第117話 ハイオーガ
「なに、これ?」
「ウガアアア」
「ゴアアアア」
美羽が、治癒本部まで戻ると、20体のハイオーガがオーガの盾100枚に押し囲まれて、呻いている。
全方位から盾に強力に押し込まれているから、逃げられないようだ。
美羽に気付いたハイオーガ達は怒りの形相で一斉に美羽を見る。
「ひっ」
美羽の口から悲鳴が漏れた。
やはり、ブラックオーガを倒したといっても、『御使いモード』で倒しているのだ。
御使いモードを解いた今の美羽ではハイオーガは怖い。
「美羽様ー、ブラックオーガを単独討伐したのですね。おめでとうございます」
「きんちゃーん、これ何ー、怖いんだけどー」
すると、きんちゃんは金魚ちょうちんの体をクルンと回し、誇らしげに言った。
「美羽様の刀の練習のために、捕まえておきました!」
きんちゃんの目は期待で輝いている。
これは、犬が褒めて褒めてっていう目と同じだ。ブルハウンド達がそうだった。
「あ、ほんと。あ、ありがとうね、きんちゃん」
美羽はきんちゃんの頭を撫でる。
きんちゃんは嬉しそうに身を捩った。
(え? この流れって、やっぱり私がハイオーガを斬るんだよね。怖いよー)
ハイオーガの恐ろしさは、ブラックオーガほどではないが、いかつい顔に口から生えた鋭い牙、額にあるツノ、4メートルはある体の大きさ、筋骨隆々の肉体。
かなり恐ろしい。
「さあ、美羽様。ハイオーガを神刀コザクラで斬ってやってください」
「え、ええ〜」
美羽が戸惑う。
それを見たきんちゃんが不思議な顔をして言った。
「もしかして、美羽様。ハイオーガを斬るのはやりたくなかったですか?
ハッ、私が勝手に余計な気を回しただけなのでは。
美羽様のことでわからないなんて、なんたる不覚。美羽様の従魔失格です」
きんちゃんが見るからにしょげてしまった。
美羽はこれはいけないと思ってきんちゃんを励まそうとする。
でも、今回は本当にきんちゃんが余計な気を回しただけだから、フォローはどうしても決まりきっていて、
「そんなことないよ。私ね、ブラックオーガも斬ったんだよ。
もう少し斬った方がいいし、きんちゃんはナイスアシストだよ。
ありがとうね」
と、言うしかなかった。
きんちゃんは再び目を輝かした。
「おお、やはりそうでしたか。私が美羽様のことで間違えることなどあり得ませんからね」
きんちゃんがすごく嬉しそうに言う。
美羽は後に引けなくなってしまった。
(間違ってるよー、きんちゃーん)
「それでは、美羽様。このまま斬りますか? それとも盾を解除して、戦いますか? それとも、魔法で一発で滅しますか? あ、しかし魔法は威力が強すぎて危険ですね。それでは女神の手で握りつぶしますか?」
(えーん、どれもやだよー)
しかし、本当には泣くことができない。
仕方ないので、ハイオーガの方に歩いて行く。
ハイオーガと目が合う。
「グオオオオオ!」
(ヒイイイイイイイ)
ハイオーガに威嚇されて、縮み上がる美羽。
(怖い怖い怖い……そうだ、忘れてた)
『御使いモード』
美羽が御使いモードと口にすると、美羽から桜色の光が溢れ出し、背中に桜色の翼が生え、あたりに桜色の羽が漂う。
溢れ出す神気で桜色の髪は輝きながらなびき、桜色の瞳は一層美しく輝く。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおー、天使様だ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
周りにいた治癒士、冒険者、騎士達も感動している。
「美羽様、これが女神様に教わったという、新しい神気の使い方でしょうか?」
「そうだよ。怖がりの私にフィーナちゃんが作ってくれたの。これをすれば怖いのがなくなるんだよ。
他にも色々効果があるんだけどね。それで……似合う?」
「ええ、美羽様、とってもお綺麗です。普段から絶世の美少女ですが、今はすでに神の領域に入っています」
「えへへ、嬉しいけど、言い過ぎだよ。きんちゃん」
「言い過ぎなんてとんでもないですよ。美羽様の美しさは神がかっています」
「えへへ、ありがと。照れちゃうな〜。あ、そうだ、オーガね」
美羽が、左目の下の桜の花びらをぺりっと剥がすと、一瞬で刀に変わった。
そして、それは天に向かって伸び、20メートルほどの長さになった。
オーガに向かって言う。
「神刀コザクラよ。ハイオーガ達、これでまとめて首を斬ってあげ、あげ、……あげてもいいんだけど、何? その態度」
ハイオーガ達は全員項垂れていた。
ハイオーガ達は御使いモードを見た瞬間、悟ったのだ。
自分たちは死から逃れようもないと言うことを。
「ちょっと、さっきみたいに威嚇してきてよ」
「グルル……」
「あなた達は散々暴れたんでしょ」
「グル……」
「これからも人間を傷つけるつもりなんでしょ」
「グ……」
ハイオーガはすっかり萎れてしまった。
美羽は天を仰いで絶叫した。
「ああ、もう! これじゃあ斬れないよーーーーー」
きんちゃんがやって来た。
「美羽様、どうされますか? お優しい美羽様では、この態度のハイオーガを殺すことはできないでしょう。
