第120話 破城魔将エルガ
門将ローガンは渋い顔で魔王軍を見ていた。
(魔王軍は魔物が2000匹、魔族が1000人程度だ。対してこちらは帝都騎士団、近衛騎士団、と警備兵がいる。帝国騎士団は帝都にいないし、緊急呼集とはいえ動員できる人数は3万になる。しかし、魔族は一人当たりの力がオーガ以上にある。城壁を突破されてしまってはかなり不利になるだろう。しかし、我が城壁の防御はそう簡単には破れないが……。
結局、この城壁で防ぐのが最善というわけだな。責任重大だ)
「門将閣下! 敵軍が動き始めました!」
「すべての城壁の魔法壁を再度確認しろ。
門の魔法壁は通常の3倍で張れ。
弓兵、魔法兵の遠距離攻撃隊は接近に備えろ。
帝都騎士団も弓、魔法が使えるものは城壁に上がれ。
それ以外のものは外門の内側で待機。
あとの指示に従え」
15メートルの城壁の上からローガンが指示を出すと、皆が動き出す。
「いやあ、迫力ありますなぁ。魔王軍。でも、総数は少ないですね」
「ヴィクト、お前はなにをしているんだ?」
「やだなぁ、俺は参謀じゃないですか。ここにいて門将の補佐をしないと」
「そうか、忘れてたな。軽口を叩いているところしか知らないからな」
「ひどいなぁ。俺は戦時の参謀じゃないっすか。
まあ、いいんですけどね。それにしても、大丈夫ですかね」
「何がだ?」
「御使い様ですよ。オーガ討伐に向かってたじゃないですか。帰りにこんな大軍に鉢合わせしたら、大変でしょう」
「ううむ。それは心配だが、ああ見えてかなり強いからな」
「個の強さなんて、軍の前では無力でしょう」
「そうだな。しかし、我々は帰ってくる場所を守ることしかできない」
「それはそうです。それじゃあ、あの方のためにも守り抜きましょう。
なぁに、大丈夫です。この城壁があれば、魔王軍だって手も足も出ませ」
ドガーーーーン
魔王軍が弓の射程圏外から撃ってきた魔法攻撃だった。
幸い、魔法壁で防がれてびくともしていない。
「んよ。ほらね。」
「ふう、かなり強力な魔法だったな。
しかし、あんな強い魔法はそうそう何発も撃てないだろう」
「そりゃそうですよ」
この時、門将ローガンも参謀ヴィクトも魔王軍の火力を過小評価していた。
セセララビが攻められることなど、ここ100年近くない話だ。
まして、外門を破られたことなど国が興って数百年、一度もない。
門将といえど、実戦経験に乏しいのは仕方ない。
その経験の浅さからくる甘い見積もりだった。
実際に最初の一発など、魔王軍の試し撃ちに過ぎなかったのだ。
「魔王様、試し撃ち完了しました。なかなか強固な魔法壁ですが、我々の敵ではありませんな。
ここは魔導士隊の一斉砲撃で城壁を破りましょう」
「いや、破城魔将エルガを使え」
「!? いきなりですか?」
「帝都にわが魔王軍の恐ろしさを染み込ませるには手っ取り早いだろう?」
「確かに。あれを見れば、戦意喪失しますな」
「城壁まで100メートルの位置まで近づいてから、撃たせろ」
「相手の射程圏に入ってしまいますぞ」
「ふん、奴らの矢や魔法など防げぬ通りなどない。
攻撃が通らぬところに、エルガの一撃で城門を魔法壁ごと破壊したらどうなる?」
「さすが、魔王様です。奴らは絶望に染まりますな」
「我は、魔王ガルヴォート。まずは恐怖を人間に刻み込まねばなるまい?」
「その通りですな。それでは、破城魔将エルガの準備をさせましょう」
「魔法防御には絶牙魔将リュグナを使え」
「かしこまりました。徹底的に力の差を見せつけるのですな」
「飛行部隊はいかがしますか? 攻略は早くなりますが」
「今回は正面から叩き潰すゆえ、飛行部隊は出さないでいい」
「承知しました」
ローガンは魔王軍の第2波を警戒していたが、最初に撃ってきてから何もなく近づいてきている。
「門将、何も仕掛けてきませんね」
「うむ、魔法壁の硬さに遠距離攻撃を諦めたのか」
(あるいは、別の狙いがあるのか?)
