第115話 きんちゃん圧倒的
美羽が、ブラックオーガを『女神の手』で投げる少し前、治癒本部。
「御使い様、お逃げください。オーガが迫ってきています!」
コリンが血相を変えて天幕の中に入って来て、言った。
「オーガ? 来たの? 怖いなぁ」
「言ってる場合じゃありません。すぐ逃げないと危険です」
ともすると、美羽の呑気な返しにコリンが焦れながら言う。
「じゃあ、とりあえず外に出よう」
外に出ると、肩車したオーガが円形に走りながら、騎士たちを跳ね飛ばし、切り刻みながら、近寄ってくる。
「何あれ! 怖っ!」
「御使い様は本部の人が騎馬で助けに来てくれるはずです。それに乗って逃げてください」
美羽が本部の方を見ると、確かにロイドたちが馬に乗り込んだ。
そして、美羽たちがいる治癒本部とは別の方に走り始めた。
「助けに来てくれないみたいだよ」
「なっ! いざという時には御使い様を最優先でお守りするように、上からも通達が来ているって聞いていたのに」
「ロイドはやっぱり裏切ったか……そういう人っているよね」
美羽は、ロイドがそう言う人間だと思っていたから、別に驚かない。
対してコリンは申し訳なさそうだ。
「申し訳ありません。御使い様。巻き込んでしまったのに、お助けすることもできないなんて」
「大丈夫だよ。オーガは怖いけど、なんとかなるはずだから」
「なんとか……ですか?」
美羽は、すでにオーガの方を見ている。
オーガの円のそばにいた、一際大きいハイオーガとさらに大きいブラックオーガのうち、ブラックオーガが、何事かハイオーガに指示をして、当のブラックオーガは逃げ去ったロイドの方に走り始めた。
「きんちゃん、あれって」
「はい、逃げたロイド達をブラックオーガが追い始めたようです。
どうやら、今回はこの戦場のものを誰一人残さずに殺すつもりのようですね」
「このままだと、ロイドは助からないね」
「自業自得かと。それに、あの者が美羽様を裏切ったのは2度目です。このまま放っておけばいいでしょう」
「うーん、勘だけど、ロイドは助けておいた方がいいみたいなんだよね」
「……そうですか。それなら勘の通り動いた方がいいでしょうね。
それでは不本意ですが、助けにいきましょうか」
「ううん、私だけ行ってくるよ。きんちゃんは、あのクルクル回ってるオーガを処分しておいて」
「大丈夫でしょうか? 美羽様、ブラックオーガはかなり怖いですよ」
「うん、この間神界に行った時に、フィーナちゃんに伝えられた神気の使い方があったの。
試してないけど、それを使えばトラウマもなんとかなるはず」
「そうですか……」
きんちゃんはまだ心配そうで、金魚ちょうちんの体を捻って考える。
「大丈夫だってば。きんちゃん。行ってくるよ。ここはよろしくね」
「あっ、美羽様ー」
美羽が駆け出していってしまった。
美羽に忠実なきんちゃんは、言われてしまった以上、美羽を信じて言われたことを実行しなければならない。
デスサークルがすぐそばまで近づいて来ている。
「逃げろー」
治癒士の一人が叫んだことで、全体が逃げようとしたが、すでにハイオーガが周囲を取り囲んで逃げることができなかった。
逃げ道にハイオーガ、そして迫り来るオーガの殺人的な円運動。治癒士を含む90人ほどの後方支援達が絶望に顔を歪ませた時、自分たちとデスサークルの間の空中に無数の剣や斧や岩が現れた。
全て、デスサークルに向いている。
オーガは盾を構えて円運動のまま突き進んでくる。
「知能がある動きをしても、所詮は魔物だな。危険を感知する能力はないようだ。
でもそうだな。回ってくれているおかげで手間が省けるぞ。『行け』」
きんちゃんが言うと、肩車の上の位置の一カ所を狙って、剣や斧や岩が高速で殺到する。
一カ所に一度に殺到して来たために、オーガの盾でも防ぎきれずに、オーガが爆散する。
そして、次から次へとオーガがその位置に円で回ってくる。来たオーガは逃げることも叶わずに次々と爆散していく。
そして、一周する頃には肩車の上に乗ったオーガは全員いなくなっていた。
それでも、オーガは命令が走り続けることだったから止まれずに、回っている。
きんちゃんは次に、走っているオーガに狙いを定めて、武器を大量に射出していった。
オーガの動きは早いために、あっという間に外の円は一体もいない状態になった。
ここまでの異変になれば、さすがにオーガもわかる。
内側の円は足を止めて、密集しようとした。
しかし、遅かった。
きんちゃんは爆散したオーガ達が使っていた大剣や盾まで浮遊魔法で取り込み、オーガを全方向、包囲した。
オーガ達が困惑を顔に浮かべる。
「死ね」
きんちゃんの一言と同時に、様々な武器が高速で射出された。
全方位から来られては、オーガの盾も役に立たずにオーガは残らず爆散した。
ハイオーガ達は一瞬にして無くなってしまった、デスサークルに困惑したが、とりあえず目の前の人間を倒すことにしたらしい。
一体のハイオーガが近くの治癒士に向かって大剣を振りおろす。
「うわああああああ」
ガキーン……。
きんちゃんの操る、オーガの持っていた盾が、大剣を防いだ。
ハイオーガは目を疑った。
いかにオーガの盾が強靭でも、ハイオーガの膂力を防ぐのは不可能なはずだ。
それが現実に防げてしまっている。
「ウガアアアアア」
そのハイオーガが他のハイオーガにも呼びかけた。
すると、ハイオーガ20体全員で、治癒士を狙って、大剣を振り下ろした。
ガガガガガガガガキーン。
耳障りの悪い音がそこらじゅうで起こるが、どの個体の大剣も治癒士には届いていなかった。
なぜなら、ハイオーガ達の目の前には、ずらりとオーガ100体分の盾が並んでいたからだ。
きんちゃんが並べたのだ。
「ハイオーガども。私は美羽様に円のオーガをなんとかしろとしか言われていない。
美羽様はお前達を経験のために斬るつもりなのだろう。すこし待っていろ」
きんちゃんがそう言うと、ハイオーガの前にあった盾がオーガ達を包囲し狭まっていった。
ハイオーガは盾を斬りつたり殴ったりしてみるがびくともせずに、押し込まれて、一塊にされてしまった。
外側をオーガの100枚の盾が所狭しと押し込んできて、全く身動きがとれない。
美羽に忠実なきんちゃんは、このまま、美羽が戻ってくるまで待つつもりだ。
……きんちゃんは、美羽の気持ちを汲み取ったつもりで、ハイオーガを残しておいたが、美羽としては残して欲しいとは全く思っていなかった。ただ、倒すように言い忘れてしまっただけである。
なぜなら、美羽はスプラッタな場面を自分で起こしたいとは思っていない。吐いてしまうから。
きんちゃんの仕事をした感のある表情が痛い……。




