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オロチと京極様

 徳川家の猫たちが去った後、伏見稲荷の山は静寂が訪れた。太陽と入れ替わりのように月が頭を覗かせている。

 五郎丸はオロチのもとに近づいた。


「・・・大丈夫ですか?」


 オロチは血で汚れた毛並みを整えて、返事をしなかった。


「ひとつ、教えてください。あなたは何故、他の猫のためにそこまで血を流せるのです?」


 オロチは動きを止めて、じっと五郎丸のことを見ていた。


「・・・俺はただ、平和に暮らしたいだけだった」


 再び毛繕いをし始めると、オロチは五郎丸のことを見ないで独り言のように呟いた。


「もともとは京都以外の猫。この白と黒の毛並みのせいか、迫害され、京都へたどり着いた。いわゆる野猫だ。その時、一緒に連れ立っていた子が、お主・・・五郎丸だ」


 五郎丸はじっとオロチの言葉を聞き入っていた。


「元々腕には自信があった。毛並みが奇妙な野猫の存在は、次第に京都で広く知られるようになった。いつしか、野猫にとっては『英雄』とあがめられ、それ以外の京都の猫にとっては『怪物』として恐れられた。誰かの想像力によって、俺は『英雄』にも『怪物』にもなった・・・」


 いつの間にか花音や教授、僕もまたオロチの話に聞き入っていた。


「その間、京都の縄張りが代わり、鞍馬、京極、天龍、観音といった地域に分かれた。でも、野猫と他の猫の争いは終わらず、みな疲弊した。『怪物』である俺はいつも命を狙われ、子である五郎丸もその対象となった時もあった。いつしか、全ての原因は俺にあると思うようになった。争いの火だねはいつも俺の近くにあった。だったら、俺はいなくなればいい、そう思った」


 オロチはいつの間にかじっと五郎丸のことを見ていた。


「そこで俺は京極と取引をした。互いに、そもそも争いを無くすことが本望。だから、俺を嵐山に閉じ込め、息子を引き取ってもらうことにした。京極は快諾してくれた。これ以上、禍根が広がらぬよう俺は死んだ、ということにしてくれた」


 五郎丸はオロチの話を聞きながら視線を外すことはなかった。

「全ては俺のせいだ、だから京極を恨むな」


 五郎丸はじっとオロチのことを見ていた。


「・・・あいつは俺よりも、よほど立派な『親』だ。子どもが親を憎むほど悲しいことはない」

 オロチの言葉に五郎丸はしばらく言葉を失っていた。

「・・・そんなことが。全然知りませんでした。それなのに私は・・・」


 必死に次の言葉を探していたが、なかなか見つからないようだった。


「気にするな。俺のことはどうでもいい。それよりも、お前は今・・・目の前にあるものを大切にしろ」


 オロチは花音、教授、僕のことをじっと見た。五郎丸は、俯き何も言えないでいた。

 その時、外資系が駆けこんできた。

 そういえばエルフキャットとの戦いの後から姿を見ていなかった。

 突如、目の前にごろんと松虫の身体が転がった。外資系は松虫の首根っこを噛んで引きずってきたようだった。


「ま、松虫殿が・・・」


 松虫の身体は全身、血にまみれていた。特に腹部からは今も血が流れているようだった。一目みても深い傷ということは分かる。


「エルフキャットを追っていた時、松虫殿も加勢してくれて。でも、奴らもしつこくて目を離した隙にいつの間にかやられて・・・俺のせいだ。俺のせいで松虫殿が」


 外資系は混乱しているのか、ずっと震えていた。いつものような流暢さは全くなく、何とか言葉をひとつずつ繋いで説明していた。


「落ち着いて、外資系サン」


 花音が尻尾で外資系の背中をさすっても、落ち着く様子は全くなかった。


「俺のせいだ、俺のせいだ・・・」 


 オロチがすっと外資系の傍に近寄った。


「落ち着け。お前だけのせいであるはずがない。この怪我なら、観音町に運べば何とかなる」


 不思議とオロチの言葉は皆を落ち着かせた。


「時間との勝負だ。いくぞ」


 オロチは松虫の首根っこを注意深く噛んで持ち上げた。僕たちはそのまま観音町へと向かって、駆けて行った。

 伏見稲荷の山は暗闇に包まれていて、眼下は電灯やビル住宅街の灯りできらきらしていた。

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