追走
こうして徳川家を追う猫たちの数がほぼ固まってきた。みな、尻尾を揺らしたり、喉をごろごろと鳴らしたり、落ち着きがない。いま、この瞬間に走り出せ、と言われても対応できるように身体を温めているようにも思えた。僕もまた尻尾を振っていた。毛は逆立っている。これから先、何が起こるかは分からない。でも少しでも役に立ちたい。その気持ちは、恐らく他の猫と一緒だったであろう。
ふと周囲を見回した。
みな、そわそわと尻尾や喉、身体を動かしているのに、一匹だけ微動だにしない猫がいた。
教授である。
僕は教授の傍に近寄った。
教授の目はどこか虚ろだった。
「大丈夫ですか? お腹でも痛いのですか?」
「いや・・・何でもない。うむ」
珍しく歯切れが悪かった。
どんな時でも動ぜず、自分なりの考えを持っている教授が珍しく・・・いや、初めて何かに揺れているように感じた。
しかし、教授は深く考え込んでいるのか、それ以上は何も語ってくれなかった。
周囲のざわめきが強くなり、次第に僕の身にも緊張感が伝わってきた。
「・・・これから先は時間との勝負となる」
京極様が自ら声をあげた。
「わらわが動いた以上・・・長引けば、京都は再び混乱の世となる。今日、全てを終わらせる」
京極様は観音町の猫たちを見回した。
「既に夜中・・・徳川家の猫どもは休みつつ、戻っているであろう」
観音町の猫たちがごろごろと喉を鳴らした。
「ついてこれぬ者は置いていく。悪く思うな」
カオマニーの四兄弟がそれぞれ「みゃあ」と声をあげた。
その言葉が合図かのようにまず、カオマニーの四兄弟、京極様が風のように走り始めた。
オロチ、五郎丸、外資系、花音、教授、僕、観音町の猫たちはその後を全力で追っていった。
観音町を出るとカオマニー、京極様を先頭に僕たちはすぐに国道へと出た。知恩院に向かうとき、右京と一緒に走った道と一緒だった。
途中、商店街を通った。山田電機は、その並びにあった。ふと店を見ると深夜にもかかわらず明かりが灯っていた。主は元気だろうか、きっと僕がいなくなって心配しているだろう。もしかしたら、心配のあまり眠れないのであろうか。ごめんなさい、と僕は誰にも聞こえないように呟いた。今はまだ戻ることが出来ない。
僕はただ前を向いて必死に走り続けた。
カオマニーと京極様は速さを一向に緩めることなく走り続けていた。いや、国道に出てからむしろ、さらに速くなった気がする。
カオマニーが先導し、京極様を守るように道をつくっていく。京極様は一切、息が乱れることなく走り続けていた。すぐ後方にはオロチ、五郎丸が続く。外資系、花音、教授、僕はその後ろに何とか喰らいついていた。犬の右京の背中に乗って走っていた時は周囲の景色を見る余裕があったが、いまはそんな余裕は全くなかった。カオマニー、京極様、オロチ、五郎丸が走る速さは僕たちにとっては全力、いやそれ以上だった。
必死に手足を動かし続ける。息が苦しい。大きく口を開いて、空気を取り込む。でも、すぐに苦しくなる。身体の内側が悲鳴をあげてきた。でも、それでも手足だけは何とか動かし続けた。
時々、京極様はちらりと後方を確認した。
その瞬間、カオマニーたちは走る速度を少しだけ緩めた。
僕より後方にいた観音町の猫たちは徐々に、ついていけずに離れつつあった。
しかし、カオマニーは観音寺で京極様が言った言葉の通り、ついてこれぬ猫を待つことなく、走り続けた。




