第107話 神界
チチチ……チチチ。
どこかで小鳥の鳴き声が聞こえる。
外は明るくなり始めているが、カーテンの引いてある部屋の中は薄暗い。
天蓋のついた豪華なベッドで美羽はぱっちりと目を開いた。
横を見ると、イザベルが寝息を立てている。
(お母さん、綺麗だなぁ。お母さんかぁ……私のお母さんなんだ。うふふ、抱きついちゃお)
美羽は、布団に潜りイザベルのスタイルのいい体に抱きつく。
(ふわぁ、あったかーい。それにいい匂いだし気持ちいい。ずっと、こうしていたい)
しばらく抱きついていると、イザベルが起きた気配がする。
美羽は見つからないように布団に完全に隠れる。でも、分かるようにイザベルのウエストをキュッと抱きしめる。
すると、イザベルの声が聞こえる。
「あら、私の可愛いミウちゃんがいないわ。どこにいったのかしら〜」
イザベルが美羽がいたあたりの布団をぽんぽんと叩く。
「いないわねぇ。どこにいったのかしら〜」
美羽がさらにイザベルのウエストを強く抱きしめる。
「もしかして〜、ここかな!」
そう言いながら、布団を捲り上げた。
イザベルのウエストにしがみついた美羽の姿が露わになった。
「見つけた〜」
「きゃー!」
イザベルが美羽を抱きしめる。
「うふふ、ミウちゃん、おはよう」
「えへへ、お母さん、おはよう」
二人は笑顔で見つめあった。
二人の顔には幸せが溢れていた。
朝食の後、美羽は教会に来ていた。
最近では、その気になれば教会でなくとも、レスフィーナと会話だけならすることができるのだが、教会ではレスフィーナが美羽の神気を媒介に顕現することができる。
電話で済ますのと実際に会って話すというくらいの違いがある。
今日は会いたい気分になったのだ。
例によって、レスフィーナ像の前で膝をつき、目を瞑り集中する。
すると、美羽の体から神気が溢れ出し、桜の花びらが舞う。
いつもなら、レスフィーナが顕現する頃だ。
(そろそろかな……え?)
一瞬、体が浮いたと思ったら、すぐに着地した感覚があった。
そして、目を閉じていても分かるくらい、明らかに周りの空気が神気を帯びている。
空気だけではない、周りのもの全てが神気を帯びているように感じる。
(こんなところ、私は一つしか知らない。もしかして……)
恐る恐る目を開けると、思った通り神界のレスフィーナのいた庭園だった。
この世界に来た時最初に来たところ。
レスフィーナに出会ったところ。
母の美玲が亡くなってから初めて泣いたところ。
神気のことを学んだところ。
きんちゃんを作ったところ。
まだ、2ヶ月も経っていないはずなのに、すごく懐かしい気がする。
後ろから、目を隠された。
「だーれだ?」
「ふふふ。えー、わかんないなー」
「あっ、ひっどーい。私のことがわからないなんて」
「あ、もしかしてフィーナちゃん?」
「あったりー。賞品はほっぺにチューです」
レスフィーナが美羽の頬にチュッとキスをしてきた。
キスの感触と同時に新しい神気の使い方が伝わってきた。
これは興味深い使い方だが、今の美羽は……。
「きゃー、嬉しい。私も〜」
それどころじゃなく、美羽もレスフィーナの頬にキスをする。
「きゃー、ミウちゃんにチューされちゃったー。もう一回する〜」
そうやって、お互いで新しい神気の使い方のことなど忘れて、キャーキャーとキスの応酬を続けたのだった。
「そろそろ、私たちを紹介してくれないかしら? 美羽ちゃんがいられる時間だって、長くないんでしょ」
美羽の背後から声が聞こえてきた。
そちらを見ると、薄緑色の髪と目に同じ色の衣を纏った綺麗な女性が立っていた。
(神様?)
