第110話 接敵
『美羽様、おはようございます』
まだ暗い時間、美羽の頭の中に声が響く。
きんちゃんが念話で美羽に話しかけている。
「ん、ん〜」
少し唸りながら、身じろぎする。
その先に、イザベルの体と温もりを見つけ、そのまま抱きつく。
(ふぁ、お母さん気持ちいい。これが幸せって言うんだよぉ。この世界に来れてよかった。
お母さんにこの気持ち伝えたいな。帰ってきたら伝えよう)
『美羽様、起きていますよね』
『あと、5分〜』
『そうですか、あと5分ですね』
美羽はイザベルの体に身を委ねた。
(お母さんの体柔らかーい)
『美羽様、起きてください』
『ん〜、あと5分』
『そうですか、仕方ないですね。幸せそうですもんね』
美羽はイザベルの手を握り感触を確かめながら眠りに落ちた。
(お母さんの手、安心するー)
『美羽様、起きてください』
『ん〜、あと、5分』
『そうですか。イザベルとの時間は大切ですもんね』
あと、これが5回続いた。
『はっ、きんちゃん今何時?』
『2時半です』
『え、教会に行ってから行こうと思ってたのに。きんちゃん起こしてよぉ〜』
『あまりにも気持ちよさそうですので強くは言えず』
『もう、過保護だよ〜』
『はい、私は美羽様のために存在してますから。騎士たちなど待たせておけばいいのですし』
『まあ、きんちゃんはそうだよね。起きなかった私が悪いよ』
美羽は、イザベルを起こさないようにして、ベッドから抜け出る。
モスグリーンのナイトドレスのまま洗面所で顔を洗い、寝癖を整える。
そして化粧台の前に行き、クルンと鏡の前で一回転。
一瞬にして、ナイトドレスからいつもの白いワンピースになった。
(ママに買ってもらって、フィーナちゃんに神改造してもらったワンピースはすごいね。
汚れは自動で綺麗になるし、形は変わるし、一枚あれば十分なんだよね。まあ、色々服は欲しいけど)
静かに部屋を出て行こうとすると、声をかけられた。
「ミウちゃん、もう行くの?」
「あ。お母さん、ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん、私のほうこそ、準備を手伝ってあげられなくてごめんね」
「いいんだよ、することないし。もう行くんだ。ずっと、お母さんにくっついていたいけど」
「私も、ミウちゃんをずっと抱っこしていたいわ」
「えへへ、お母さんに言われるの嬉しい」
「ミウちゃん、無事に帰ってきてね」
「うん、約束だよね。ちゃんとただいまって言う。それでね、帰ってきたら、お母さんに伝えたいことができたの」
「なぁに?」
「帰ってから、ゆっくり言うよ。大したことじゃないんだけどね」
「まあ、ミウちゃんが言ってくれることなら、お母さんきっと嬉しいわ」
「お母さんが喜んでくれたら、私も嬉しい」
「ミウちゃんはいい子ね」
イザベルが、ミウを抱き上げて抱きしめる。
ミウも抱きしめ返す。
放してなるものかとばかりに。
2人はお互いの体温を感じ合う。
心地よくて、このままでいたいと思ってしまう2人。
しかし、いつまでもそうしていられない。
イザベルに下されて、美羽は少し寂しそうな顔をするが、笑顔になってイザベルに言う。
「行ってきます。お母さん」
「行ってらっしゃい、ミウちゃん」
部屋を出て少し歩くと、真っ暗な中、前に人影があった。
(誰だろ、まだこんなに暗いのに)
人影は皇帝ウォーレンだった。
「皇帝……どうしたの?」
「おお、ミウちゃん。待っていたんだよ」
「いつくるかわからないのに……、体に悪いよ」
「ふっ、娘のためなら、多少の睡眠不足など、かまわない」
美羽が心底不思議そうに首を傾げて言う。
「娘? 誰?」
ウォーレンがガーンとショックを受けたような顔をする。
言葉が出ない。
「冗談だよ。お父さん」
美羽がイタズラっぽく笑いながら言った。
ウォーレンは心底安心し、とても嬉しそうに笑った。
「わっはっ!?」
美羽が皇帝の口を背中から生えた桜色の女神の手で押さえた。
「黙れ、お父さん」
しかし、いつもの「黙れ、皇帝」でなく、お父さんと言ってもらったことに、ウォーレンは顔を真っ赤にして喜びながら首を盾に振った。
女神の手を離すと、ウォーレンはおずおずと言ってきた。
「ミウちゃん、抱きしめてもいいかな?」
「……え、やだ、きもい」
