犬と猫
「だいたいはそれはその通りですが・・・弱みにつけこむとか、そういうのではないです」
気が付くと花音がいた。教授はその瞬間、今まで凛としていた髭がだらんと下に垂れた。
僕はすっと背筋を伸ばした。
「このあたりは昔から農作業が盛んでした。そのため、狩猟をメインとする犬より作物を守る猫が重宝されていた。そうなると犬たちの居場所がなくなる。いがみ合うよりは助け合いを。だから観音様は犬たちと土地を分け合って共存するようにした」
花音の言葉に教授はうんうんと頷いた。
「では、早速ですが、これからの話をしたいと思います」
花音は知恩院までの行き方を説明するといった。しかし、肝心の当事者の一匹である外資系はまだ姿は現していなかった。
「外資系さんとは現地集合になりました」
「現地集合、どういうことですか?」
「いや、何か考えがあるとしか言ってなかったけど・・・」
何だか嫌な予感しかしなかった。
「観音様や観月様からは何か?」
「観音様は最近、体調が芳しくない。観月様も腰が痛いと。お二方とも今回の遠征のことはあまり関与しないと言っているの」
僕の不安はますます増した。その雰囲気を察したのか花音は少しだけ声を大きくして、
「ま。少し、心配だけど・・・こちらも時間ないし、話は進めましょう」
そうだ、ここから知恩院までかなり距離がある。京都を南から北へ縦断する必要があり、猫の足でたどり着けるのか甚だ疑問だったのだ。しかし、花音はいっさい動じる様子はなかった。
「これからは観音町の犬と行動を共にします」
「ん? 犬?」
何のことかよくわからず、ぽかんとしていたけど教授は髭だけじゃなく、身体もびくっとさせていたから、よっぽど大胆なことなのだろうと想像できた。
「よく、向こうが承諾したな。いったい、どんな手を・・・」
その時、花音は一瞬黙った後、今まで見せたことのない悪い顔で喉を鳴らした。教授はそれ以上、何も言わなかった。
花音の説明によると観音寺から知恩院まで大体二十キロ近くあるという。キロというのは人間の尺度で、猫はそもそもあまり長距離移動しない。観音町を一日中、ウロウロしてせいぜい三キロと花音から説明された。
一方、犬は一日で十キロから二十キロあたりは楽にいける。JRか京阪に乗れば数十分ほどで辿りつけるが、密室では人間たちに捕まる危険が大きい。だから、できるだけ大型犬を融通してもらい、その犬に運んでもらうという算段だという。見返りに猫は境内の半分を犬のたまり場として提供するという。観音寺は動物愛護活動に取り組んでいて、野猫、犬たちには無償で炊き出しも行っている。今までは観音様の威光で境内の一角のみが犬たちの縄張りだったが、今後、半々になることは歴史的な出来事だと花音は語っていた。
「ということで、これから協力してくれる犬に挨拶に行きます。事前に仲良くなっておいて損はありませんから」
次々と話が進んで正直、これからどうなるのか想像すらつかなかった。
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