「そうよ、美羽ちゃん。初めまして、私は治癒の神セリスよ」
「そして、私が愛の女神ラヴィアよぉ。よろしくねぇ、美羽ちゃん」
さっきはいなかったはずなのに、いつの間にかセリスの隣に金髪碧眼のラヴィアと名乗る女神が現れていた。
「セリス様、ラヴィア様、よろしくお願いします」
「あらぁ、礼儀正しい子は好きよ。でも、レスフィーナと同じように話して欲しいわ。
そうね、私のことはラヴィアちゃんって言ってもらえるかしら」
「じゃあ、私はセリスちゃんって呼んで」
「うん、わかった。ラヴィアちゃん、セリスちゃん」
こういう時の美羽は相手が神様とて物おじしない。
すぐにちゃん付けで呼び始めた。
「何よ、結局自分で自己紹介しちゃってるじゃない」
レスフィーナがそういうが、背後から別の声が聞こえる。
「レスフィーナが早く紹介しないからだぜ。待ちくたびれたぜ」
美羽がそちらを向くと、地球の獅子のような見た目の神と筋骨隆々の神、なんとなく触れ難い雰囲気を持つ神たちが立っていた。
(日本では神様は柱って数えるけど、この世界では1神2神って数えるんだっけ。
それにしても、神様ってフィーナちゃんの他にもいたんだよね。
記憶にはあったけど、実際に会うなんて思わなかったから、ちょっと驚いちゃう)
今度はレスフィーナが紹介してくれた。
「獅子みたいな見た目が獣神ルヴァーン、ムキムキなのが戦神アルモス、それと運命神フィオスよ。美羽ちゃん。
脳筋1号、脳筋2号、陰気って覚えておけばいいよ」
「「おい!」」
「……」
ルヴァーンとアルモスがマッスルポーズを決めながら声を合わせツッコミ、フィオスが無言だ。
あながち、レスフィーナの紹介は間違えではなかったかもしれない。
「え、と、脳筋1号にのうき」
「「真に受けるな!」」
「……」
美羽が、覚えようとすると、再び突っ込む脳筋二神と無言の陰気神。
「あ、そうか。えへへ」
美羽が笑顔になって、誤魔化す。
「「おお、可愛い!」」
「……」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「可愛いー」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
急に声が聞こえるからそちらを見たら、かなりの神数が集まっていた。
「え、え、フィーナちゃん。すごく、いっぱいいるけど」
「多すぎるから、一人一人の紹介はできないわ。
みんなから美羽ちゃんに会わせろって言われてね。
それで今日来てもらったの。ごめんね。嫌だったかな」
「ううん、会いたいって言ってくれたのは嬉しいから、大丈夫だよ。フィーナちゃん」
そういうと、美羽は神たちの方に一歩進み出て、
「神様の皆様、会いたいって言ってくれてありがとうございます。小桜美羽っていいます。
美羽って呼んでください。
皆様にお会いできてとても嬉しいです」
と、言ってにっこりと微笑んだ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「いい子だ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
神々がそう口を揃えて言うと、今度は口々に喋り始めた。
「美羽ちゃん、俺のところの眷属にこいよ」
「今度、私が神界スイーツご馳走するからおいで」
「神様がいいもの持ってるから、うちにおいで」
「神様が剣術を教えてあげるからおいで。好きだよね、剣術」
数十の神が一斉に喋り出すから、美羽は目がぐるぐる回り、何が何だかわからなくなる。
それに、明らかに誘拐犯みたいなことを言っている神もいた。
それでも、答えようとしていると、
ゴロゴロピシャーン!