(やだ、きもい。やだ、きもい。やだ、きもい……)
ウォーレンは頭の中で、やだ、きもいを反芻しながら愕然とした表情で固まる。
そんなウォーレンを見ながら、美羽はクスッと笑う。
「もう、しょうがない人だなぁ。お父さんは」
そう言って、ウォーレンの腰あたりにミウが抱きついた。
まだ、男にくっつくのは硬くなってしまうが、2回目だから、少しマシな気がする。
ウォーレンは我に帰って、ミウのことを抱き返した。
そして、にこやかな笑顔になりながら言った。
「そうなんだよ。お父さんはしょうがないやつだから、早く帰ってきてな」
美羽は顔を上げながら、にこりと笑って返す。
「うん! 行ってきます!」
美羽は、暗い廊下を音も立てずに走り去っていった。
ウォーレンの横にはいつの間にか男がいた。
「陛下、よかったですな」
「うん」
「陛下、口調に威厳がなくなってますぞ」
「うん」
「ふう」
広場に行くと、騎士1500人と冒険者傭兵合わせて500人ほど。
2000名もの人々が集まっていた。
見覚えのある顔が2名、話していた。
ギルド長ガルドと特務中隊中隊長のロイドである。
美羽のことを見つけると、ガルドが手を振り、ロイドは視線を逸らして、そのまま去っていった。
「あらら、行っちゃった」
「先日のことで、気まずいのでしょう。美羽様」
「そうなんだろうね、きんちゃん。でも、お城であれほど私のこと言いふらしていたのにね」
「あの男は芯がなさすぎます。油断なされないように。往々として、ああいう無能に足を引っ張られることがあります」
「そっか、わかったよ。気をつけるね」
そう話していると、ガルドが近寄ってきた。
「ミウ様、おはようございます」
「おはよう、ガルド」
「美羽様は私のそばで行軍してください。その方が何かあった時に対応しやすいので」
「わかったよ〜」
「それではそろそろ出発します」
「あ、待って」
「はい?」
「いつもより疲れないで、早く移動できるようにするね」
『身体強化魔法』
すると、2000人全員の体が銀色に光り始めた。
ガルドが自分の手のひらの銀の光を見て、美羽に聞く。
「ミウ様、これはなんですか? 銀色に光ってますが……」
「身体強化魔法だよ。あんまり強くすると、慣れてない人はコントロールが効かなくなるから、1.25倍くらいにしてるの。
それでも、普段よりもずっと動けるはずだよ。銀色に光っているのは私の魔力の色だよ」
「これだけの人数に身体強化魔法とは。それに銀色の魔力とは聞いたことがありません」
騎士や冒険者たちも口々に驚いている。
「おお、なんだこれは」
「体が軽いぞ」
「これなら何キロでも歩けそうだ」
「これは天使様がやってくれたんだ」
「おお、さすが天使様!」
身体強化をかけることで士気も上がり、意気揚々と出発した。
途中で外門に門将ローガンがいて、美羽に手を振っていた。
美羽もにこやかに手を振りかえして応えた。
行軍は、美羽の身体強化のおかげで順調で、予定よりも1時間ほど早く目標地に辿り着いた。
ここで、一息入れてから、陣形を組む。
騎士たちは前列に盾を並べ、後列に長槍そして弓と魔法士隊を配置した。
そして騎馬隊200 遊撃隊500 冒険者と傭兵500も遊撃隊になった。
作戦本部と後方支援は100名。うち治癒士は20名である。
「こんなに治癒士がいたら、私は出番ないかもね〜」
呑気にきんちゃんに話していると、若い女性の治癒士が口を挟んできた。
「何をおっしゃいますか。御使い様の治癒魔法には皆が期待しています」
(私のは神気だから、治癒魔法じゃないんだけどね。治癒魔法使うと魔力が暴走して患者を吹っ飛ばしそうだよ)
「あ、失礼しました。私、帝都騎士団後方支援隊治癒中隊所属のコリンと申します」
「小桜美羽だよ。こっちはきんちゃん」
「お話しさせていただいて光栄です。話には聞いていたのですが、本当にお子様なのですね」
「心配?」
「いえいえ、心配なんてとんでもないです。御使い様のお力は散々伺っておりますから」
「そうなの? よろしくね。コリン」
「よろしくお願いします」
コリンと話をしながら、前進する騎士たちについていくと、 全体が止まった。
そこは朝日が照らす大きな草原だった。
風が吹き、草が弧を描いて揺れていく。
騎士の向こうに見えるのは、遠目からも巨大とわかる人型の魔物、オーガだった。




