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観音町へ

 早速、花音は動き始めた。こういう時、花音はとても頼もしく感じる。


「では、一刻も早く観音町へ・・・と言いたいところだけど、とてもじゃないけど走ってはいけない、となると・・・松虫クン、また駅長に頼んで嵐山電車に乗せてもらえるかな?」

「それはもちろん、大丈夫だけど・・・」


 松虫の言葉は歯切れが悪かった。


「嵐山電車の終点は『四条大宮』の先なんだよな。そこからだと、観音町までかなり走ることになる」


 ふと僕は閃いた。こういう時こそ電車が大活躍するのではないのであろうか。


「四条大宮は確か阪急と乗り換えが出来る。もしくは、少し先に行けば烏丸線がある。烏丸線を使えば、JRとも乗り換えが可能だと思う」


 僕の博識ぶりに松虫は、ぽかんとしていた。


「山田電機、お前は駅長の話を聞いていたのか? 嵐山線しか乗れないって言っていただろ、この野郎」

 むむむ、確かにそんなことを言っていた気もする。電車の話に夢中で些細なことなど気にしていなかった。

「・・・最悪、四条大宮から走るのは止む無し。嵐山から走るよりは全然マシだと思う」


 花音の言葉に松虫は、それ以上は何も言わなかった。すると考え込んでいたオロチが口を開いた。


「・・・多少、危険だが、策がない訳ではない」


 僕の毛が少しざわざわとしている。何だか嫌な予感がしてきた。


「野猫であるマムシは定住地を持たない。故に機動力が命であり、京都の至る所に『マムシの抜け道』という経路が受け継がれている。嵐山から観音町までの経路も、その一つ」


 黙って聞いていた雲龍殿が興味を持ったようだった。


「初耳ですね。出来れば私たちも使いたいものです。一体、どういう道なのでしょう?」

「・・・桂川をくだる。天神川との合流地点の久世橋あたりの河原で降りれば、伏見稲荷まで直進で走れば、すぐに観音町だ」


 雲龍殿は虚をつかれたようだった。


「面白い・・・まさか、泳ぐわけではないですよね?」

「木の板に乗る。人間でいう船のようなものだ。動きを操作するために二匹ぐらい乗れる大きさのものが一番良い」

「なるほど。確かに危険は伴いますが、この状況では一番良い方法かも知れませんね」


 雲龍殿は何度も頷き、納得したようだった。

 完全には理解できなかったが、つまり木の板に乗って川を下る、ということであろう。

 犬の右京の背中に乗って鴨川を横断するだけでも、水しぶきがかかり、卒倒しかけた。

 たった一枚の板に乗って川を下ることなんて出来るわけがない。落ちたら、どうなる?

 死んでしまう。絶対に無理だ。

 しかし、花音、教授は神妙な面持ちだが特に反論はしない。五郎丸、松虫、外資系は何を考えているのかよくわからない。


「・・・では、この数だと四枚ほどの板でよいでしょうか? 手配いたしましょう」

「かたじけない」


 オロチの言葉と同時に、雲龍殿は奥でごろごろしている天龍様の近くに歩いていく。


「天龍様・・・私はオロチ殿を完全に信用した訳ではない。それは五郎丸殿と同じ。しかし、この状況・・・観音町を救うために、オロチ殿の力を借りるべきかと思います」


 雲龍殿の言葉に天龍様がむくっと顔をあげる。


「・・・まだ、そんな話をしているのか。それしかないであろう。問題の核心とはいつも二手先にあることを忘れるな」

「も、申し訳ございません」


 天龍様の言葉はいつにもなく厳しかった。


「恐らく徳川家にはまだ裏がある。どう対応するべきか・・・わしは今、それを読み解くのに忙しい」


 天龍様は重力にあらがえず、再びごろごろと転がるように奥へと消えていった。


「では、私は川を下るための板を用意します。同行したいところですが、天龍様は何か策を練っておられる。それを待ってから駆けつけます」


 雲龍殿の言葉に、花音、教授、僕は尻尾を振った。


「・・・松虫殿。こういう状況であれば、一旦、誰かを使って京極様に一報を入れたほうがよいのではないですか? その間、私も準備をしておきますので」

「確かに。では、駅長に頼んで・・・」


 松虫の言葉に被せるように僕はぴょんと跳んで、やる気を表明した。


「それなら僕が行きます。駅長に今までのことを京極様に報告するようにお願いすればいいんですよね!」


 僕の立候補に松虫はあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。花音は少し不安そうな表情だった。しかし、教授が僕を背中を押してくれた。


「そうだな、山田電機君。多少、ややこしい状況だが君なら、大丈夫だろう・・・多分」

 最後の弱々しい『多分』が気になったが、もちろんです、と僕は頷いた。僕は久々の仕事に意気揚々と走り始めようとしていた。その時、

「そのまま逃げるなよ! 山田電機」

「おい、山田電機! 逃げるんじゃねえぞ!」


 外資系の声とほぼ同時に、松虫の声が重なった。二匹とも顔を見合した。


「・・・松虫殿でしたっけ? あんたとは気が合いそうですな」

「外資系殿ですよね? 同感ですね」


 ああ、嫌だ。これが観音町のために仕事をしようとしている僕に対する言葉なのであろうか。正直、川下りしたくないから逃げたい気持ちもないことはないが、その本心を突かれると本当にイライラする。チラッと見ると松虫と外資系は、今度はお互いの毛並みを褒め合っていた。意外と意気投合しているようだった。そういえば、互いに希少種同士だったか。心底どうでもいいと思った。これ以上、絡まれないようにさっさと駅長の元へ行こう。


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