教授と山田電機 VS スフィンクス②
入れ替わりに教授と僕がスフィンクスに相対した。スフィンクスはレモンのような大きな目で僕のことを、ぎろりと睨んだ。
「・・・覚えているぞ、確か観音町の猫だな」
怖い、怖すぎる・・・。
でも、でも・・・ふと教授を見た。教授の猫眼鏡の模様が、ぴくりと動いた。その仕草を見ただけで、どこか安心する。僕は大きく息を吸った。
「あの時、言ったはずです。僕は戦う、と」
「・・・貴様、本気で言っているのか?」
スフィンクスは僕を睨みつけた。
その瞬間、カオマニー、京極様、花音は四条大橋の土手を駆けあがっていく。そのまま右手に曲がり、知恩院の方向に向かっていった。
「ここだ」
すると教授は京極様とは反対方向の左手側に駆けて行った。あまりにも分かりやすい、囮作戦だ。
しかし、スフィンクスは僕たちを相手にせず、右手側の京極様を追おうとした。
まずい、それでは僕たちが残った意味がない。僕は無我夢中でスフィンクスを追って、ただ何も考えずに爪を前に突き立てた。
奇跡的に、その爪はスフィンクスの後ろ足にかすった。カオマニーたちでさえ、かすり傷をつけることができなかったのに、僕の爪によって、スフィンクスの後ろ足から、今、じんわりと血が流れている。
するとスフィンクスは突然、立ち止まった。
まるで僕が存在していないかのように、悠然と傷口を舐めている。
「・・・言ったはずですよ。僕たちは戦うと」
スフィンクスは京極様たちが走った方をちらり、と見た。
「・・・もしかして、逃げるつもりですか?」
スフィンクスはレモンのような目でじっと僕を睨んだ。その目は赤く充血している。恐らく、滅茶苦茶怒っている。
「安心しろ・・・すぐに殺して、京極を追う」
全身の毛がぞわぞわっと逆立った。
恐らくスフィンクスは本気だ。誰かを殺すことに何も躊躇しない。
僕は後ろを振り返ることなく、全力で駆けだした。すぐに教授と合流する。
「まずい、本当にあれはまずいですよ!」
「そうだな。すまんな、私のせいで巻き込んでしまったな」
本当にそうだ、と抗議したくなったが、さすがにそんなことを言う余裕がなかった。後ろを振り返るまでもなく、スフィンクスが全力で追ってくるのが分かる。
掴まったら最後。手足の腱は切られ、喉を切り裂かれ、殺される・・・。
恐怖で身体が動かなくなりそうになる。でも必死で手足を動かす。
僕と教授は四条大橋を左手に曲がって、人間たちが多くいる町のほうへと駆けて行った。
四条大橋を渡ると今まで見たことがないような大きな建物が沢山並んでいた。同時に人間の数もまた多くなってきた。僕と教授は、ほぼ並走して走り続けた。まるで嵐山の竹林の中を走るように人間と人間の間を縫って走った。時々、ぶつかりそうになったが、何とかすり抜けていった。
人間という壁を利用すれば、何とかスフィンクスを翻弄できるはず・・・と思いきや、スフィンクスは四条大橋から同じ間隔で僕たちのことを追っている。
さっきは激高して目が真っ赤だったが、今は冷静に僕たちのことを観察している。恐らく、どうすれば仕留められるのか考えているのであろう。
「・・・教授、どうしますか? 本当にあれは怖いです」
「うむ・・・」
走りながら、教授は何かを考えていた。
その間、淡々とスフィンクスは着実に距離を詰めてくる。
「教授!」
僕は思わず叫んでしまった。
「地下にくだるぞ」
「え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、教授の視線の先を見て、理解した。
「・・・阪急京都線の四条河原町駅」
散々、主から電車のことを教わっていたのに、この策は思いつかなった。地下に入れば、人間の往来は更に激しくなる。猫が走ることはまずない。しかし、人間に掴まる可能性も高い。でも、スフィンクスに引き裂かれるよりはマシだ。
教授は四条河原町駅の五番口から猛然と地下に向かって走っていく。僕も続いた。
僕はちらりと五番口の方を見た。
スフィンクスの姿が見えた。
ふと、知恩院の方を見ていた。それはそうであろう。このまま、地下に入ったら、最早、京極様に追いつくことは不可能。
このまま、僕たちがスフィンクスを引き受けることが京極様に貢献することになる。
でも、これ以上、スフィンクスと関わりたくなかった。理由は単純だ。怖すぎるからだ。
スフィンクスはどこか迷っているようだった。充分時間は稼いだ。頼む、頼むから、このまま引き返してくれ。必死に祈る。
スフィンクスは「みゃあ」と鳴いた。それが何を意味するかは分からない。しかし、今度は迷うことなく五番口の階段をくだって、地下にいる僕たちに向かって走り始めた。
正直、もう勘弁してほしい。僕と教授は全速力で四条河原町駅の地下を走った。
地下はまだ朝なのに、まるで昼間のように明るかった。人間が沢山いるから壁になると思いきや、全速力で走る僕と教授を面白そうに見物していて、後を追うスフィンクスのことを応援してる輩もいる。まるで、これでは僕たちは見世物だ。
今、僕たちは必死に生死をかけて、逃げているのに。人間とは、何て能天気なのか。無性に腹が立ってくる。
ふと、気を緩めるとスフィンクスはすぐ、横に並びかける。鋭い爪で僕の喉元を狙う。僕は転びそうになりながら、何とかかわす。
スフィンクスは一向に追撃の手を緩める気配はない。恐らく、もう京極様を追うのは諦めたのであろう。だとしたら、いま、狙うのは僕と教授、それだけは絶対に譲れないのであろう。安全地帯と思っていた地下は閉鎖された空間によって、かえってスフィンクスが僕たちを捕獲しやすい場所となってた。
「まずいですよ。やっぱりここはまずいです、教授」
「うむむ」
一体、何度このやり取りを繰り返したであろうか。
「もう一度、外に出よう」
「でも・・・策はあるのですか?」
無策のまま、外にでれば、この調子だと確実にスフィンクスに狩られる。
「・・・案ずるな、山田電機君」
教授は力強く頷いた。




