第1話 気がついたら、ゴブリンに襲われている街だった。
「うぎゃああ」
「グゲゲ」
「きゃあああ」
「ギャ、ギャ」
「うわーん」
「グゲー」
「助けてー」
「ウギャウギャ」
大勢の悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴と悲鳴の間に醜悪な声のようなものも聞こえる。
その声はとても不快だ。
閉じていた目を開くも、ぼやけてはっきりと見えない。
頭が痛いし、気持ちが悪い。吐きそうだ。
その場にしゃがみ込む。
なぜここにいるのか、ぼんやりした頭で考えるが、うまく思い出せない。
でも、このままではまずい気がする。
早く立ち上がらないと、いけない。
でも、目も見えないし頭も痛いから立ち上がれない。
頭の中で警鐘が鳴らされる。
「隠れた方がいい?」
なぜか、そんな考えが頭に浮かぶ。
ぼんやりとした視界で辺りを見回してみると、隠れられそうな場所を見つける。
そこに向かおうと、立ち上がると、ふらつき倒れてしまう。
「痛い」
腕を擦りむいてしまった。
でも、このままではいけないから、我慢して這って進んだ。
進んだ先には木の壁がある。建物のようだ。
壁ぞいに進むと、樽のようなものがある。
上を触ってみると、蓋があり、それは外れた。
手を突っ込んでみると、何も入っていなかった。
「ここに隠れていた方がいいかな?」
「グギャ、グギャ」
隠れることに躊躇していると、後ろで醜悪な声が聞こえる。
ゾッとした。
「あれは何?」
躊躇している暇などなかった。
樽の中に隠れることを決断する。
しかし、樽によじ登ろうとするも身長が足りなくて登れない。
「うう、足をかけるところがあれば」
もがいても登れない。しかし、醜悪な声は近づいてくる。
「お願い、登らせて」
その瞬間、急に足をかけるところが見つかって、無事に樽の中に入り込めた。
(あれ、何? 足をかけられるところが急に出てきた気がする)
体勢を変えて、樽の蓋を閉じる。
「グギャグギャ」
その直後に、醜悪な声が近くを通り過ぎていく。
その間、口を押さえて息を殺していたが、醜悪な声が通り過ぎたので、息を吐く。
そーっと、樽の蓋を頭で押し上げて、外を確認するが、何もいなかった。
「よかった。でもなんだろう、あの変な声の……動物? 見れなかったからわからないな。怖かった」
樽の中に入り、安心すると気持ちの悪さと頭の痛さ、それに目もぼやけて見える具合の悪さから、睡魔に襲われて、気を失うように眠ってしまった。
「うわーーーーーー!」
男性の悲鳴が聞こえて、目が覚める。
真っ暗で身動きも取れない。
「そうだ、樽に入っていたんだった」
「なんだろう?」
樽の蓋を頭で押し上げながら、外を覗いてみる。
すると、明るい光が目に沁みた。
「眩しい……」
寝るまではあまり見えなかった目が見えるようになっていた。
頭痛と気持ち悪さも治っている。
「よかった、スッキリしてる」
外の様子を観察すると、ここは路地裏に置かれた樽のようだ。
周りを見回すと、
「助けてくれー」
と、言いつつ逃げる必死の形相の男性の姿が見えた。
「大人の男……怖い」
思わずそんな言葉が漏れる。
「あれ? なんで怖いのかな?」
そう考えていると、男が転んだ。
すると、そのすぐ後から、体が緑色で腰巻きを巻き、醜悪な顔をした小さな人間みたいなものが3人走ってきた。
「あれは、ゴブリン」
知らないはずなのに、不思議と知っていた。
頭の中で誰かが教えてくれた。そんな感じだった。
ゴブリンの1匹は男性の足にしがみついて、錆びたナイフで右足の太腿を刺した。
「ぎゃあああ」
「ひっ!」
驚いて声を上げてしまいそうだったが、なんとか口を押さえて叫ばずに済んだ。
(何あれ、怖いよぉ)
おしっこをちびってしまいそうなのを抑えて必死に我慢した。