それからも、魔王軍が攻撃してくることなく、こちらの射程距離200メートルを切った。
ローガンが、一斉射撃の指示を出す。
各指揮官が指揮を取る。
「撃ち方よーい。撃てーーーーー」
ビュン、ビュン、ビュビュン。
ブオーー。
弓が弧を描いて飛んでいき、炎、雷、氷などの魔法が真っ直ぐと敵を目掛けて飛んでいく。
すると、魔王軍側から一人の黒いローブを目深に被った者が出て来た。絶牙魔将リュグナである。
リュグナは右手を前に出す。
『絶対障壁』
すると、魔王軍の全面が薄紫の膜で覆われる。
そこに人間側の矢や魔法が殺到するが、矢は砕き、魔法は霧散させてしまった。
「なんだ、あれは!?」
ローガンは自分の目を疑った。
通常、この城壁にもある魔法壁は据え置き型の巨大な魔導装置を使ってある。
個人が魔法壁を張るにはせいぜい10人を守る程度で限界だということは常識だ。
それをあの者は一人で一軍全体に魔法壁を張った。
しかも、矢は砕け、魔法は霧散してしまった。
つまり、物理と魔法の両方を無効化してしまうのだ。
ローガンは魔法に詳しくはないが、それでもそんな障壁など人間界にはないと聞いたことがある。
初見の人間に対処できる魔法ではないかもしれない。
(まずいな。あの魔法の穴を見つけなければ、魔王軍が城壁に容易に辿り着いてしまう。
とにかく攻撃の手を緩めないで、様子を見よう)
「第2射、急がせろ! とにかく撃ち続けるんだ」
第2射第3射と続けるが、弱点はまるで見つからない。
いくら撃っても、虚しく障壁に消えるだけだった。
攻撃を打ち消しながら、ただ前進するだけの魔王軍に、城壁の兵全体が不気味さを感じた頃、魔王軍は100メートルの位置まで近づいた。
そこで、魔王軍の動きがとまる。
城壁の上の兵は何が起こるのかと、思わず射撃の手を緩めてしまう。
すると、魔王軍の中程に大きな荷竜車があり、荷台の上には布が被せてあったのだが、その布が持ち上がり始めた。
布が10メートルほどの高さまで上がると、それがずり落ちた。
中から出てきたのは、10メートルの身長に、額の左右に2本の大きなツノを持ち、落ち窪んだ目に蓬髪の筋骨隆々の人型の魔族だった。人間側はわからないことだが、破城魔将エルガだ。
「な、なんだ、あれは……」
「は、反則だろ……」
ローガンもヴィクトも絶句する。
その魔族はズシンと大きな足音を立てながら、前に出てくる。
エルガが大きな口を開けると、紫色の光が口に集まってくる。
集まった光は球状になっていく。
ローガンは焦った。
「あのでかい奴に一斉射撃だ。何もさせるなーーーーー」
しかし、エルガに辿り着く前にリュグナの絶対障壁によって防がれてしまう。
エルガは外門を真っ直ぐに見ている。
状況から見て外門に攻撃をするのだろう。
「目を狙えーーーーー」
ローガンは必死に叫び、兵たちは一斉射撃をするが、リュグナの絶対障壁の前では無力だった。
エルガが体を少し後ろにそらし、反動をつける。
エルガの貯めたエネルギーは今にも爆発しそうだ。
ローガンは悟った。
この魔法壁ではあれは防げない。
「総員待避ーーーーーーーーーー」
エルガが後ろに反った体を勢いをつけながらもどし、叫んだ。
「ガアアアアアアアアーーーーーー」
その瞬間、エルガの体の数倍もありそうな直径の魔力波が放出された。
魔力波は、真っ直ぐに外門にとび、魔法壁に衝突するが、通常の3倍の強さを誇る魔法壁は一瞬も持たないで消失。
そのまま外門にぶつかり、それを粉々に砕き、さらに帝都の街に飛んでいき魔力波の通り道にある石畳や建物を消失させていった。
北側の外門から南側の港までその射線上の全てを消し飛ばした。
ローガンもヴィクトも外門の上にいたが、間一髪直撃は避けられたが、衝撃で吹き飛び、瓦礫に埋まって意識をなくしていた。