私が殺しておきますか?」
(もう、最初からきんちゃんがやってくれればよかったんだよー)
美羽はジト目できんちゃんを見るが、きんちゃんは「?」と言う顔をして、わかっていない。
「もういいよ。ハイオーガに桜塵の誓いをかける」
桜塵の誓いは、人身売買をしていたゴルディアック商会の人間にかけた神呪だ。
悪いことをしたら、全身が桜の花びらになって、消え去ってしまう。
「美羽様がそれでよろしいなら、従います」
きんちゃんも美羽の意見を尊重する。
美羽がハイオーガに向かって言う。
「話がわからなくてもなんとなくは感じるんでしょ。聞きなさい。
今から神呪をあなた達にかけるわ。
これをかけられたら、悪いことはできない。身を守る時と生きるための時以外は戦えないわ。
もし残虐なことをしたら、桜の花びらになって消えてしまう。
だから、選ばせてあげる。今ここで私に切られて死ぬか、この神呪桜塵の誓いを受けて、残虐なことから離れた魔物生を送るか。どっちにする?」
「グルル」
「そう。分かったわ。それじゃあ、全員桜塵の誓いをかけるわ」
美羽の翼がバサリと一つ羽ばたいた。
すると、大量の桜の花びらが現れて、周囲一帯を埋め尽くすほど舞い回る。
息ができなくなるかと、感じてしまうほど、桜の花びらが陽の光を反射しながら舞っていく。
それらは全てハイオーガ達に降り注ぎ、ハイオーガたちが見えないほどの密度で包み込んだ。
そして、それはハイオーガ達に吸収されて行くように体に染み込んでいき、やがて消えた。
ハイオーガ達の左胸には、桜色の花びらがついていた。
「神呪はなったわ。もうこれで、あなた達はこれまでのような残虐なことはできない。する気も起きないだろうけどね」
そういうと、きんちゃんがハイオーガを抑えていた盾を収納魔法に回収した。
ハイオーガ達が一斉に膝をつく。
「前よりも言葉を理解できるようにはなっているはず。だから、聞きなさい。
これからは悪さをしていない人たちを襲ってはいけない。
悪いことをしている人たちはいいわ。今念話で送ったイメージのようなことをしている人たちよ。
困っている人がいたら、助けてあげなさい。でも、驚かせないように。
あなた達は、見た目がすごく恐ろしいのだから。
普段は森で暮らしていなさい。生きるための殺生はいいわ。
でも、人間はダメよ。あなた達が討伐対象になるわ。
あと、今イメージを送った人たちは最優先で守ってね。
クララたちよ。
いいかしら? そうだ、えへへ。私も守ってね」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「グルル」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
美羽は念話で、イメージを送りながら話した。
ハイオーガ達は神呪をかけた時に理解力を少しあげたから、スムーズに話が進んだ。
ついでに、美羽が守りたい人を守るようにお願いしておいた。
「オガタロ、あなたがこのハイオーガ達のリーダーよ。オガジロが副リーダーよ。
集落を作って、秩序を守って暮らしなさい」
美羽は南極のあの物語の犬の兄弟の名前にオガをつけてオガタロ、オガジロとし、以降オガとロをつけて、オガサブロ、オガシロ、オガゴロと続けて、オガニジュウロまでつけた。
ブルハウンドの時と同様の手抜きである。
オガジュウシチロなどは言いにくいのに、気にしない美羽であった。
実はメスのオーガも混じっていたのだが、それにもやはり気にしないでつけた、美羽だった。
「じゃあ、お前達も仲良く楽しく暮らすようにね」
「オガオガ」
話が済んだら、ハイオーガ達に森に行くように指示を出した。
ハイオーガ達はすっかり美羽に懐いてしまったので、名残惜しそうだったが、おとなしく森に向かって行った。
ちなみに、「オガオガ」と言っていたのは、美羽が「グルルとかガアアとか怖いからやだ。オガって言って」と言ったから、ハイオーガ達は「オガオガ」言うようになったのだった。
オーガ達が去っていった方を見ながら、美羽はドヤ顔になった。
「これにて一見落ちゃ……いやーーーー、来ないでーーーーー」
美羽が名奉行の真似をしようと振り返ったら、いまだに治癒されていない、千数百人もの手足がちぎれたり、ハラワタが飛び出したり、上下の体が泣き別れになっている者達が、よろよろと近寄って来ていた。
絶望的な数のゾンビに囲まれるアレである。
「アーーーーーン、もうやだーーーーーーー」
美羽はあまりの恐ろしさに泣き出してしまった。
それにしても美羽の身体強化のおかげとはいえ、よく生きているものである。
この後、御使いモードになった美羽が、女神の手を駆使して、ちぎれた手足や下半身をパズルのように組み立てながら、治癒をしていった。
美羽の治癒は欠損を生やすこともできるが、それだと残った部分が怖いから、手間だが残らずくっつけたのだった。
そのあと、膝を抱えて拗ねている美羽に治癒士のコリンが声をかける。
「大丈夫ですか? 御使い様?」
「もうやだ。もう、オーガも、バラバラ人間もやだーーーーー!」
美羽の心の叫びだった。




