の命をもらう」
レオナードは今まで使っていた身体強化魔法の上からさらに重ねがけした。
美羽のように無尽蔵に魔力があれば、どこまでも強くなれるのだが、現実は魔力の量の問題もあり、強くしすぎても体がついていけくなり自壊するおそれもある。
だからレオナードは最大5倍に抑えている。
それでも、オーガ戦での美羽の身体強化は1.25倍程度にしないと一般騎士はついてこれなかった。
それを考えると、レオナードの5倍の身体強化は十分以上の領域にある。
「ほう、お主、身体強化をそこまで使いこなすか」
「これくらいでないと、魔将には敵わないかと思うのでな」
「光栄だ。これで心置きなく潰すことができるぞ」
「それはこちらのセリフ……だっ」
レオナードから斬り掛かった。
大上段から振り下ろしたレオナードの大剣はヴォルクが体を右に開くことで交わす。
ヴォルクが右から刀を振り上げると、レオナードがそれをかわし、左に切り上げる。
ヴォルクは刀を打ち下ろし、レオナードの大剣を弾いた。
後ろに跳び、一度距離をとったレオナードは内心冷や汗をかいた。
(わしの大剣をあんな細い剣で弾くなんて、どんな硬さをした剣なんだ?)
と、一瞬考えた隙にヴォルクが前に踏み込んで、刀を薙いできた。
レオナードは間一髪下がるが、頬を切られる。
ボッ。
なんと、切られた頬から炎が上がった。
「なんだこれは!」
レオナードは傷口を叩いて、炎を消した。
その様子を見て、ヴォルクが語る。
「拙者は炎斬魔将。斬った部分が魔法によって燃える。心してかかられよ」
(むう、炎斬などという割には剣に炎が纏っているわけではなかったから、油断したわ。
これくらいで済んでよかったがな)
「拙者、今のやり取りで、分かったことがある」
「何がだ?」
「お主では逆立ちしても拙者には勝てぬ」
「なんだと?」
「技術、体力、魔力、どれをとっても拙者には勝てぬ。
しかし、落ち込む必要はない。拙者は100年ほど研鑽を積んだ身。数十年しか生きない人間には到底到達できぬ領域なのだから」
「御託はそれだけか?」
「ふむ。これだけだ。これ以上、魔王様を待たせるわけにもいかない。次でお主を一刀両断しよう」
「望むところだ。次の一撃に全力を注いでやる」
二人が向かい合い構える。
まるで、二人の周りだけ、戦場の怒号が消えたかのような錯覚がしてしまう、ピンと張り詰めた空気になる。
しかし、それも束の間。
ヴォルクが一見無造作に踏み込んだ。
それに合わせて、レオナードが踏み込む。
先をとったのはレオナードだった。
大上段から大剣を振り下ろす。
この時、レオナードは生涯でも最高の一振りだと感じていた。
これなら、何者でもかわしようがないはずだ。受けても剣ごと真っ二つにできる。
それくらいの一撃だった。
だが……。
ヴォルクは、刀を擦り上げることでレオナードの剣に当て軌道を逸らす。
レオナードの剣は想いとは裏腹に、地面を叩き割っただけだった。
そしてヴォルクが上段に構えた瞬間振り下ろしてきた。
レオナードは咄嗟に剣を捨て、右に思い切り飛んだ。
ブシュ。
ヴォルクの刀が斬ったのは、レオナードの左上腕部だった。
レオナードの太い腕が宙に舞う。
切断面からは血が流れるよりも前に炎が上がる。
炎はあっという間に全身を包んだ。
「ぐおおおおお」
レオナードが熱さで転げ回った。
気づいた魔法士が水の魔法をレオナードにかける。
魔法の炎はなかなか消えなかったが、魔法士は必死に消火した。
それが消えた頃には黒く焦げたレオナードが転がっていた。
ヴォルクは納刀して元来た魔王軍の方に戻って行った。
ーーーーーーーーーー 同時刻の美羽 ーーーーーーーーーーー
大きな桜の木下で敷物を敷いた上にたくさんの料理と
クララとレーチェルとイザベルがいる。
花見の席だ。
「おねえさま、おひとつどうぞ」
レーチェルが何かの瓶を傾けてくるので、カップに注いでもらう。
カップの中には琥珀色の液体が入っていた。
それを一口飲むと、カーッと熱くなる感じがする。
美羽が慌ててレーチェルに言う。
「レーチェル、これお酒だよ」
レーチェルは何を当然なことをという感じできょとんとする。
「あたりまえですわ。それはミードですもの。はちみつでつくったおさけですわ。
おはなみではおさけをのむしゅうかんがあるんですのよ」
「それは、おとなのしゅうかんだよ」
「ミウちゃ〜ん、固いことぉ、言わらいのぉ〜。飲もうよぉ〜」
クララが、ミウに抱きついてきた。
「キャ! クララ? 酔っ払ってるの?」
「飲んでるんだからぁ、酔っ払ってぇ、あたりまえなのぉ〜」
「ええー、ダメだよ。クララ、子供が酔っ払っちゃったら」
「おねぇさまぁ、そんなこといわないでぇ〜。のみましょうよぉ〜」
「レーチェル? いつの間に酔っちゃったの?」
クララとレーチェルがそれには答えないで、2人で美羽に迫る。
「ほぉら〜、ミウちゃん飲んじゃってぇ」
「おねぇさま〜、はやくのんでぇ〜」
クララとレーチェルに追い詰められる美羽。
イザベルを見ると、ニコニコと微笑んでいる。
「まあ、いいか。えい」
美羽はミードを一息で煽った。
すぐにふわぁーっとした気分になり気持ちよくなってくる。
「うわぁ。気持ちいい〜。もういっぱいちょうだい」
「いいですよぉ〜。いっぱいのんでくださいねぇ」
美羽は2杯3杯とのんでいるうちに完全に出来上がってしまった。
美羽はイザベルのそばに行き、甘え始めた。
「お母さん、これ食べたい」
「いいわよ。はいどうぞ」
りんごをお皿に乗せて渡してくるイザベル。
しかし、お皿を美羽は受け取らない。
イザベルが不思議そうな顔をすると、美羽が口を開いて顔を上げた。
「あ〜ん」
と、せがむ美羽。
「うふふ、あ〜ん」
イザベルはりんごを美羽の口に入れた。
美羽は嬉しそうに咀嚼する。
「おいひ〜」
美羽が今度はイザベルの膝の上に座る。
「お母さんの膝の上気持ちいい〜」
「私もミウちゃんが乗ってると幸せだわ」
「お母さん、大好きだよ」
「私も大好きよ。ミウちゃん」
美羽は甘え上戸だった。
というか、いつもと変わらなかった。
「今日も一緒に寝ようね〜」
「嬉しいわ。一緒に寝ましょうね」
急に何かに引っ張られた感覚があった。
「はっ!」
美羽は天蓋付きベッドで顔をあげる。
美羽の神気結界の中は、慌ただしく、怪我人を連れてきては、美羽の自動で行われる治癒で治った怪我人が運び出されている。
必然的に、怪我人の呻き声や治癒士や救護騎士の叫び声が飛び交う。
ここは戦場だった。
「夢か……、もうちょっと寝よ」
美羽は戦場の喧騒をよそにパタリと寝てしまった。




