右京と左京
犬の名前は右京、左京、天音といった。右京と左京は兄弟で天音は犬の長の娘だった。
ちなみに僕は犬の言葉は分からない。教授は勉強中だと言っていた。教授にも知らないことがあるのだと少し驚いた。
会話は主に天音と花音の間で行われていた。幼い頃から何度も会っていて互いの言いたいことが何となく分かるという。不思議な関係だ。
天音は惚れ惚れするほど立派な毛並みで、いや、毛並みだけではなく大型犬の右京と左京を凛として従えている姿は風格さえ漂っていた。そんな天音と対等に会話をする花音もまた今まで以上に頼もしく見えてきた。
「これはまた凄いことになりそうですね」
少し興奮して、教授にこっそり話かけると教授も神妙に喉をごろごろ鳴らしていた。
花音と天音は二匹だけで盛り上がっていて、僕と教授と右京と左京は若干、気まずい空気が流れていた。
僕はどうも右京と左京は苦手だった。言葉は通じないので、愛想を振りまいて喉を鳴らしても、いきなり身体に鼻を押し付けられたり、首の後ろの皮を噛まれそうになった。
僕は必死に逃げたけど、教授は逃げ遅れて右京に噛まれたまま、ぶらんぶらんと宙を左右に揺れていた。
右京左京から解放された後、毛繕いする教授に声をかけた。
「大丈夫ですか? 痛くなかったですか?」
「いや、それが不思議と・・・何ともない」
そんなわけあるものか。教授は痛さのあまり感覚が麻痺してしまったのだ。天音はどこか別格だけど右京と左京・・・特に教授を弄んだ右京には気を付けようと心に誓った。
思っていた以上に旅はすぐに始まった。
翌日の深夜、山田電機の家でウトウトしているとワンという犬の鳴き声が聞こえた気がした。一瞬、耳がぴくっとなったが気のせいと思いもう一度、目を閉じた。しかし、気のせいではなかった。犬の鳴き声は定期的に聞こえた。しかも、家の目の前から。裏口にある僕専用の出入口を出て鳴き声のする方へと向かった。すると、暗闇からハァハァという荒い息遣いが聞こえた。ゆっくりと近づくと次第に輪郭が明らかになってくる。目の前にいたのは昨日会ったばかりの右京だった。
「何の用ですか?」
と恐る恐る聞いてはみたものも言葉が通じるはずない。右京は「ワン」と答えているが何を言っているのか分からなかった。ワンという声は機嫌が悪そうにも聞こえる。もしかしたら昨日の僕の態度が気に食わなくて、報復に来たのかもしれない。いや、恐らくそうであろう。深夜にわざわざ来たのは誰かに見られないためであろう。
そう思うと急に怖くなってきた。僕はゆっくりと後ずさりして家に中に戻ろうとした。
と、その時だった。
少し視線を外した瞬間、右京は急に視界から消えて背後に回り込んだ、と思ったら首根っこを噛まれて、気づいたら宙に浮いていた。
「え、何がおこったの?」
驚きと恐怖のあまり、誰かに助けを呼ぶことも出来ず、気が付くと右京が首から背にかけて巻いている布の袋に必死にしがみついていた。猫の運動神経が為せる技だ、と自分自身は思っている。
同時に右京は再び「ワオン」と今度は遠吠えのような鳴き声をあげて、ゆっくりと走り出した。昨日の話の経緯からすると右京は僕を連れて、これから知恩院に行くのだとようやく理解した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。僕にだって準備というのものが・・・」
家にはまだ食べかけの餌だってあるし、専用トイレの掃除をしてないし、寝る直前に遊んでいたボールやイライラしたときに爪を研いでいる絨毯の毛玉が散らかっている。山田電機の飼い主はぼんやりとしていて、こういう細かな片付けが苦手なので、いつも僕が綺麗にしている。
それに、つい先日、飼い主が大事にしている鉄道模型を興味本位で遊んでいて壊してしまった件も気になる。とりあえず、その場を繕って壊れた破片は隠しているが、長期間不在にしたら確実にばれてしまう。温厚な飼い主だからキレることはないが、以前も同様の事件があった時、飼い主はよほど落ち込んだのか二、三日寝込んでしまい、その間、餌はいっさい支給されず、食糧は外で調達するしかなかった。自業自得だが、苦い思い出だ。
と、そんなことを思っていても右京に伝える手段はない。右京は颯爽と山田電機がある商店街を抜け
て、国道にでた。
段々と山田電機店が遠くなっていく・・・。
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