ここに、数百年間一度も破られたことのなかった帝都の外門が破られた。
ーーーーーーーーーー 同時刻の美羽 ーーーーーーーーーーー
兵士を鼓舞して、身体強化もかけてあとは怪我人が来るのを待つだけだった。
コックリ……。
コックリ……。
コリンが慌てた声を出した。
「み、御使い様! ま、まさか、眠いんですか?」
「ん!? はっ、え、そ、そんなことないよ」
「い、今、コックリしてましたけど……」
「う、ご、ごめんね。えへへ、今日早かったから眠くなっちゃった」
「そうだったんですか。敵を前にして、やはり御使い様は大物ですね」
「う、うん、そうかなぁ。 怖いのは怖いよ。オーガたち。でも、眠さには勝てなくて……」
「うーん、困りましたね。もう直ぐ怪我人が運ばれてくると思うのですが……」
そこにきんちゃんが口を挟んだ。
「美羽様、眠いのなら寝たほうがいいですよ。美羽様はまだ小さいのですから、睡眠は大事です」
美羽が頬を膨らまして言い返す。
「もう! きんちゃんは過保護なんだから。寝ちゃったら、治癒できないでしょ」
「そうでもないですよ。美羽様は神気結界を眠っている時も張り続けることができます。
治癒を結界内にかけ続けていれば、怪我人を結界に入れるだけで、完治するでしょう」
「ええー、そうなの!」
それには美羽も驚いた。考えもしたことがなかったからだ。
「近くに寄るだけで、あらゆる病気が良くなると言われる癒しの神像の強力版です」
「むー、私は神像じゃないよ」
「もちろんです。さあ、そうと決まったら、早くお休みください」
「なんか、流された。きんちゃんは私が寝ると喜ぶよね」
「もちろんです。美羽様がたくさんお休みになれば、健やかに大きくなれますからね。私の望みです」
「もう。じゃあ、きんちゃんの言うように寝ながら治癒するよ」
そう言うと、美羽は収納リングから買ったばかりの天蓋付きベッドを出した。
ドン。
「ええー」
コリンが、巨大なベッドが急に現れたことに驚いた。
美羽は、眠くなりすぎて、そんなコリンを気にしていない。
『神気結界』
美羽を中心にして半径15メートルほどを桜色の光に包まれた結界が覆った。
『治癒。ずっと』
美羽が治癒を唱えると、桜の花びらが結界の中を舞った。
その幻想的な光景に治癒士たちは目を奪われる。
「コリン、おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい?」
美羽はベッドに寝転がるなりスヤァと眠ってしまった。
すごく気持ちよさそうだ。
「ね、寝ちゃった……だ、大丈夫かな?」
そこに、救護騎士が怪我人を連れて結界に入ってきた。
「怪我人だ。オーガの猛攻が厳しい、これからもっと増えるぞ」
コリンが慌てて対応する。
怪我人は腹を裂かれている。助からないかもしれない。ただ、心なしか桜の花びらが多く怪我人に集まっているように見えた。
救護騎士に指示を出す。
「そこに寝かせてください」
「分かった」
救護騎士が怪我人を横にすると、普通ではあり得ない異変にコリンも救護騎士も固まってしまう。
「あ、あの……、怪我は……」
「あ、いや、確かに腹を裂かれていたんだが……ないな」
「ま、まさか、これが?」
コリンは桜の花びらを手に乗せると、スーッと手のひらに溶けていってしまった。
「こ、これは」
「それが、美羽様の治癒の能力だ。その桜の花びらが触れると、怪我などたちどころに治ってしまう」
きんちゃんが、誇らしげに言った。
「こんなの見たことがない……」
「当たり前だ。美羽様独自の神気の使い方だからな」
「す、すごい」
そのあと、次から次へと運ばれてくる怪我人は、寝かせると同時に治っていくのだった。
しかし……。
「お母さん、これ食べたい。むにゃむにゃ」
美羽は幸せな夢を見ているだけだった。




