京極様とタケミカヅチ
御所に着いたのは夕方頃だった。建物の奥の空に太陽が落ちかけていた。建物は太陽の光で不思議な色に覆われていた。ふと懐かしい気持ちになった。何百年いや何千年前から抱いていたような不思議な気持ち。この感覚には覚えがある。今回の戦争で何度か体験した、あの感覚だ。
護衛の猫に京極様に会いに来たというと僕は大きな部屋に通された。その部屋は京極様と初めて会った場所だ。中は薄暗く、周囲の世界と遮断されているかのようだった。
「よく来たな、山田電機」
薄暗い部屋の奥に京極様はポツリと座っていた。周囲にはカオマニーたちの姿は見えない。やっぱり怒られるのだ。散々時間はあったが、まだ心の準備が出来ておらず僕は急にあたふたした。
しかし、よく見ると京極様の表情は微かに緊張しているようだった。この僕と会うのに緊張? そんなことがあるはずがない。
「・・・あのお話というのは?」
京極様は表情を変えずに僕の目をじっと見ていた。
「『しろがねの猫』の話は覚えてるよな?」
「・・・えっと結局、徳川家が花音を勘違いして・・でも、すみません。あまり難しいことは分からなくて」
我ながら要領を得ない回答だと思った。こういう時、教授がいてくれたらどんなに助かるだろう。京極様は少し黙った後、口を開いた。
「その猫は神の使いと言われている。数々の争いを平定し、平和をもたらすと言われて人間すらも崇めていたという」
京極様の表情は段々と険しくなっていった。
「だが、その話は半分が本当で半分は作り話。平和をもたらす象徴は実は『災い』そのもの」
災いそのもの・・・そういえば同じ話を不思議な声が語っていた。僕はゆっくりと何かを思い出しつつあった。
「・・・あの、どういうことでしょうか?」
京極様の僕の目を見て何かを探るように話をつづけた。
「御所に言い伝えられている話がある。何十、何百年ごとに、災いの猫は必ず訪れる。その時、京都だけではなく、国全体が大いなる危機に陥るという。だから京極家の猫は、代々その猫を鎮める役目を担っていた」
何だか壮大な話で僕は何を言っているのか全く理解できなかった。
「で、何が言いたいと?」
思わず自然と口から言葉が出てきた。京極様は僕の言葉が聞こえていないのか、そのまま話を続けた。
「黒き猫は化身を通じて、国に災いをもたらす。思ってもいない姿らしい。しかし、戦争が起こった時、必ずその中心には化身の者がいる」
空気がぞわぞわと変な感じになってきた。
「いいか、よく聞け」
視界の隅々にカオマニーだけではない。見たこともない猫の姿が現れた。
「山田電機・・・そなたの身体には黒き猫が宿っている」
「・・・え?」
黒き猫・・・しろがねの猫と対立する、最も悪い猫とされている。え、それが僕に? 宿っている? ちょっと待って。何を言っているのか分からない。えっとえっと、僕はただの山田電機なのに・・・意味が分からなくて、えっと・・・。えっと、もう考えるのが限界だ。正直、何がいま、起こっているのかよく分からないし。
「そういうことか・・・京極」
また自然と言葉が出た。あれ、僕は今、何を言っているのだろう。
「思い出したよ。しろがねの侍の背後にいた京極家、お前たちは何を企んでいる?」
くくくっと僕は笑った。
口だけではない身体もまた自由が聞かなくなってくる。
京極様は、ずっと黙っている。
「おい、京極・・・お前ならしろがねの猫・・・その正体は知っているのであろう? もしかして、あの花音という猫が」
「例え、そうだとしてもあなたに言うはずないでしょ」
「なるほど、それもそうだな」
僕はくっと自然と笑ってしまっていた。
「だが、あの猫は『しろがね』ではない、あいつと対峙した俺が言うのだから間違いない。京極、お前は何を隠している?」
僕はまるで他人事かのように京極様と千年猫と言われる不思議な猫の会話を聞いていた。
「やはり、貴殿が『タケミカヅチ』か」
すると、京極様は僕の目を見て今までの険しい表情を和らげて少しだけ微笑んだ。
「すまぬ。悪く思うな、山田電機」
すると、ベンベンっと変な音が聞こえた。確か祇園で聞いた三味線の音だ。最初は緩やかな間隔だが次第に激しく叫ぶように音が左右上下から京極様の言葉が聞こえてきた。
「黒き猫よ、お前の言う通りだ。しろがねの猫は別にいる・・・ただ、これ以上、お前に近づかせるわけにはいかぬ」
空気が激しく振動する。頭が痛くなってくる。僕は思わず地面に蹲った。
いつの間にか目の前から京極様がいなくなっていた。僕はもう満足に言葉を発することも、身体を動かすこともできない。意識すらもはっきりしなくなってきて僕はいつの間にか眠りに落ちていた。