神達に雷が落ちた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うぎゃあああああ」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「一気に喋ったら、美羽ちゃんが困るでしょーが!」
雷を落としたのはレスフィーナだった。
神たちが、地面に転がっている。
「か、神様たち大丈夫?」
「大丈夫よ、あれくらいがちょうどいいのよ」
「ちょ、ちょうど……いい?」
「さ、あいつらが静かなうちに話を進めましょう。フィオス」
そう言うと、フィオスが近づいてきた。
「それでは、この運命神フィオスが、今日呼んだわけと今後のことについて話そう」
「フィオス様が教えてくれるのですか?」
「フィオスで良いぞ、幼子よ」
「ルヴァーンちゃんって呼んでくれ」
「わしはアルモスちゃんでいいぞ」
「脳筋二人にちゃんづけしろなんて、美羽ちゃんが可哀想でしょ」
レスフィーナが突っ込むが、美羽は笑った。
「あはは、フィーナちゃん大丈夫だよ。フィオスにルヴァーンちゃんにアルモスちゃん、よろしくね」
「うむ、よろしく頼む。幼子よ」
「よろしく頼むぞ、美羽」
「よろしくな、美羽。それと、ありがとうな。獣人たちを助けてくれてな」
「ルヴァーンちゃん、シアちゃんたちのことかな? 私がしたかったことだから気にしないで」
「ああ、だとしても、俺も美羽にお礼がしたいからな。今度困ったときに手を貸すぜ」
「ありがとう、ルヴァーンちゃん」
「それでは話そう、幼子よ」
フィオスが話すところによると、近いうちに運命神でも見通すことができない時が来るらしい。
その後は、激動の運命が待っていると言うことだった。
「どうしてフィオスでも見通せないの?」
「すまない、それは言うことができない。言ってしまえば、容易に未来が変わり最悪の最悪が起こりかねない。
それくらい強力な力が働いている」
「そうなんだ。じゃあ、激動の運命ってどんなことが起こるの? そこは見通せてるんでしょ」
「それも言えない。幼子にとって、それは成長するための試練。乗り越えなければならないのだ」
「ええ、怖い。乗り越えられないとどうなるの?」
「死が待っているだろう」
「すごく怖いんだけど……避けられないんだね」
「避けられぬ」
そこで、レスフィーナが口をはさむ。
「ごめんね、美羽ちゃん。あなたには楽しい毎日を過ごして欲しかったんだけど、避けられないみたいなの。それに、人間は、試練が来たときに乗り越えなければいけないのよ。本当にごめんね」
レスフィーナが下を向く。
それを見た美羽はフゥと、息を吐き、レスフィーナの頬に手を添える。
「フィーナちゃん、大丈夫。フィーナちゃんに助けられたこの命。フィーナちゃんが言うように楽しい毎日を過ごすって誓うよ。辛いことがあっても、楽しいことを見つけるからね」
「美羽ちゃん……」
「そんな顔をしないで、フィーナちゃん。私は大丈夫だよ」
そう言うと、フィーナが抱きついてきた。
「ごめんね。本当は私が危ないことなんて全部無くしてあげたいの」
「うん」
「でも、それはできないことなの。それが申し訳ないの」
「そんなことないよ。私に必要なことなんでしょ」
「うん」
「それなら大丈夫。乗り越えるからね。泣かないでフィーナちゃん」
「泣いてないよぉ」
「ふふふ、泣いてるよぉ。知ってるんだから」
「むー、美羽ちゃんの意地悪」
「うふふ」
「ふふふ」
タイミングを待っていた、フィオスが話し始める。
「幼子よ。お前のこれから始まる人生に神々にしてやれることは多くない。
しかし、できることもある。これがその一つだ」
いつの間にか、フィオスの手のひらの上にカードの束がのっていた。
「なーに? カード?」
「幼子のいた地球で言うとオラクルカードというものだ。知っているだろう?」
「うん、占いで使うものだよね」
「そうだ、幼子は占いを直感で行うのだろう?」
「うん、やってるよ」
「それよりもこれを使えば精度が高くなる。一枚一枚にここにいる神全ての加護が込められているからな」
「え、だから、こんなに集まってくれてるの?」
