地獄の川下り①
駅長の言葉を胸にしまい、天龍寺に戻ると僕はいきなり、松虫に罵倒された。どうやらかなり嵐山駅で長居をしてしまっていたらしい。
「おせーよ、山田電機。すぐに出発するぞ」
いつもならすぐにイライラするところだが、駅長のお陰で何とか心の平穏を保つことができた。今の僕にとっては松虫の罵倒も、外資系の嫌味も、まるでそよ風で葉っぱが揺れるような音に聞こえる。
「おい、山田電機君、大丈夫か? 何かあったのか?」
「教授、僕はもう大丈夫です。そう、これからは嵐山のように、どっしりと構えることにしました」
「うむ?」
教授はキョトンとしていた。
渡月橋の下にある河原で雲龍殿は四枚の板を並べて待っていった。
「オロチ殿の話では一枚の板に二匹乗るのが一番安定するらしいです。基本的には水の流れに任せればいいですが、左右どちらかに進みたい場合はその方向に体重をかける。簡単なことです」
なるほど、確かに話を聞くだけなら簡単そうに思える。
「従って、なるべく相性がいい相手と同じ板に乗った方がいいでしょう」
僕たちは自然と板の前に集まった。まず、オロチは身体が大きいし慣れているから一匹で一枚の板を使う。次は五郎丸と外資系、花音と松虫、僕と教授といった組み合わせになった。何で花音と松虫が一緒なのか。雲龍殿にこっそりと抗議をしたが全くとりあってくれなかった。しぶしぶ、教授に声にかけた。
「よろしくお願いしますね、教授」
僕の命運は教授に握られているといっても過言ではなかった。
「うむ・・・山田電機君の方こそ、頼んだぞ」
心なしか教授もまた少し不安そうだった。
「ええ、任せてください。もう何事にも動じません。僕に任せてくれれば全て問題ないですよ」
教授を安心させるために喉をゴロゴロさせたが、余計、教授は不安そうにしていた。
「・・・川の流れが早い。この分だと日が暮れる前に着きそうだな」
オロチがぼそっと呟いた。と、思ったらずるずると板を川に向かって運んで、すっと飛び乗った。そのまま、川の流れに乗ってオロチの姿はあっという間に小さくなっていった。
「え、もう出発なのですか?」
花音もまた少し動揺しているようだった。
しかし、雲龍殿は冷静に説明をする。
「確かにオロチ殿の言うことは理に叶ってます。川を下る以上、最悪の事態は日が暮れてしまうこと。その前にまずは、早々に天神川との合流地点・・・久世橋に向かうべきかと」
雲龍殿の言葉に花音は納得したようだった。
「・・・松虫クン、よろしくね」
「ま、任せてくださいな!」
しかし、松虫の足はぷるぷると震えていた。可哀想だからその場では突っ込まなかったが、後で思い切り、馬鹿にしてやろうと思った。一方、五郎丸は躊躇せずに板に乗った。外資系は慌ててついていく。花音・松虫、五郎丸・外資系は、最初は戸惑っていたようだったが、やがて川の流れにのると、あっという間に姿が見えなくなっていった。こうして残されたのは僕と教授だけになった。
「教授、行きますよ」
「ああ、山田電機君」
しかし、僕も教授も微動だにしなかった。理由は分かっている。僕も教授も怖いのだ。どちらかが先に行動をするのを待っている。このままだと埒が明かないと思ったのか、雲龍殿は強引に僕たちの板を川へ運んだ。
「え、ちょっと」
「うむむ・・・」
僕と教授は仕方なく板の上に飛び乗った。
「・・・それでは教授殿、山田電機殿のご武運も祈っています」
雲龍殿は僕たちの出発を見守ることなく、さっさと天龍寺へ戻っていった。




