第114話 ゾンビ
開戦から1時間。
戦場では、オーガの無尽蔵の体力によってデスサークルが展開されている。
止める手段もないまま、次々に倒れる騎士や傭兵、冒険者達。
オーガは、負担の少ない内側の円と消耗の大きい外側の円が定期的にうまく入れ替えている。
これでは、ますますデスサークルに隙がない。
人間側2000名のうち動けるのは、すでに冒険者の数パーティーという絶望的な状況だった。
残っているパーティーの中にA級パーティーとギルド長とギルドの講師で構成された強力なパーティーはある。
それでも、もはや、戦況をひっくり返すのは不可能だろう。
撤退のタイミングもすでに逃してしまっている。
すぐに、残ったパーティーもデスサークルとブラックオーガ達にやられるはずだ。
無事でいる者達の誰もが思っていた。「逃げたい」と。
しかし、怪我人を残し、逃げ帰ることもできない。
冒険者は、自己責任だが、さすがにここで逃げることは、冒険者としての将来を棒に振るのと同じことだから、引くことはできなかった。
そんな、皆が絶望の中、ギルド長のガルドだけは、ある不思議な光景に目が奪われていた。
まず、手足が切れて倒れているものが多いのに、死んでいるものがほとんどいない。
内臓が飛び出している者も多数いるのに、誰もがまだ生きている。
今まで、数多くの戦場を経験したガルドにも見たことがない光景だった。
「ギルド長! オーガどもが残った作戦本部と後方支援の方に向かっているぞ」
「ぬう、あそこには御使い様がいる。御使い様だけは守らなければならない。急いで向かうぞ」
「「「「おう」」」」
残った数パーティーが追うが、オーガの動きは円を描いている割に速い。
なかなか、追いつけない。
斥候職は足が速いために、すでに追いついているが、彼らの攻撃力ではオーガのデスサークルを止めることができない。
特務中隊長のロイドとその取り巻きが、デスサークルの接近に気がついた。
それを見たガルドが声の限りに叫ぶ。
「ロイドーーーーーーー! 御使い様を守れーーーーーーー!」
ロイドに声が届いたようで、こちらを向く。
そして、美羽のいる治癒班の方を見る。
「気がついたか!」
ガルドは安堵の声を漏らす。
が、それも束の間、なんとロイドは自分と作戦本部の人間だけで馬に乗って逃げてしまった。
「なっ! 馬鹿野郎がーーーー! 御使い様、最優先だろうがーーーー!」
ロイドにはしっかりと声が聞こえていた。
しかし、あえて逃げることを選んだ。
「ガルド、何を言ってる。あんなオーガを目の前にして、御使い様を助けている暇などない!
御使いなんだから、自分でなんとかすればいいんだ」
「その通りです! 中隊長! 我々には、特務中隊を建て直さなければならない責任があるのです」
「そうだな。一度このまま撤退をする」
騎士団も傭兵も冒険者も後方支援も御使いも全て捨てて逃げてしまった。
全力で馬を走らせるロイド達。
これだけ逃げれば、大丈夫かと思い後ろをチラリと見ると、なんと、ブラックオーガが追ってきていた。
全力の馬に迫ってきている。5メートルの巨体に加えた恐るべき脚力。
「う、うわああああああああ」
ロイド達は狂ったように馬に鞭を入れる。
しかし、ブラックオーガの足ははるかにそれを上回っていた。
ついにロイドの乗る馬にブラックオーガが並んだ。
「ひっ!」
ロイドは口から、悲鳴を漏らす。
そして、その悲鳴が終わるか終わらないかの時に、ブラックオーガが大剣を横凪にした。
ロイドと隣の取り巻きは無惨に斬られ、落馬した。
あと、数回ブラックオーガが大剣を振ることで、逃げ出した全員が落馬し、沈黙した。
一番に斬られたロイドは、体が真っ二つになっていたが、まだ生きていた。
不思議と、痛みは少ない。
(た、助かるのか?)
そう期待してしまうほどには、体は楽だった。
まるで治癒を受けているようだ。
(ああ、そうか。御使い様の身体強化は治癒の効果もあったんだ。俺が即死しなかったのも、まだ生きているのも御使い様の力なんだな。)
ブラックオーガが大きな足音をたて、歩いて近づいてきている。
(騎士達も死んでいるものが少ないのは知っていた。あれだけの攻撃を受けて不思議だった。でも、これならわかるな。
御使い様の力は偉大だ。その御使い様を見捨てて逃げてしまったんだよなぁ)
ブラックオーガが目の前に来た。
(思えば、御使い様には酷いことをした。恩を返すと言いながら、戦場を嫌がる御使い様を連れてきてしまった。
今となっては、信用されないタイプの人間だって、御使い様に言われたのは堪えるなぁ。あの時は自己防衛しかしなかったけど……2回も裏切ってしまったなぁ。どうして私はこうなんだろう)
ブラックオーガの足が上がる。
(ああ、御使い様に謝りたいなぁ。今度こそ裏切らないようにしたいなぁ)
ロイドの目から一筋の涙が溢れる。
オーガの足が、ロイドの頭に勢いよく下された。
ロイドは目を瞑る。
『女神の手』
ロイドは踏み潰されたと思ったが、一向に踏み潰されていなかった。
目を開けてみると、ブラックオーガの足を桜色の手が掴んでいた。
その手の先には美羽がいた。
(御使い様、まさか見捨てた俺を助けにきてくれたのか? 2度も裏切ったのに?)
「逃げたなら、助かるんだろうと思ったんだけど、ブラックオーガが追いかけて行ったから、私も来ちゃった」
美羽は背中から生える女神の手を横に振り、ブラックオーガを無造作に投げた。
ブラックオーガはバウンドをしながら、飛んでいき20メートル先の大岩に勢いよくぶつかった。
「大丈夫? 身体強化がかかってるから、すぐには死なないはずだけど……ね」
美羽の言葉が尻すぼみに小さくなっていく。顔色も青くなっていった。
ロイドが、涙を流しながら、手を伸ばして言った。
「御使い様〜」
「きゃーーー! 来ないでーーーー!」
感動して、美羽に近づくロイドに、青い顔をしながら力いっぱい悲鳴をあげる美羽。
上半身しかない体の切れた断面から、内臓がはみ出して、血の跡を残しながら、ずるずると近づいてきて、手を伸ばして、美羽のことを呼ぶ。
まさにゾンビ映画のアレだった。
美羽が悲鳴をあげてしまうのも無理はない。




