松虫逃亡
その夜、僕は疲労の限界なのになかなか寝付けなかった。寝てもすぐに目が覚めた。いいようもない不安感に襲われていたからだ。
建物の外に出て新鮮な空気を肺に入れる。
まあ、今まで通りでいいか。なるようになる。なるようにならねば、その時、考えよう。
至極、楽観的だが、何となく、それでいいと思った。また何かあればその時にあたふたすればよいのだ。そう思うと、僕はすぐに眠りに落ちた。いつもなら不吉な夢を見そうなものだが、意外にも熟睡していた。
翌朝、僕は教授に揺らされて目を覚ました。
「すみません、また寝すぎましたか」
「いや、それもあるが・・・さっきから松虫殿の姿が見えないのだよ」
僕はむくっと立ち上がった。確か、深夜に目を覚ました時には松虫はいたはずだ。ということは、夜明けと同時にここから去ってのだろうか。寝床は綺麗さっぱりと片づけられている。
そうか、つまり逃げたのだ。
生意気だけど、何となく骨のありそうな奴だと思っていた。逃げるのは、しょうがない。逃げることは責めない。でも、誰かに一言だけでも言ってほしかった。僕はただそれだけが残念だった。
雲龍殿との約束の時間が刻一刻と近づいていた。僕は命がけで採ってきた、きのこの山を見ながら大事なことに気が付いた。
「・・・ちなみに、これ、どうやって雲龍殿に食べさせるのでしょうか?」
僕の質問に教授と花音は暫く黙っていた。僕と同様に何も考えていなかったのであろう。
「・・・ふむ、確かにお願いしても食べてはくれないであろうな、少なくとも私だったら食べない」
教授はどこか投げやりに答えた。猿に連れ去られてから何となくその傾向がある。
「せめて美味しそうな見た目に出来ないのかな?」
投げやりな教授に代わって花音が答えてくれた。
「なるほど、確かにそれは一案ですね。花音さんはどういう見た目が好きですか?」
「ごめんね・・・私は、ちょっとそういうの食べたことなくて。山田電機クン、考えてくれないかな?」
遠まわしにお前はいつもそういうのを食べているのだろう、と言われた気がしたが僕は快く承諾した。花音から直接、何かをお願いされたのは初めてだからだ。僕は約束の時間ぎりぎりまで、花や草を添えたりと食べ物の細工をした。こうして後は煮干しがあれば完璧というぐらい、美味しそうな見た目の、きのことなった。
「ふぅ、何とか間に合いました」
僕は渾身の力作を教授と花音にお披露目した。きのこを中心に、かつおぶしに似た野草を選んで、いい感じにまぶしてみせた。
「・・・ま、私だったら食べないが。雲龍殿の好みは分からん。これで行こうか」
「教授、山田電機クンだって頑張ったのですから。言い方というものが・・・」
どうやら教授も花音も僕がつくった、きのこと野草の組み合わせが気に喰わないようだ。少しイライラしたが、好みはそれぞれだ。大事なのは雲龍殿が気にいること。僕は特に反論することなく、そのまま渡月橋へと向かった。