ゴブリンの他の2匹が男性の頭側に向かい、棒で殴りつけた。
「ゲギャ」
「グギャグギャ」
「うわあああ、やめてくれーーー」
笑いながら殴りつけている姿が、恐怖を加速させる。
殴られる男性を見て、恐怖がピークに達した時、自然に言葉が漏れてしまった。
「ひ、た、助けて」
その瞬間、胸の辺りが光り、中心にモヤのようなものが現れる。
それがだんだん赤い塊になっていく。
光が収まると、目の前に30センチほどのデフォルメされた赤い魚が浮かんでいた。
好きな形をしているのだが、それがなんだか思い出せない。
「助けに来ましたよ。美羽様」
「え? 喋った?」
「ん? 記憶に混乱が見られるようですね。女神様に一度に大量の情報を渡されたから、一時的に記憶喪失になっているんですね。大丈夫、すぐに思い出しますよ」
「あなたは誰?」
「私は……おっと。その前にあいつらに気が付かれたようですね」
見ると、ゴブリン3匹がこちらに気がついて、近寄ってきていた。
「グゲ」
「ゲヘヘ」
「グギャグギャ」
ゴブリンたちを見て、青ざめてしまう。
「怖い……」
「美羽様、緊急事態ですから、命令を待たないで攻撃しますね」
すると、魚の目が怪しく光る。
「美羽様を怖がらせましたね。万死に値します!」
魚がゴブリンに向かって叫ぶと、まんまるの口から光線を出した。
ブンッ
その瞬間、真ん中のゴブリンの頭が吹っ飛んだ。
「グゲ?」
「ギャ?」
ゴブリンは混乱している。
魚はお構いなしに、左端のゴブリンの頭を吹き飛ばした。
「ウギャ」
右端のゴブリンは逃げ出したが、魚がそれを許さない。
「逃すと思いましたか!」
ブンッ!
音がした瞬間、ゴブリンは屍になっていた。
終わると、魚が振り向いて笑いかけたような気がした。
「大丈夫ですか? 美羽様」
まだ、震えているので、答えられない。
「無理もありません、あなたはまだ小さいんですから」
そう言うと、魚は胸の前にやってきた。
「私を抱きしめてください。私はあなたの神気と魔力で作られています。あなたの心を落ち着けることができますよ」
言われた通りに、抱きしめてみる。
すると、じわーっと温かいものが流れ込んできた。それはとても落ち着いた。
しばらく抱いていると、すっかり元気になった。
「ありがとう、お魚さん。元気になったよ」
笑顔で伝える。
魚は嬉しそうにその場でくるっと回った。
「お役に立ててよかったです。私はあなたのためにいますから」
「あなたは誰なの?」
「私は魔法生物で金魚ちょうちんのきんちゃんです」
「きんちゃんっていうの?」
「ええ、あなたがそう名付けてくれたんですよ」
「ごめんね、思い出せなくて」
「大丈夫ですよ。すぐに思い出しますから」
「うん、すぐに思い出せるように頑張るね」
「はい! ところで、変なところに転移してしまいましたね」
「ここはなんなんだろうね。なんでゴブリンなんかが街にいるのかな」
「おそらくゴブリンの大規模の集落がそばにできたのでしょう」
「そっか、ゴブリンは集団が大きくなると、リーダーの個体ができるんだもんね」
「はい、おそらくゴブリンキングが生まれたのではないかと思われます」
「怖いね……」
「この街から脱出しましょうか?」
「そうだね。逃げよう」
「それでは、樽から引っ張り出しますから、掴まってください」
「うん」
きんちゃんの長く伸びた胸鰭を掴む。
きんちゃんはすーっと、上に向かって飛んで、樽から出させる。
それから、地面に降りる寸前に、手が滑って落ちてしまった。
ゴチン!
頭を抑えてのたうち回る。
「ああ、美羽様、大丈夫ですか?」
きんちゃんは慌てて寄ってくる。
「イタタタ。痛かったー。あ、でも思い出したよ。きんちゃん。フィーナちゃんのことも自分のこともみんな」
「おお、そうでしたか。それはよかったです」
美羽は今までのことを思い出すように振り返ってみた。