「純粋に幼子に会いたかったようだが、私が一神一神加護をつけさせた」
「すごいカードだね」
「ふっ、そうだな。すごいカードだ。他には存在し得ないカードだぞ。これを其方に授けよう」
フィオスがオラクルカードを美羽に渡した。
カードの裏面には満開の桜の木が描かれている。
(やっぱり私のために作ってくれたんだなぁ)
レスフィーナも桜色の神だが、桜の木のイメージは美羽の方が強い。
そう考えると、美羽のためのカードだと思っていいだろう。
「一番簡単な使い方は、知りたいことや得たいことを頭に浮かべて一枚引くことだ。
カードにはここにいる神一人一人の絵が入っている。当たった神のカードが力を貸してくれたり、指針をくれたりするだろう。ここにいる神は、レスフィーナも含めて51人だ。引きごたえがあるだろう?」
美羽は一枚引いてみる。
レスフィーナの絵があった。
「あ、フィーナちゃんだ」
「レスフィーナは創造神だ。魔法や物質創造など、創造することに力を貸してくれる」
「すごいね」
「もちろん、あくまでもオラクルカードだからな。本当の神には遠く及ばないが、指針を得るのには十分役に立つはずだ」
「分った。道に迷ったときにどうすればいいかカードに聞けばいいんだね」
「そうだな。言っておくが一度に何枚も引いてしまっても効果はない。ただ、引き方を3枚引きなどにして引く手順のルールを作れば効果が生まれる。それは慣れてきたらやればいい。
さて、私からは終わりだが、幼子の体ももう神界にはいられないようだな」
美羽の体が薄く透けてきている。
「そっか、戻らないといけないんだね」
美羽は振り返り、セリスとラヴィアを見る。
「セリスちゃん、ラヴィアちゃん。ありがとう。今度ゆっくりお話ししたいな」
「そうね、ゆっくりお話ししましょう」
「私はいつでも大歓迎よぉ」
次に脳筋たちに振り返る。
「ルヴァーンちゃん、アルモスちゃん、ありがとうね」
「美羽、お礼をするから忘れるなよ」
「美羽、戦いの仕方を教えてやるから、また来い」
次に神々の方を見る。
神々はすでに回復しているようだ。
(すごい雷だったのに、さすが神様だよ)
「神々の皆様、ありがとうございます。カードは大切に使わせていただきます」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「頑張れ、美羽ちゃん」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
フィオスをもう一度見るとフィオスが口を開く。
「汝の行く道は容易な道ではない。しかし、諦めなければ必ずや道も開けるだろう。
どんな時もそれを忘れるでないぞ」
「うん、分かった。私、諦めない。ありがとう。フィオス」
「試練を乗り越えた時、お前の運命は開けるだろう」
「もっと、大きい試練が来るとか?」
「ううむ。それを言われると弱いな」
「うふふ、人生って試練の連続なんでしょ。その中でも楽しんでみせるから大丈夫だよ」
「うむ。汝なら必ずやあらゆる試練を楽しみながら、乗り越えられるだろう」
「うん、そうなるように頑張る」
最後にフィーナに向くと俯いていた。
だから、美羽はフィーナの手を取った。
「フィーナちゃん、私たちしばらく会えなくなるんだね」
「……うん。そうなの。黙っていてごめんね」
「ううん。言い出せなかった気持ちわかるよ。でも、これでお別れじゃないよね」
「うん、すぐにまた会えるようになるかもしれないし……長く会えないかもしれないし」
「でも、私はフィーナちゃんのことを想い続けるから心配しないで」
「私も、美羽ちゃんのこと想ってるからね」
すると、フィーナの背中から、小さい何かが飛び出してきて美羽に抱きついた。
「あ、ヨシノ。フィーナちゃんをよろしくね」
『ヨシノにまっかせて』
「ふふふ、頼もしいよ。ヨシノ」
ヨシノがムンと力瘤を作っている。できないが。
最後にフィーナに抱きついた。
「美羽ちゃん、気をつけてね」
「フィーナちゃんも元気でね」
「「大好きだよ」」
美羽はフィーナの腕の中で消えてしまった。
フィーナの目からは一筋の涙が溢れた。




