自動販売機と猫
国道に出ると今までの静けさとは違って、車という鉄の塊の行き交う音が騒々しかった。歩道には人間は歩いていないが、その横には車が凄い勢いで通り過ぎている。車が唸り声をあげて通り過ぎるたびに思わず目を瞑ってしまった。しかし、右京は動じる様子もなく国道沿いの歩道をひたすら走り始めた。
国道沿いは深夜にも関わらず昼みたいに明るくて、車はひっきりなしと往来していた。人間はこんな時間にも関わらず活動しているものなのだな、と妙な点で感心してしまった。
そういえば、生まれ育った観音町からこんなに遠く離れたのは初めてだった。せいぜい観音町から少しだけ出たぐらいが限界だった。
大事にとっておいた鶏肉のササミをぼんやりとした飼い主が食べ残しと勘違いして捨ててしまい、抗議の意味をこめて家出したのが最長記録である。ちなみに、その時は夜に家出して朝方頃には家に戻った。
腹をすかせてイライラして、野猫とラーメン屋の裏口にあった煮干しを巡って喧嘩になり、必死に逃げてやっと戻ってきたという大冒険にも関わらず、飼い主は僕が家出をしたという事実すら気づいてくれなかった。故に家出しても無駄なんだと学習して、それから観音町を出たことがない。
ふと小さな声で鳴いた。
観音町を出発してから、夜空に浮かぶ月は全然動いてない。それなのに目の前の景色はどんどんと変わっていく。今、ここには毎日嫌というほど見ていた飼い主も、観音町の猫たちもいない。
正直、不安だった。不安しかない。
僕はなんて弱いのだろう。これから戦争の交渉に向かうのに、何て弱いのだろう。そう思うと余計に泣けてきた。
すると突然、右京の足が止まった。危うく前方に放り出されそうになったが、必死に爪を立てて布の袋の中にとどまった。
右京はハアハアと舌を出しながら、暗闇の中、ぼんやりと浮かぶ自動販売機をじっと眺めていた。自動販売機とはお金を入れれば飲み物が自動的に出てくる機械のことだ。何度か散歩の途中で見たことがある。これでも僕は不肖、山田電機。機械のことなら少しだけ詳しい。
「喉が乾いたの?」
恐る恐る右京に聞いてみた。もちろん、言葉は通じないけど、この沈黙の空気に耐えきれなかった。右京は何も応えず、ずっと自動販売機を見続けていた。もしかしたら休憩したいのかな? いや、お腹が減ったのか? でもまだ一時間しか経っていないのに休憩は早すぎないか。
僕は段々とイライラしてきた。まだ旅ははじまったばかりだ。そろそろ休憩は終わりにしてもらわないと困る。僕は右京の首裏の肉を甘噛みした。右京は何も反応しなかった。もう一回噛もうかと悩んでいた時、ふと右京の視線の先に、羽化しかけの蛾がいることに気が付いた。ぶんぶんと鈍い機械音がする自販機の側面で蛾はさなぎから成虫になりかける瞬間だった。ゆっくりと羽が広がっていき、やがて見たことがない鮮やかな色が大きく目の前に広がった。その瞬間、蛾は何度か羽を揺らしてゆっくりと闇に向かって飛び立っていった。
右京はその様子をじっと眺めていた。不思議な時間だった。右京はもしかしてお腹がすいているのかな、と思った自分が少し恥ずかしくなった。
右京は再びゆっくりと走り始めた。何も語らず淡々とまた闇の中を走り始めた。
今、感じたことは恐らく右京も同じなんだろう。言葉は通じないけど、たぶん思いは共有できた。だとしたら猫同士だったらきっと話し合いはうまくいくだろう。僕は少しだけ右京に勇気をもらった。
お礼を言いたかったけど、言葉は通じないので右京が走っている間、背中の毛繕いをして、荒れている毛並みを少しだけ整えてあげた。気が付くと僕は眠りに落ちていた。
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