大義とは?
誰に向かって言ったのかは分からない。でも今度は全員にはっきりと聞こえる声で観音様は言葉を発した。皆、次の言葉を食い入るように待っていた。しかし、観音様は少し口をもごもごさせて、それ以上、言葉を発することがなかった。皆、再び沈黙した。
「大義・・・」
観音様の言葉の真意はよく分からなかった。大義とは何なのだろうか。よく分からない。教授に質問したくても、今、横にはいない。
その時、ふと境内の方を見た。ちらちと花音が僕の方を見て目が合った、気がした。
恐らく何十の猫がいま、同じことを思ったかもしれない。でも、早い者勝ちだ。
気が付いたら、僕は思い切り、後ろ足に力をこめて境内にぴょんと駆け上がった。
正直、まだ戦争や大義とかはよく分からない。でも、今行動しないと後できっと後悔するであろう。根拠はないが、そう思った。
境内から見える視界はいつもと全然違った。山田電機で見慣れた店内の景色、時々散歩で出歩く町の景色、集会で境内を眺める景色。いずれとも全然違った。地上から少しだけ高い境内に跳んだだけで、目の前に広がる視界はいつもよりずっと広くなった。
「無理するな、山田電機君」
教授は諭すように声をかけた。
「はあ、何だよ、お前。うぜーよ」
外資系はあからさまに不機嫌となり、折角綺麗に整えている毛並みが少し逆立っていた。
「でも、僕は僕は・・・」
「ありがとう、山田電機クン」
スっと花音が傍に近寄ってきて、優しく尻尾で身体をさすってくれた。何だか全身の毛がぞわぞわとしてきた。
「では・・・このメンバーで交渉にいってきます。報告は次の集会にて。観音様、それでよいですよね?」
観音様の立派な髭が縦に揺れた。同時に境内を囲む猫をかき分けて、やせ細った年老いた猫がよろよろと現れた。境内になかなかあがれず、取り巻きと思われる野猫を踏み台にしてやっとのことで観音様の横に立った。
「すまん、寝坊した」
観月様である。
かつて観月様は捨て猫だったらしい。いまは野猫の長である。昔はかなりの武闘派であり、周辺の猫たちを力でねじ伏せていたらしい。今は、そんな雰囲気はあまり感じさせないが、相変わらず目つきは鋭く、その威光を以て観音町の荒くれ者の野猫集団を抑え込んでいる。なぜ、観音町に住みついたのか。そもそもなぜ観音様の下についているのか、謎は多い。
観月様は教授、外資系、僕のことを順番に見た。
「わしはちとこの三匹じゃ不安だと思うな~」
「もちろん、私も同行します」
観月様の言葉に花音は即答した。
会場はいっきにざわついた。え、花音も一緒に行くんだ。最初はそんな様子はおくびもださなかったのに。僕はもちろんのこと、外資系も教授も驚きの表情を浮かべていた。何匹かの猫はだったら最初に言ってくれよ、というように抗議をしていたが、花音は気に介さないようだった。
花音、教授、外資系、僕こと山田電機は境内に並んだ。
こうして観音町の四匹の猫は知恩院に向かうことになった。僕は不安でこっそりと前足の爪を境内の木目でがりがりと研いだ。
戦争って何だろう?
僕はまだ本当の意味での戦争は分かっていない。戦争を止められるのか自信なんて微塵もない。
不安しかない。観音様は相変わらず微動だにせず、観月様は「こっこっこっ」と不思議な鳴き声をあげながら、この状況を楽しんでいるようだった。
僕の不安は増すばかりであった。
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