試練
「いや、雲龍殿、あなたは何かを勘違いしておりますよ」
今まで黙っていた教授が声をあげた。
「・・・ほう」
雲龍殿が纏っていた緊張感が少しだけほぐれた。
「どういうことか、教えていただけないでしょうか?」
「今回はいい感じの煮干しが手に入らなかったから仕方なかったのです。今度、極上の煮干しでいかがですか?」
「あなたは私を馬鹿にしているのですか?」
「い、いや。決してそのようなことなく・・・あ、そうだ。煮干しが嫌いなら鰹節はいかがでしょうか?」
教授は急にしどろもどろとなった。見かねた花音が雲龍殿に詰め寄った
「雲龍殿、話をしませんか? あなたを殺さなくても鍵を取り出す方法はきっとあるはずです」
「そうです。まずは落ち着いて、話をしましょう」
事前の打合せでは一切予定していなかったのに教授と花音は意地でも雲龍殿に食い下がっていた。僕も何か手伝えることはないであろうか。必死に考える。しかし、きのこの作りこみに力を使い果たしたのか、何も浮かばなかった。
「・・・本当に面倒くさい方たちですね」
雲龍は呆れた様子で、どう対応しようかと考え込んでいた。
「それは全く、同感ですね」
その時、今更ながら、ぬっと松虫が現れて、僕たちの会話に参加してきた。
「雲龍殿の気持ち、よく分かります。本当にこいつら、観音町の猫たちをオロチのもとに連れて行っていいのか、僕も迷いましたから」
松虫の首には鍵がぶら下がっていた。
「・・・その鍵は。そうか天龍様に」
雲龍殿の言葉に松虫は頷いた。
「芋本舗のみたらし団子をお土産に持って訪ねたら、あっさり渡してくれましたよ」
松虫は首からぶらぶらと下げている鍵を僕たちに向かって再び、見せつけた。
僕はおろか教授、花音は全く状況が飲み込めていないようだった。
「あの・・・どういうことなのでしょうか?」
恐る恐る花音が口を開いた。
花音の疑問にすぐに松虫が答える。
「・・・つまり、これはオロチに会うための試練。雲龍殿は、我々を試していたんですよ?」
「・・・試していた??」
教授は思わず声をあげてしまっていた。
「ええ、そうです。そもそも鍵を飲み込むことなど猫にとっては不可能。オロチと会う猫たちの度量を諮っていた・・・つまり、嘘だったんですよね?」
松虫の言葉に雲龍殿は興味深そうに質問をした。
「・・・なぜ松虫殿は試練であると見抜いたのですか?」
「天龍様とは数回しかお会いしてないですが、京都で一番の策士と呼ばれているのは知っています」
「なるほど、天龍様であれば、必ず何か裏がある。そう思ったということですね」
「ええ。雲龍殿を壁として、訪問者の本気度、力量、知恵を見極める仕組み・・・そう睨んでますがいかがでしょうか?」
松虫の言葉に雲龍殿はゆっくりと頷いた。
「確かにその通り。観音町の猫たちはなかなか、やるようですね」
「いや、自分は観音町ではなくて・・・」
松虫は否定するが、雲龍殿は特に気にしていないようだった。
「・・・しかし、私のもとに来た猫は数十といましたが、ここまで食い下がった猫は初めてです。それにしても、きのこを持ってくるとは想定外でしたよ」
雲龍殿はおかしそうに笑っていた。
「では、オロチに・・・」
僕の言葉に雲龍殿は頷いた。
「ええ、約束です。これから会いに行きましょうか」
雲龍殿の言葉は力強く、また一切の嘘も紛れ込んでいる様子はなかった
教授と花音はようやく状況が飲み込めたのか、尻尾をふさふさと揺らしていた。
「ですが、気を付けてくださいね。オロチと会うのは危険というのは嘘偽りありません。もちろん私も同席しますが、奴の言動を真に受けてはいけませんよ」
雲龍殿は緩みかけた空気をもう一度、引き締めた。こうして僕たちは当初の目的だったオロチのもとにようやく行けることになった。




